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アフロペルーのダイナマイトな夜 マヌエル・ドナイレ

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ダイナマイト! シビれたぁ~♪
新年早々、松が明ける前に、こんな素晴らしいアフロペルーのライヴを堪能できるなんて。
どうするよ、いきなり、こんなスゴいもん、観ちゃって。
今年は幸先のいいスタートが切れたなあ。

クリオージョ音楽/アフロペルーのヴェテラン歌手
マヌエル・ドナイレが来日するというニュースが飛び込んできたのが、昨年暮れのクリスマス。
栃木の真岡でペルー料理レストランを営んでいる在日ペルー人が招聘するとのことで、
事前に情報がキャッチできたのは、ラッキーでした。
こういうコンサートは、在日外国人コミュニティの間でしか情報が伝わらず、
いつも後になってから知って、地団駄を踏むってのがパターンでしたからねえ。

本場クリオージョ音楽の歌手の生を体験できるのは、
95年のエバ・アイジョン以来だから、なんと22年ぶりであります。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-11-14
1月6日、下北沢Com.Cafe 音倉。いやー、楽しみだなあ~。
なんちゃって、いきなり声がちっちゃくなっちゃうんですけど、
実はここだけの話、マヌエル・ドナイレのLPもCDも、手元にないんです(汗)。

え、え~と、97年にソノ・ラジオから出たベスト盤CDと、
もう1枚、ギターを持って座っている写真のCDもあったけど、どっちも処分しちゃったんです。
うわぁ~~、ごめんなさい、ごめんなさい。
だってね、CDで聴いたマヌエルの声、ちょっと変わっていて、え? この人、男だよね??
女声的というのか、テナー・ヴォイスというのともちょっと違う、中性的な不思議な声。
アルトゥーロ・サンボ・カベーロのような黒人的な声に夢中になっていたせいか、
マヌエルの声質は違和感が強く、好みじゃないやと、手放しちゃったんです! ごめんなさいっ!!

当時聴いた録音からすでに35年以上、現在のマヌエルの声はだいぶ変わって、
以前のような違和感はまったく感じられなくなっていました。
それどころか、こんなスゴい歌手だったとは。
オノレの不明に恥じ入るばかりです。

なんといっても、そのたっぷりとした声量といったらもう、
マイクなんて、いらないんじゃないかというほど。
そしてまた、歌いっぷりたるや、北島三郎と二重写しの「アフロペルーのサブちゃん」。
粘りに粘り、ぐう~っと引っ張る歌い方は、まさしくど演歌の世界。
泣き節でため込んだ激情を解き放つように歌う、ソウルフルな絶唱は圧巻でしたよ。

歌の世界に没入していく身振りは、オーティス・クレイのライヴを思い出すような
ソウル・ショウそのもの。いやあ、恥ずかしながら、
なぜこの人が「ダイナマイト・ネグロ」の異名をとるのか、やっと理解することができました。
名曲“Toro Mata” での即興や、客席とコール・アンド・レスポンスで巻き込んでいく煽りなど、
いまこの場に自分がいられる多幸感に、心底酔いしれました。

伴奏はギターとカホンの二人という最小限の編成でしたけれど、カンペキでしたね。
在日ペルー人最高のギタリスト、ヨシオ・ロリ・アゲナの堅実なプレイは、
どんなレパートリーも弾きこなす柔軟さが鮮やかだったし、
サンティアゴ・エルナンデスのカホンもダイナミックで、ソロも聴きごたえがありました。

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サンティアゴがステージの最後に歌ったアウグスト・ポロ・カンポスの名曲“Contigo Perú” では
素晴らしいノドを披露してくれて、もう自分が下北沢にいることさえ、忘れちゃいましたね。
ここはリマのペーニャかってな、夢うつつの気分でした。
ペルー人の男の子と女の子がマリネーラ・ノルテーニャを踊る演出も楽しく、
大カンゲキ、最高の一夜でしたよ。

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会場で販売していたCDは、なんとかつてのソノ・ラジオのベスト盤を、
マヌエルが自主制作で出し直したCD-R。
処分してしまったことを懺悔して買い直し、マヌエルのサインをいただきましたが、
こんな古いCDを手売りするということは、ほかにCDがないことの証左でもあります。

マヌエルは、ハイパー・インフレとセンデロ・ルミノソのテロで荒廃したペルーを92年に離れ、
以後ずっとアメリカで活動してきたんですね。
在米ペルー人コミュニティで歌い続けてきたとはいえ、
レコーディングからずっと遠ざかっているのは、あまりに残念すぎます。
円熟の頂点に立っている今こそ、がんがん録音を残してほしい人で、
ぜひとも新作の制作を熱望しておきたいと思います。

Manuel Donayre "GRANDES EXITOS" no label no number

グアドループのファム・ファタール タニヤ・サン=ヴァル

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Tanya St-Val  VOYAGE.jpg

ズークが爆発した80年代半ば。
ズークのアイドル・シンガーとしてジョセリーヌ・ベロアールと人気を二分した
タニヤ・サン=ヴァルが、いまだ衰えぬ魅力を発揮しているのは、
デビュー作から30年来追っかけてるファンにとって、嬉しい限りです。

いくらアイドル・シンガーといえど、さすがに50を超えれば、
若い時の魅力と同じままというわけにはいかなくなるものなのに、
この人のチャーミングさは不変。
押しの強い肉食系・妖艶キャラが持ち味のタニヤだからこそ、
若さ勝負のカワイコちゃんタイプでは突破できない、年齢の壁を乗り越えられるのかも。
耳元で囁くように歌う甘やかさと、男をかしづかせるセクシーさは、
ファム・ファタールのような魔性を感じさせますよね。

さて、そのタニヤの新作、08年の“SOLEIL” 以来8年ぶりとなるアルバムです。
UVカット化粧品のポスターみたいなジャケットが、
グアドループからの風を感じさせ、爽やかじゃないですか。
なんと2枚組という力の入った作品で、それぞれ“SOLEIL” “LUNA” と題しています。

2枚の制作陣はそれぞれに違い、念入りに仕上げたんですね。
どちらも収録時間は30分前後で、1枚に収めることもできたはずですが、
あえて2枚組にしたのは、サウンド・カラーの違いを強調したかったんでしょう。

『お日さま』編は、原点回帰といえるシンセを重ねたサウンドで、
割り切った大振りのビートを強調したストレートなズーク。
一方の『お月さま』編は、ジャジーなズークを聞かせます。
スキマのあるサウンドで、ブーラ(太鼓)などのパーカッションを効果的に使い、
細分化されたリズムを強調していて、ぼくの好みは『お月さま』編の方。

寒い冬を忘れさせてくれる、嬉しいズーク快作。
ここんところズークを聴いてなかったなあという方にも、オススメです。

Tanya St-Val "VOYAGE" Netty Prod & Mizikarayib NP12-2016 (2016)

アンゴラの伝説 ンゴラ・リトモス

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ンゴラ・リトモスは、アンゴラ初のポピュラー音楽グループとして知られ、
アンゴラのポピュラー音楽史上、最重要とみなされているグループです。
アンゴラのポップスを年代別にまとめたフランス、ブダの名編集シリーズでも、
シリーズ第1弾の60年代集の冒頭2曲が、ンゴラ・リトモスでしたっけ。
表紙にもンゴラ・リトモスの写真が飾られていて、
アンゴラのポピュラー音楽を語るなら、ここから始めなければ話にならん!
といった確固たる編集姿勢が感じられたものです。

ANGOLA 60’s  1956-1970.jpg

だというのに、いまだンゴラ・リトモスの単独リイシューCDの1枚すらないんですからねえ。
どーなっとんじゃい、コラ。アンゴラの責任者、出てこ~い!
アフリカには、まだまだ掘り起こさなければいけない音源が山ほどある証左ですね。
音源は未復刻なんですが、ンゴラ・リトモスを率いたリセウ・ヴィエイラ・ディアスを懐古しながら、
アンゴラのポピュラー音楽の黎明期を振り返るドキュメンタリーが、
ポルトガルで10年に制作され、DVD化されていることに気づきました。

ンゴラ・リトモスは、のちに「アンゴラのポピュラー音楽の父」と称された
リセウ・ヴィエイラ・ディアスのもと、ドミンゴ・ヴァン=ドゥネン、アマデウ・エモリン、
マリオ・ダ・シルヴァ、マヌエル・ドス・パッソス、ニノ・ンドンゴによって47年に結成されました。
ギター2台とコンガ式の太鼓とスクレイパーを伴奏に、
カーニヴァル起源のカズクータのリズムをミックスしたダンス音楽のセンバや、
葬儀で歌われる嘆き歌に影響されたラメントなど、
民俗的な題材をモチーフにした曲をキンブンド語で歌い、
従来なかったモダンなアンゴラのポップスを作り出しました。

彼らが取り入れたディカンザというスクレイパーは、
のちにアンゴラを代表するシンボリックな楽器ともなります。
ディカンザは、ブラジルの木製のレコ・レコに似たスクレイパーです。
レコ・レコはいまでは金属製になっていますけれど、昔の竹筒でできたレコレコは、
表面の刻みをスティックで擦って音を出す打楽器で、30~40センチ位の長さのものですが、
ディカンザは1メートル近くもの長さがあるんですね。

50年代に入って女性歌手のロウデス・ヴァン=ドゥネンとベリータ・パルマの2人を迎えると、
グループの人気は絶大となり、アンゴラの文化的アイコンにまで押し上げられていきました。
リーダーのリセウはじめ、メンバーはアンゴラ解放人民運動(MPLA)のメンバーだったことから、
独立運動を支持する大衆に大きな影響力を及ぼすようになり、
植民地政府にとって危険な存在となっていったのでした。

そして、ついに59年、リセウとアマデウは不当逮捕され、
カーボ・ヴェルデのタラファル刑務所に送られたまま、10年間帰還を許されませんでした。
その後グループはリーダーを失いながらも、エウクリデス・フォンテス・ペレイラ、
ジョゼ・コルデイラ、ジェジェ、ショドらによって活動を続けました。
69年にリセウはようやく釈放されアンゴラへ帰国しますが、活動は厳しく制限され、
75年の独立を迎えるまで、実質的な活動は一切できませんでした。

そんなリセウの軌跡を追ったこのドキュメンタリーは、
リセウ逮捕後も活動を継続したンゴラ・リトモスがリスボンでTV出演した時の映像のほか、
元メンバーや関係者の証言から、アンゴラのポピュラー音楽黎明期に
リセウが果たした功績を浮き彫りにしています。

独立闘争時代にアンゴラのアンセムとなった“Muxima” を、
かつてのメンバーとともに歌う晩年のステージ・シーンも、感動的です。

[DVD] Dir: Jorge António "O LENDÁARIO "TIO LICEU" E OS NGOLA RITMOS" Lusomundo 663178D (2011)
Ngola Ritmos, San Salvador, Duo Ouro Negro, Sara Chaves, Lily Tchiumba, Os Kiezos, Vum Vum, Ruy Mingas and others
"ANGOLA 60’S 1956-1970" Buda Musique 82991-2

コンゴ音楽のベル・エポックを回顧して ディノ・ヴァング&ントゥンバ・ヴァレンティン

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Dino Vangu & Ntumba Valentin.jpg

ロシュローのアフリザ・アンテルナシオナルで活躍した
コンゴ・ルンバレーズの名ギタリスト、ディノ・ヴァングが、
トゥンバ・ヴァレンティンというトランペッターと共同名義で、新作をリリースしましたよ。
これがなんと、コンゴ音楽のベル・エポックを回顧した60~70年代の名曲集なんですね。

オープニングは、グラン・カレとアフリカン・ジャズ時代に
ロシュローが作曲した“Adios Tete”。
続いて2曲目は、グラン・カレと袂を分かったロシュロー、ニコ、ロジェらが旗揚げした
アフリカン・フィエスタ時代のロシュローの曲“Ndaya Paradis” です。
途中にディノ・ヴァングの代表曲“Kiyedi” も挟んで、
ラストはグラン・カレの一大名曲“Independance Cha Cha” で締めくくるというレパートリー。

う~ん、このまろやかさといったら。オールド・ファン泣かせですねえ。
ギターは、ソロもミ・ソロ(リード・ギターとリズム・ギターの間を取り持つ役割を果たすギター)も
ディノが弾いていて、ントゥンバともう一人のトランペッターとサックスの3管編成。
エレガントなルンバ・コンゴレーズに、メロメロになるほかありません。
オールド・スクールだの、ただの懐メロだのと、言いたいヤツには、言わせときゃいいんですよ。
このニュアンス豊かなサウンドは、
ウチコミのジャストなリズムで満足できるような鈍感なヤツには、もったいないって。

ベラ・ベラ、マキナ・ロカ・ディマイェなどのバンドを経て、
78年にロシュローのアフリザ・アンテルナシオナルの参加したディノ・ヴァングは、
ディジー・マンジェクとのコンビによるシャープなギター・ワークで一時代を築いたマエストロ。
本作はアンサンブルを重視したサウンドで、目立つソロなどは弾いていないものの、
多重録音したソロとミ・ソロのギターの絡みのうまさや、
ソロのトーンのきらきらとした響きに感じ入っちゃいますね。

フィーチャーされる5人の歌手いずれも、
黄金時代のルンバを歌うにふさわしい声と歌いぶりで、申し分ありません。
この優雅なダンス・ミュージックが、40年後にはケツをぐりんぐりん回して踊る
エロ・ダンスのンボンドロに変化してしまうなぞ、誰が予想できたでありましょうか。

Dino Vangu & Ntumba Valentin "LA BELLE EPOQUE MUSICALE DU CONGO" Ya Dino & Ntumba no number (2016)

センバを背骨にしたアフロ・ポルトゲーズ・クレオール・ミュージック ユリ・ダ・クーニャ

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Yuri Da Cunha  O Intérprete.jpg

やあ~っと、手に入りました。
アンゴラの若手センバ歌手ユリ・ダ・クーニャの15年新作。
たくもー、なんでこんなにアンゴラものは流通悪いのかなあ。
ポルトガル盤であれ、アンゴラ盤であれ、フィジカルがまったく出回ってないんですよね。
新作すらハード・トゥ・ファインドという状況なんだから、やんなっちゃいますよ。
これじゃあ、アンゴラ音楽の盛り上がりが世間に伝わらないのも、無理ないよなあ。

08年作の“KUMA KWA KIÉ” と12年作の“CANTA ARTUR NUNES” にカンゲキしたのが、
ちょうど1年前。その時からずっと探していた15年新作だったわけですが、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-03-21
期待にたがわぬ出来で、待ったかいがあったというもの(待ちたかないけど)。
あぁ、2016ベスト・アルバムに間に合わなかったのが、なんともシャクであります。

センバがアフロ・ポルトガル系クレオール・ミュージックとして進化した姿をくっきりと打ち出していて、
その仕上がりは、エディ・トゥッサの最新作と同等のクオリティ。
先人のセンバに対する敬愛の念は、エディ以上に強いものがあり、
往年のセンバ歌手アルトゥール・ヌネスのカヴァー・アルバムを出したユリらしく、
今回は伝説のンゴラ・リトモスの曲を、オープニングに取り上げています。

ギターとパーカッションの伴奏によるその曲“Bong'omona” は、
伝承歌をモチーフにしたとおぼしき曲で、
カーニバル・ソングのような快活さが、めっちゃチャーミング。
半世紀以上も昔のアンゴラを思わせる曲をオープニングにもってくるところで、
はやグッときちゃいましたよ。

センバでのみずみずしい歌いっぷり、
クレオール・ポップたるキゾンバで聞かせるシャープな切れ味も、
華のあるポップ・スターそのものですよね。
センバとメレンゲとルンバがひとつの曲の中で同居した“Celina” など、
アンゴラならではのクレオールの音楽性を発揮したサウンドにも圧倒されますよ。

さらに今作では、カーボ・ヴェルデ音楽との邂逅も聴きもののひとつとなっていて、
前のめりにつんのめるようなカーボ・ヴェルデのダンス音楽フナナーを鮮やかにキメているほか、
アルバム・ラストは、優雅なヴァイオリンの響きも麗しい歌曲モルナで締めくくっています。
ボーナス・トラックとクレジットされたこのモルナは、なんとトー・アルヴィスの共作。
トー・アルヴィスは、カーボ・ヴェルデの知られざる才人で、
06年にリリースした自主制作盤は、カーボ・ヴェルデ音楽屈指の名盤です。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-04-26

『アフリカン・ポップス! 文化人類学からみる魅惑の音楽世界』(明石書店 2015)で、
「カーボ・ヴェルデのクレオール音楽」の章を書かれた青木敬氏が、
本作を推薦ディスクに取り上げているのを見た時は、我が意を得たりと思ったものです。

昨年の『ミュージック・マガジン』9月号で紹介したエディ・トゥッサの新作が、
同誌のワールド・ミュージック年間ベスト10入りの栄冠に輝いたイキオイを借りて、
今年はぜひユリ・ダ・クーニャをごひいきに、よろしくお願いいたします。

Yuri Da Cunha "O INTÉRPRETE" LS Republicano no number (2015)

ショーロ・カリオカのセッション

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SÓ ALEGRIA  TDR003.jpg

うわぁん、嬉しい~。
3年前に入手しそこねた、インディのショーロ・アルバムを見つけましたあ。

ブラジルのインディは、リリースされたらソッコー手に入れるのが鉄則。
あとから探そうたって、捕獲はまず絶望的になっちゃいますからねえ。
再プレスされるなんてことは、まずないので、
手に入れ損ねたら、中古で根気よく探すしかないんですけど、まあ無理筋であります。
というわけで、これも諦めていたCDだったので、
ひょっこり某ショップの新入荷で見つけた時は、飛び上がっちゃいました。

本作は、サンバやショーロのレコーディングでひっぱりだこの、
実力者4人が集まったショーロ・セッション。
以前ソロ作を話題に取り上げたことのあるバンドリン奏者ルイス・バルセロス、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-04-20
パゴージ・ジャズ・サルジーニャス・クラブのオリジナル・メンバーの管楽器奏者エドゥアルド・ネヴィス、
ヤマンドゥ・コスタに続いて注目を浴びる7弦ギタリストのロジェリオ・カエターノに、
革新的なショーロ・グループ、ノ・エン・ピンゴ・ダグアの創設者で、
最近は犬塚彩子や渡海真知子のアルバム・プロデュースでも知られる、
パンデイロの名手でプロデューサーのセルシーニョ・シルヴァの4人です。

レーベルはテンダ・ダ・ラポサで、CD番号が3番の本作、
そういえばこのレーベルの1番は、サックス奏者のエドゥアルド・ネヴィスのソロ作でしたね。
そのソロ作でも、パゴージ・ジャズ・サルジーニャス・クラブでも、
エドゥアルドはジャズ奏者の顔でプレイしていましたけれど、
本作では完全にショーロのスタイルで演奏していて、ジャズはおくびにも出していません。

レパートリーはメンバー4人が持ち寄ったオリジナルのショーロ曲で、
歌心溢れるスロウな曲あり、ユーモアに富んだ曲調ありの
多彩なレパートリーで、4人の熟達したプレイを堪能できます。

腕自慢にならず、プレイヤー同士が楽しみながら演奏していて、
遊びごころに溢れたセッション。リラックスしていても、
実力のあるメンバー揃いなので、プレイは十分に聴きごたえあり。
過度にアーティスティックになることもなく、
すべてが程よくバランスのとれた、ショーロ・セッションの理想形です。

Celsinho Silva, Luis Barcelos, Eduardo Neves and Rogério Caetano "SÓ ALEGRIA" Tenda Da Raposa TDR003 (2013)

ジャズでもなければショーロでもない エドゥアルド・ネヴィス

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前回のショーロ・セッションの記事で触れた
サックス/フルート奏者エドゥアルド・ネヴィスのソロ作です。

買った当初に、「うわぁー、これ、いい!」と思わせるような
引きの強さがあるわけではないので、記事に書かなかったものの、
妙に胸に残って、繰り返し聴きたくなるアルバムなんですね、これが。
普段使いのつもりで買ったセーターが、
とても身体になじんで、すっかりお気に入りになったみたいな。
じわじわとその良さに惹き込まれる、スルメ盤であります。

いちおう、ジャズのアルバム、といっていいんだと思うんですよ。
なんですけど、ジャズにしては、あまりにも歌ごころ溢れんばかりなのは、
北米とも欧州とも違う、ブラジルのジャズならではといえます。
もちろんその訳が、ショーロの伝統を引き継いでいるからなのは、言うまでもありません。

1曲目から妖しいオリエンタルなメロディをラテンのニュアンスで、
不思議なアラボ=ラテンな曲を演奏するかと思えば、
2曲目もドラムスが叩くリズムはジャズのセンスですけれど、
主役のフルートの吹奏は、ジャズというよりショーロのセンス。
でも、これがショーロのアルバムかといえば、ジャズ・マナーの演奏も多く、やっぱり
「ジャズのアルバム、といっていいんだと思う」のふりだしに戻る、なんですね。

ブラジルには、こういうインストゥルメンタルのアルバムが多いですよね。
BGMにするには、あまりに聴きどころありすぎな、エスプリの効いた演奏集。
なんせ、ブラジルのレコード創世記は、歌ものよりインスト演奏の方が多かったんだもんねえ。
ジャズより歴史の古い、ブラジルのインストゥルメンタル音楽の奥行きの深さを感じます。

ぼくのごひいきのハーモニカ奏者ガブリエル・グロッシも1曲参加、
クラリネットのルイ・アルヴィン、トランペットのアキレス・ジ・モライスのプレイも
耳をそばだてられます。ルイのクライネットには泣かされました。いいね、この人。
ゲストの女性歌手が歌うトラックもすがすがしく、
静謐なメロディに立ち上るエドゥアルドのエモーショナルなサックス・ソロが際立ちます。

ジャズでもなければショーロでもない。
親しみやすいインストゥルメンタル音楽に仕上がっているところが、ぼく好みです。

Eduardo Neves "EQUADOR" Tenda Da Raposa TDR001 (2012)

大人のためのインストゥルメンタル音楽 シルヴェリオ・ポンチス

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前回思い出したように取り出したエドゥアルド・ネヴィスのアルバムで、
ジャズともショーロとも言い難い、なんて言ってた矢先に、
まったく同じ趣向の新作アルバムが届いちゃいました。

トランペットの大ヴェテラン、シルヴェリオ・ポンチスのソロ作。
95年にクアルッピから出した、トロンボーン奏者ゼー・ダ・ヴェーリョとの共同名義作の
ショーロ・アルバム“SÓ GAFIEIRA!” が忘れられない人です。
あのあともゼー・ダ・ヴェーリョとのコンビで、連作を出しましたよね。

今回のシルヴェリオの単独ソロ・アルバムでは、
オープニングから、心が浮き立つ見事なショーロ曲を聞かせたと思いきや、
ミュゼット・ジャズあり、古風なタンゴ・ブラジレイロあり、ガフィエイラ・スタイルのサンバあり、
チャチャチャのジャズ・アレンジあり、ブラスバンドをフィーチャーしたマルシャありと、
粋なスイング・ナンバー揃いのカラフルなトラックに、翻弄され続けます。

いやあ、これほど多様な音楽を混ぜ合わせながら、
いともすっきりと聞かせてしまう懐の深さは、
ブラジル人ならではとしか言いようがありませんね。
眉間にしわ寄せて、ひっちゃきになってる風なところなどまったくなく、
涼しい顔で演奏そのものを楽しみながら、
さらりと深い音楽性をにじみ出す大人の音楽。
あ~、エレガントすぎる。

う~ん、つくづくブラジルという国の文化の成熟ぶりに感服させられますな。
大人のためのインストゥルメンタル音楽といったところでしょうか。
おこちゃまには、もったいなくて聞かせたくありません。

Silvério Pontes "REENCONTRO" Des Arts ART10008-2 (2016)

歳なんざぁ問題じゃない ロバート・フィンリー

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超弩級のとてつもない新人が現れましたよ!

ルイジアナで大工をしていたという、ロバート・フィンリー、62歳。
自作曲で固めたデビュー作は、『歳なんざぁ問題じゃない』と、付けもつけたりのタイトル。
その昔、同じような意味のタイトルでデビューした15歳の女のコがいましたけど、
老いも若きも、とてつもない才能の前には、
年齢なんて関係ないことを思い知らされますねえ。

こんな王道のサザン・ソウルが、新作で聴けるなんて、もう夢のよう。
塩辛いディープな歌声と、滋味溢れまくったブルージーな歌いぶりに、涙腺爆発です。
くわぁ~、こいつぁ、たまんねぇ~。
これは、R&Bなんかじゃありませんね。ソウルそのもの、ソウルマンの歌いぶりですよ。
オーティス・クレイのハイ録音を初めて聴いた高校生の時の感動が、蘇りました。
サザン・ソウルは永遠に不滅です!

もうアタマが爆発して、ワケわかんなくなってますが、
ジャケットのバイオを読んだら、17歳で陸軍に入隊してドイツに駐留し、
その間に歌手のMOS(職種専門技能)を得て、
自分のバンドを率いて歌っていた経歴の持ち主なんですね。
除隊後、故郷のバーニスに帰って歌手活動を続けようとしたものの、
生活が維持できず、それで大工になったといいます。
しかし、年齢を重ねて視力が衰え、やがて視力を完全に失ってしまい、
再び音楽に活路を見出して、歌手活動を再開したんだそうです。

そんなロバートを後押ししたのが、ファット・ポッサムのブルース・ワトソンと、
ミシシッピ出身のシンガー・シングライター、ジンボ・マサス。
そしてバックアップするのは、バーケイズの元メンバーが立ち上げた
ヴェテラン・ミュージシャン・ユニットのザ・ボーキーズの面々。
ドラマーはあのハワード・グライムズですからね。
アル・ギャンブルが、ハモンドB-3を鳴らしまくってますよ(大泣)。

こんな人がいるんですねえ。やっぱりアメリカは広いなあ。
同時に届いたオーティス・レディングの『ソウル辞典』
50周年記念デラックス・エディションをそっちのけで、聴き入っています。

Robert Finley "AGE DON’T MEAN A THING" Big Legal Mess BLM0534 (2016)

アンゴラのアダルト向け極上クレオール・ポップ ネロ・カルヴァーリョ

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Nelo Carvalho  Encontros.jpg   Nelo Carvalho  REENCONTROS.jpg

アンゴラのポップスの充実ぶりを象徴するアルバムですね。
ネロ・カルヴァーリョの12年ヒット作と、その続編として出された15年作。

ネロ・カルヴァーリョは、59年ルアンダ生まれのシンガー。
南部ナミベ州の町トンブアに2年ほど暮らしていた時、
少年グループのミニ・ジョーヴェンスに15歳で参加したのが、音楽活動のスタート。
75年にポルトガルのポルティマンへ移住すると、友達のシコ・レイテと一緒に、
当時ポルトガルで人気絶頂だったアンゴラ人コンビのフォーク・デュオ、
ドゥオ・オウロ・ネグロを真似して活動したそうです。

África Tentação  ANGOLA 79.jpg   África Tentação  MULHER DE ANGOLA.jpg

78年にアンゴラ人バンドのアフリカ・テンタソーンに参加して、
79年と80年のアルバムに録音を残したのが、ネロの初録音となったようです。
アフリカ・テンタソーンは、ポルトガルで活動していたバンドですが、
ブダ、アナログ・アフリカ、iPlayなど、数あるアンゴラの編集盤では、
ことごとく無視されて選曲されていません。
それもそのはず、ネロが参加した2作を聞けば、場末のハコバン並みのサウンドで、
B級以下の実力であることは歴然。

その後、81年に憧れのドゥオ・オウロ・ネグロの伴奏グループの一員に起用され、
85年にドゥオ・オウロ・ネグロのミロ・マクマホンが亡くなったあとも、
相棒のラウル・インディプウォとともに活動を続け、世界各国をツアーしています。
そして92年からソロ活動を始め、99年のライヴ盤がソロ・デビュー作となりました。

3作目にあたる12年作は大ヒットとなり、数々の賞を受賞しましたが、
それも納得のハイ・クオリティのアダルト向けポップスに仕上がっているんですね。
アフリカ、ラテン、フレンチ・カリブ、大西洋のさまざまなクレオール・ミュージックの
いいとこどりをしたサウンドにのせて歌う、ソフトでダンディなネロのヴォーカルに酔えます。
ためしに、“ENCONTROS” の各曲を書きだしてみましょうか。

1曲目はストリングス・アンサンブルが加わった麗しいボレーロ、
2曲目はカッサヴのジャコブ・デスヴァリューがプロデュース・アレンジしたズーク、
3曲目はカーボ・ヴェルデのキム・アルヴィス作の泣きのモルナ、
4曲目はディカンザのリズムをカクシ味にして、
一部ルンバも取り入れたたポップなアレンジのセンバ、
5曲目はジャジーなスロー、

6曲目はホーン・セクションにアコーディオンをフィーチャーした本格的なメレンゲで、
ブリッジがザイコ・ランガ=ランガばりのルンバ・コンゴレーズにスイッチするアレンジ、
7曲目はトレスの響きも印象的なボレーロに始まり、
ヴァイオリン・セクションが加わってチャチャチャにスイッチするアレンジ、
8曲目はカーボ・ヴェルデの歌手ティト・パリス作で本人も参加したコラデイラ、
9曲目はアコーディオンをフィーチャーしたセンバ、

10曲目は「ライ、ライ、ライ、ロ、ライ~♪」のハミングがジプシー・キングスばりのルンバ・フラメンカ、
11曲目はギネア=ビサウの俊才マネーカス・コスタがアレンジした、
センバとグンベーのリズムが交互する曲、
12曲目はアンゴラ人好みのラメント的なスロー・バラード、
13曲目はゲストの男女シンガーの歌とラップをフィーチャーしたファンク・ナンバー、
14曲目はヴァルデマール・バストスとデュエットしたセンチメンタルなスロー・バラード、
15曲目はキューバ、ハバナで録音したラテン・ポップス。

全15曲78分超の長さをまったく感じさせない、多彩なプロダクションとカラフルな楽曲に、
アンゴラのポップスの成熟ぶりがくっきりと示された傑作ですね。
アフリカ・テンタソーン時代のお粗末さとは、隔世の感がありますよ。

続編となった15年作“REENCONTROS” も、姉妹盤といえる極上の仕上がりです。
ゲストに母国の大物ボンガに、カーボ・ヴェルデのトー・アルヴィス、
グアドループの歌姫タニヤ・サン=ヴァルというゲストも嬉しい、
遅咲きのシンガー、ネロ・カルヴァーリョの傑作2編です。

Nelo Carvalho "ENCONTROS" Mimbu no number (2012)
Nelo Carvalho "REENCONTROS" Mimbu no number (2015)
África Tentação "ANGOLA 79" Sons D’África CD459/04 (1979)
África Tentação "MULHER DE ANGOLA" Sons D’África CD19/06 (1980)

黄金時代のダンドゥット・サウンド復活 リリン・ヘルリナ、エリー・スサン

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Lilin Herlina.jpg   Erie Suzan.jpg

去年ちょっと話題になったイッケ・ヌルジャナのアルバム、覚えてます?
ぼくは怒り心頭、ソッコー処分しちゃいましたが、
これのどこがダンドゥットなんだよっていう、単なるポップ・アルバムでしたよねえ。
ユニヴァーサルというメジャー・レーベルが作るんじゃ、
下層庶民のダンドゥットの臭みも、すっかり消臭されてしまってダメですねえ。

エルフィ・スカエシが女王様として君臨していた80年代のダンドゥット・サウンドは、
今や遠い昔話と思ったら、おおっ!とびっくりなCDに出くわしました。
冷凍保存していた80年代ダンドゥットを、たった今解凍したかのようなサウンド。
イラマ・トゥジュフ・ナダというインドネシアのレーベルによるアルバムで、
ナイジェリア製のCDジャケットより薄っぺらい紙パックに収まっています。

東ジャワ出身で実力派とみなされるリリン・ヘルリナのアルバムは、
まさしく黄金期のダンドゥットのサウンドで、もう感動もの。
手弾きのピアノのアルペジオの上に、音を重ねていくオルガンやシンセの鍵盤楽器に、
手打ちのグンダンの響きが、ダンドゥットの最高に輝いていた時代を甦らせてくれます。
マンドリンやロック・ギターのオブリガード、スリンの響きも、たまんねぇ~。

タイトル曲はロマ・イラマの相棒の女性歌手で、エルフィの後釜を務めた
リタ・スギアルトの代表曲。ほかにロマ・イラマの曲も、3曲歌っています。
リリンの歌いっぷりも熱が入っていて、
泣き節でのこぶしの回しっぷりの鮮やかさといったら、いよっ、姐さん、天下一品♪

エリー・スサンもまた同様。
往年のタラントゥーラを思わせるロック色を強めたダンドゥット・サウンドがたまりません。
レイノルド・パンガベアン作曲の“Tak Tik” をカヴァーしてるじゃないですか。
ロマ・イラマの曲も2曲歌っていますよ。
う~ん、86年に渋谷のシード・ホールで踊った、
レイノルド&カメリアのコンサートを思い出しますねえって、
すみませんね、オヤジは昔話が多くて。

そういえば去年は、アルジェリアのライでもカデール・ジャポネの新作が、
「バック・トゥー・ザ・80ズ」みたいなサウンドで狂喜しましたが、
当時のサウンドを新鮮に感じる若い世代が、リヴァイバルしてくれるのは嬉しいですね。
そんな音楽をちゃんとフィジカルでリリースしてくれているのも、ありがたい限り。

現地でも場末(?)でしか売っていないインドネシア盤やアルジェリア盤なれど、
なんとしても入手するファイトがわくってもんです。
そこに素晴らしい音楽が息づいているんだから。
大メジャーが作って大量に売りさばくポップスにはない味わいが、そこにあります。

Lilin Herlina "ABANG KUMIS" Irama Tujuh Nada CD7-004 (2015)
Erie Suzan "KASIH SAYANG" Irama Tujuh Nada CD7-010 (2015)

カメルーンのアフロ・ファンカー タラ・アンドレ・マリー

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Tala A.M..jpg

オーストリアのPMGによる70年代アフロ・ソウル/ディスコのリイシューLP/CD化が、
怒涛のイキオイで進んでいますね。
DJユースのマニア向けのラインナップなので、
フツーのアフリカ音楽ファンは、無視してオッケーと言いたいところなんですが、
ファンキー・ハイライフ名盤のパット・トーマスとエボ・テイラーの共演作や、
ガンビアのゲレワルなんてホンモノの名盤が紛れ込んでたりするから、油断なりません。

マヌ・ディバンゴやソリ・バンバをストレート・リイシューしている、
パリとロンドンに拠点を置くアフリカ・セヴンも、
一部マニア向けの嗜好が強く、どうもうさん臭いレーベルですね。
このレーベルに不信感を抱いたのは、
マヌ・ディバンゴの代表作“AFROVISION” のリイシューがきっかけでした。

このマヌの大傑作、日本ではとっくの昔にボンバがCD化しましたけど、
海外でのCD化はこれが初。
ボンバ盤はすでに廃盤となって久しく、アフリカ・セヴンから原盤提供された
クレオール・ストリーム・ミュージックが紙ジャケCD化して、
日本盤としても発売されたんですが、これが許しがたいシロモノだったんです。

クレオール・ストリーム・ミュージックのふれこみが、
「2014年最新デジタル・リマスター音源を使用。
「Big Blow」は貴重なロング・バージョンを収録。
アルバム・バージョンより2分ほど長いミックスになっている」というので、
“Big Blow” にロング・ヴァージョンがあるのか!と期待して聴いたら、
これがトンデモなミックス。

曲の一部をカット・アンド・ペーストして、水増ししただけの編集で、
しかもそのエディットの稚拙なことといったら、シロウトのDJがやったようなお粗末さ。
演奏の途中で音質ががらりと変わる、フンパンもののミックスなんですね、これが。
かの名演に、いったい何してくれたんだよと、頭に血が上りました。

前フリが長くなりすぎましたけれど、
そんなわけで、PMG同様アフリカ・セヴンも無視していたもので、
まさかタラ・アンドレ・マリーのこんな好編集盤が出てたとは、気付きませんでした。

タラ・アンドレ・マリーは、70年代のアフリカで、
最高にクールなアフロ・ファンク聞かせた、カメルーンの盲目シンガー。
70年代初めのデビュー時はフォーク・ロックのような音楽性だったのが、
70年代半ば頃から、ファンクへがらりとスタイルを変え、
80年代以降はカメルーンのフォークロアをファンク化して、
ベンド・スキンと称するスタイルを作り出した人です。

タラを有名にしたのが、初ヒットとなった73年の“Hot Koki”。
74年にアフリカにやってきたジェームズ・ブラウンが聴いて気に入り、
“Hustle!!! (Dead On It)” のタイトルで自作曲として発表したおかげで、
曲を盗まれたタラの名は、一躍アフリカ中に広まったのでした。
4年にわたる法廷闘争の結果、ジェームズ・ブラウンは盗作を認め、
タラに賠償金を支払っています。

今回、アフリカ・セヴンがコンパイルした編集盤も、
“Hot Koki” を皮切りに、73年から78年までのアルバムから選曲しています。
この時期は、タラはアフロ・ファンカーとして、もっともヒップなファンクを聞かせていた時期。
選曲も申し分なく、クールネスなタラのファンクの魅力を余すことなく伝えています。
なお、サブ・タイトルに「75年から78年」とあるのは誤りで、
デビュー作“HOT KOKI” のリリース年を75年と誤認したらしく、正しくは73年です。
さらに、アルバムの最後で72年のデビュー・シングル曲を選曲しているので、
正確には「72年から78年」ですね。

これまでタラの編集CDでは、レトロアフリックが09年に出していますが、
72年のデビュー・シングルから98年録音までを、アトランダムに並べた曲順が難でした。
前にも説明した通り、タラは時代によってがらっと音楽性を変えたミュージシャンなので、
その変遷を理解できるような曲順にすべきだったのに、
冒頭に90年代に完成させた自己のスタイルをタイトルとした92年の曲から始め、
次いで先ほどの73年の“Hot Koki” (レトロアフリックは74年と誤記)を置くのは、
なんとも座りが悪いものでした。せっかくの内容も、曲順が台無しにしていて、
拙著『ポップ・アフリカ800』に選ばなかったのも、そういう理由からです。

今回は70年代のファンク期にスポットをあてることで、
希代のアフロ・ファンカーの魅力を、くっきりと打ち出すことに成功しています。
さらに、そうしたファンク・チューンをずらりと並べたあと、
最後に72年のデビュー・シングル曲“Mwouop” で締めくくったのは、粋な計らいです。

タラのデビューに力を貸した、同郷のマヌ・ディバンゴがマリンバで参加した
爽やかなポップ曲で、フォーク・ロック期のタラの名曲です。
前のレトロアフリック盤でも収録されていましたが、
アルバム・ラストにそっと添えたという曲順が実に効果的で、
編集盤での曲順の大事さが、如実に示されたといえますね。

“Mwouop” を選曲するとは、コンパイラーのジョン・ブライアンという人、
タラの魅力をよくわかってますね。グッド・ジョブです。

Tala A.M. (Tala André Marie) "AFRICAN FUNK EXPERIMENTALS 1975-1978" Africa Seven ASVN018CD

セネガル・日本同時デビュー サリウ・ニング

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Saliou Gningue  YOON BI.jpg

去年の夏、セネガルでアーティストのマネージメントや
プロモーションをしているダカール在住の日本人女性から、
発売前の男性歌手のアルバムを聴いてほしいというメッセージが
フェイスブックに届きました。

送られてきたMP3の音源を聴いてみると、
一聴してグリオ出身とわかる、鍛え上げられたヴォーカルが飛び出し、
おおっ、これはと、耳を引きつけられました。
バックの演奏も、サバールとタマのパーカッシヴなサウンドが弾ける、
グルーヴ感いっぱいのンバラを展開していて、こりゃ、いい!とゴキゲンになったんでした。

サリウ・ニングというこの男性シンガー、
ダカール、ゲジャワイのグリオの出身で、幼い頃からサバールなど打楽器を演奏し、
歌の才能を認められ、シンガーとしてキャリアを積んだ人とのこと。
澄んだハイ・トーンの声で、高音に駆け上っていく節回しの中に
こぶしをつけていく妙技は、グリオならではといえます

その後、メッセージをくれたニング・もえこさんが
セネガルから一時帰国するというので、お会いしてお話を聞かせてもらいました。
苗字が同じなので、もしやとお尋ねしたところ、やはりご夫婦とのこと。
もえこさんは、00年にセネガルを旅して、
国立舞踊団のメンバーからダンスを学んだのをきっかけにセネガルにのめりこみ、
以来ダンスのワークショップやコンサートの運営などを主催する
「アフリカルチャー」を立ち上げて活動をしてきたんだそうです。

アルバム冒頭の1曲目“Mbeguel” で、
「わたしからあなたへ このうたをとどけよう
ひろいせかいにたったひとりのわたしのすきなあなたへ」
とサリウが日本語で歌っているのは、そういうことなのねと、ナットク。
ウォロフ語で「愛」というタイトルを付けられたこの曲では、
もえこさんもバック・コーラスを付けていて、
いやあ、当てられるなあ。新婚らしい微笑ましさであります。

“Yaay” では、速射砲のように乱打するサバールと、言葉を投げつけてくるタスが
鋭い切れ味で畳みかけてくる一方、サリウがふくよかな声で弾むように歌い、
シャープさとともに厚みのあるグルーヴを生み出します。
ラストのコラとフラニの笛をフィーチャーした“Nabi” は、タマの超絶技巧にも耳奪われますが、
伝統寄りのサウンドのバックで、控えめに鳴らすシンセがカクシ味として利いています。

しっかりと作り込まれたサウンド・プロデュースが鮮やかで、
たった5曲27分弱のミニ・アルバムなのがなんとも物足りず、もっと聴きたくなりますねえ。
実力確かな逸材なので、今後のフル・アルバムを楽しみに待ちつつ、
昨年実現しなかった日本ツアーも、期待しましょう。

なお、本デビュー作は、下記で扱っているとのことです。
BOGOLAN Market
東京都杉並区阿佐谷南3-12-7-1F
http://www.bogolanmarket.com/

boutique AMINATA
http://boutiqueaminata.blogspot.sn/p/work-shop.html
https://www.facebook.com/saliou99/posts/929281923876050

Saliou Gningue "YOON BI" African Sant AFSA001 (2017)

魔法にかかったリマ

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Lima Bruja.jpg

先週の土曜日、四谷いーぐるで、ペルー音楽研究家の水口良樹さんと、
ペルーで現地録音した経験もお持ちのアオラ・コーポレーションの高橋めぐみさんによる、
「ペルー音楽映画とその周辺」と題したイヴェントが開かれました。

サヤリー・プロダクションを主宰するラファエル・ポラール監督による
『リマ・ブルーハ』の上映を目玉にしたイヴェントで、
『ラ・グラン・レウニオン』にカンゲキした音楽ファンとしては、
ずうっと観たくてしょうがなかった映画。喜び勇んで、馳せ参じましたよ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-09-17

映画は11年に公開され、ペルーで12年に数々の映画賞を受賞していて、
15年にDVD化もされていたようなんですが、日本にはまったく入ってこなかったんですよねえ。
今回のイヴェントに合わせ、アオラ・コーポレーションがDVDとブルー・レイの両仕様を輸入し、
会場で販売していたので、さっそくDVDも購入させていただきました。
ちなみに、DVDはオール・リージョンのNTSC方式。
しかも、なんと嬉しい日本語字幕付であります!

水口さんの解説によれば、
CDとドキュメンタリー・フィルムの制作をしたラファエル・ポラールは、
リマの古老たちをレコーディングしたこのプロジェクトについて、
「ペルー版ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」と称されるのを嫌っているとのこと。

ブエナ・ビスタは、キューバ音楽を欧米人が発見したものでしたけれど、
このプロジェクトは外国人ではなく、同国人が見出したという点がまず違うし、
ブエナ・ビスタがプロの音楽家たちであったのに対し、
こちらはアマチュアの音楽家たちであることが、決定的に違うと指摘していたそうです。

ぼくも「ペルー版ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」と安易に書いていたので、
映画を観ながら、なるほどなと反省させられました。
リマという同じ街に生まれ育ちながらも、
こんな音楽文化が存在することをまったく知らずにいたというラファエルの証言は、
ブエナ・ビスタではなく、むしろ70年代ブラジルのサンバ復興と共通するものがありますね。

リマ庶民の普段着姿のクリオージョ音楽が「発見」された場所は、
リマに暮らす住民といっても、おいそれと簡単には近づけない危険地帯。
まさしくリオのファベーラと同じように、隔絶されたコミュニティの結社のような組織の中で、
クリオージョ音楽が育まれていたわけで、リマの一般住民が知ることはできなかったわけです。

クリオージョ音楽とサンバを育んだ土壌の共通性を挙げてみれば、
リマのバリオとリオのファベーラ、
ペルーのハラナとブラジルのパゴージがありますね。
そこで歌う古老たちの顔だって、よく似てるじゃないですか。
黒サングラスのレンチョなんてカルトーラみたいだし、
ネルソン・サルジェントやベゼーラ・ダ・シルヴァそっくりのオッサンもいたぞ。

ま、それはともかく、20世紀初頭から都市の音楽として生まれ、
20~30年代に花開いた黄金時代を迎え、
劇場からラジオというメディアの発達とともに、大衆文化の一翼を担ったこと。
その後、商業化が進んで、大スターたちが活躍する華やかな芸能界とは別世界で、
貧しい庶民のコミュニティの中で音楽が育まれていったところは、
クリオージョ音楽もサンバも、同じ道のりを歩んだといえます。

そうか。ということは、“LA GRAN REUNION” は、
70年代サンバ・ブームの再評価で、俗に言う「裏山のサンバ」の記念碑となった
“ENCONTRO COM A VELHA GUARDA” のペルー版だったといえるのかもしれませんね。

[DVD] Dir: Rafael Polar "LIMA BRUJA : Retratos De La Música Criolla" Sayariy Producciones y Tamare Films no number (2011)

街の声・山の音楽 ロサ・グスマン

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Rosa Guzmán León Y Rolando Carrasco Segovia.jpg

いったい、どれくらい聴いたかなあ、ロサ・グスマンの2枚組。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-12-17
伴奏はギターとベースだけという地味なアルバムで、
しかも2枚組というヴォリュームにかかわらず、
半年間くらい毎日聴き続けたもんなあ。
この人の滋味な歌声には、ホントに惚れこみましたねえ。

そんな夢中になったロサ・グスマンですけれど、
その後音沙汰なくって寂しく思っていたら、嬉しい新作が届きました。
デビュー作がジャズ・ミュージシャンを起用した新感覚のクリオージョ音楽だったので、
今度はオーセンティックなクリージョ音楽で迫るのかなと思っていたら、
意外や意外、なんと「街の音楽(クリオージョ音楽)」ではなく、
「山の音楽(アンデス山岳地帯の音楽)」ウァイノを歌っているのでした。

これにはびっくりですね。
バリオという生粋のクリオージョ文化の中で育った人なのに、ウァイノも歌えるとは。
思えば、ロサがデビュー作で聞かせた魅力といえば、
バリオ育ちのクリオージョ歌手が持つ野趣な味わいとは違って、
「アフロ・クール」とも呼ぶべき独特の感覚にありました。
ドラマティックに歌い上げない、肩の力が抜けた自然体の歌い回しの中に、
クリオージョが持つ情愛をしっかりと滲ませることのできる人で、
そのさりげなさに、現代性が備わっているのを感じさせました。

そんなロサの魅力が、アンデス音楽を取り上げた本作でも、しっかりと表われています。
今回も伴奏はミニマムで、ギタリスト一人だけ。
アンデス・ギターの至宝ラウル・ガルシア・サラテと、
クリオージョ音楽の名ギタリスト、フェリックス・カサヴェルデに学んだ
若手ギタリストのロランド・カラスコ・セゴビアです。

アフロ・クールなロサの街の声が歌う、
アヤクーチョのウァイノ、アレキパのヤラビ、フニンのウァイノといった山の音楽は、
また独特の清廉な味わいがあります。
オーガニックな温かみは、クリオージョもウァイノでも変わらないロサの歌の良さですね。
2曲だけ、ベースとカホンが参加して歌うヴァルスもあって、
温もり溢れる滋味に富んだ歌声に、ああ、いいなぁと、思わず涙腺がゆるみます。

Rosa Guzmán León Y Rolando Carrasco Segovia "SONQOLLAY" Paqcha Sirena Producciones no number (2016)

オーネット門下生のフリー・ファンク対決 梅津和時×グラント・カルヴィン・ウェストン

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梅津和時とグラント・カルヴィン・ウェストンの共演作!!
うわぁ、これは意表を突かれたなあ。

オーネット・コールマンのプライム・タイムのドラマーであり、
ジェームズ・ブラッド・ウルマーを支えたドラマーとしても忘れられないウェストンと
梅津さんが、フリー・インプロヴィゼーションを繰り広げるだなんて、夢のよう。
ぼくにとってお二人は30年来、いや、もっとか、のファンですからね、
願ってもないアルバムです。

2017ベスト・ジャケット大賞を進呈したい傑作ジャケットは、
二人がメンチ切りしていて、『対決』というタイトルも戦闘モード丸出し。
ラストのオーネット・コールマンの“Lonely Woman” 以外、
すべて完全即興、しかも全曲ワン・テイクで録ったという、
おそるべき集中力による作品。

圧倒されるのは、梅津の引き出しの多さ。
淀みなく溢れ出す音列はラプソディカルでも、その饒舌さに文学性や演劇性がまとわず、
純音楽的な演奏に徹するところが、梅津の一番の魅力ですね。
そして、次々と繰り出す梅津の技に、
フレキシブルに対応するウェストンの柔軟なドラミングも最高。
梅津が引っ張る演奏もあれば、カルヴィンの手数の多いドラミングの後を追って
梅津が吹く曲もありの、完全な互角試合となっていますね。

また、4曲目のように、梅津に好きに吹かせたまま、
カルヴィンはクールにステデイなパターンで、リズムを叩く曲もあり、
二人が対決モードで丁々発止を繰り広げるばかりでもないところもいいな。
二人の協調ぶりも聴きどころな、オーネット門下生二人によるフリー・ファンクです。

梅津和時×Grant Calvin Weston 「FACE OFF」 ZOTT ZOTT101 (2016)

アブストラクト・ヒップホップ・ジャズ スティーヴ・リーマン

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Steve Lehman & Sélébéyone.jpg

コロンビア大学で博士号取得をした、アルト・サックス奏者のスティーヴ・リーマン。
超知性派フリー・ジャズの人、というくらいのことしか知らなかったんですが、
セネガル、ダカールのアンダーグラウンドなヒップホップ・シーンで活動する
ラッパーをフィーチャーしているという新作を聴いてみて、ビックリ。
こんな面白いジャズをやってた人だったのか。

ヒップホップのビートとジャズを、
「融合」というより「ぶつけ合った」といった印象の本作。
グループ名とタイトルに付けた「交差点」というウォロフ語が意図する通り、
アメリカ人ラッパー、セネガル人ラッパー、アメリカ人サックス奏者の3者が、
国籍やジャンルを越えたガチンコMCバトルを繰り広げています。

グラスパー一派のヒップホップとジャズのアプローチが、
ちっとも面白く聞こえないぼくにも、これは面白く、新鮮でしたね。
スティーヴのサックスのブロウと、ラッパーのフロウが同等に絡んでいて、
ラップをフィーチャーするとか、バックトラックとソロイストといった関係でなく、
スリリングなMCバトルをしているのは、まさにヒップホップのフリースタイルであり、
フリー・ジャズのインプロヴィゼーションでしょう。

リズム・アプローチも多彩で、スティーヴ・コールマンのファイヴ・エレメンツを
グレード・アップしたようなアンサンブルは、すごく刺激的です。
ただ、全面的にかっこいい!とハシャゲないのは、
エレクトロを駆使して作り込んだサウンドが、ウザいと感じる場面も多いから。
ソプラノ・サックス奏者作の陰鬱な曲も、ちょっとウンザリだなあ。
やっぱ、この人、アタマ良すぎるのが災いしてるような。

Steve Lehman Octet  MISE EN ABÎME.jpg

むしろ、前作のオクテット編成の方が、ぼくは好みでした。
作曲と即興を緻密に織り上げた作品で、
スティーヴのブロウにタイショーン・ソーリーのドラムスがぴたりと合わせていったり、
いわゆるジャズ的快感に満ち溢れていて、かっくいい~♪
スティーヴのアルトの太い音色もいいよなあ。
なんだかエリック・ドルフィーの生まれ変わりを見るようで、ホレボレとしちゃいましたよ。

いや、これ、2014年のジャズの大傑作じゃないですか。
もっと前に聴いてれば、ぜったい年間ベストだったのになあ。

Steve Lehman & Sélébéyone "SÉLÉBÉYONE" Pi Recordings no number (2016)
Steve Lehman Octet "MISE EN ABÎME" Pi Recordings no number (2014)

クランシー家のルーツを深めて ドーナル・クランシー

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Dónal Clancy  ON THE LONESOME PLAIN.jpg

シャリンとしたギターの音色がいいなあ。
硬質なんだけど、タッチは柔らかくて、
シャープすぎず、まろやかにギターを歌わせています。
70年代にブルース・コバーンのアクースティック・ギターにホレこんだ
ギター・ファン(古っ!)には、たまらない響きじゃないでしょうか。

ドーナル・クランシーは、アイリーン・アイヴァーズのバンドで活躍し、
チーフタンズの99年の来日公演にも、
アイリーンとともにゲスト参加でやって来たギタリストだということを今、調べて発見。
え~、そうだったんだ。それなら、ぼくも恵比寿のザ・ガーデンホールで
観ているはずなんですけど、ぜんぜん印象に残ってないなあ。

ドーナルのバイオグラフィを読んだら、60年代アイリッシュ・フォークの名グループ、
クランシー・ブラザーズの一員だったリアム・クランシーの息子なんですね。
ドーナルは98年にニューヨークへ居を移して、アイリーン・アイヴァーズのバンドのほか、
00年にジョン・ドイルの後任ギタリストとしてソーラスに参加していたとのこと。
03年には、前に在籍していたダヌーに再加入したようです。
それじゃあ、ぼくもドーナルのギターを聴いていたのかなと、CD棚をチェックしてみたら、
ソーラス、ダヌーともども、ドーナル在籍時のアルバムは見つからず、
やはり今回で3作目というソロ作が初体験だったようです。

レコーディング・スタジオの録音風景を収めたジャケットには、
なにげにマーティン・カーシーのデビュー名作が床にころがっていますけれど、
ドーナルのギター・プレイには、バート・ヤンシュやデイヴィ・グレアムに匹敵する
気品がありますね。キリッしたプレイには、典雅な上品ささえ感じさせます。
トラッドの土臭さとは無縁の、伝統音楽を芸術的と呼べるレヴェルまで
磨き上げたギター・スタイルといっていいんじゃないでしょうか。

本作でギター・プレイとともにウナってしまったのは、彼の深い声です。
お父さんの時代のアイリッシュ・フォークとは趣が違い、
そのディープな歌声には、アイリッシュ・トラッドの奥の細道に分け入ろうとする
強い意志がうかがえます。

ドーナルは、08年に奥さんと3人の子供たちとともにアイルランドへ帰国し、
クランシー家のルーツに立ち返った音楽活動をしているとのこと。
本作は、父親の遺志を受け継ぎ、アイルランド伝統の物語を、
持ち前の深い声と、ギターの洗練された技巧によって織り上げた名作といえます。

Dónal Clancy "ON THE LONESOME PLAIN" Dónal Clancy DCLPCD16 (2016)

ガーリックの子守唄 ジェナ・カミング

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Jenna Cumming  TÀLADH.jpg

全編、子守唄。
ガーリック(スコットランドのゲール語)で歌った、スコットランド古謡集です。

スコットランド、インヴァネスの出身、
現在は北西沖アウター・ヘブリディーズの島々のひとつ、スカルパイー島に暮らす
女性歌手ジェナ・カミングの2作目。デビュー作が出たのは05年だから、
11年ぶりのアルバムになるわけか。寡作の人ですねえ。

レパートリーの多くは、ジェナの娘が生まれた時にじっさいに歌ってきた子守唄とのこと。
ジャケットの表裏に載せられた、赤ちゃんを抱っこしたお母さんの写真は、
ジェナ自身なのかなと思ったら、そうではなく、
表紙のお母さんは本作のプロデューサーの娘で、
裏のお母さんは共同プロデューサーの娘さんだそうです。

そんなジェナ自身と制作スタッフの思いが込もったガーリック・ララバイ・アルバム、
ほとんどは無伴奏で歌われているんですけれど、無伴奏と意識させないさりげなさは、
子守唄という親しみやすさのせいでしょうか。
オルゴールやハープが伴奏に付く曲もわずかにあるんですが、
ジェナのシンギングに変化がないせいか、
伴奏のあるなしをほとんど意識せずに聴き通せるところが、本作の白眉と言えます。

静かに歌われる子守唄のアルバムには、歌が持つ治癒の力が備わっていて、
小品と侮れない深みがあります。
胸の奥深いところに、すうっと雫が落ちていくのを覚える、美しい作品です。

最後に、一言だけ不満を残しておくと、エコーをかけすぎた録音が残念ですね。
もっとデッドに録った方が、インティメイトな雰囲気が強調されたはずで、
その方が無伴奏の子守唄にはふさわしかったんじゃないでしょうか。

Jenna Cumming "TÀLADH" Clann Sona CSCD01 (2016)

再創造されたイングランドの伝統音楽 レディ・マイズリー

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Lady Maisery  CYCLE.jpg

チャイルド・バラッドのタイトルからグループ名を取った、
イングランドの伝統音楽を掘り下げる女性トリオ。
前作“MAYDAY” から3年ぶりの新作がリリースされました。

レイガンズ・シスターズに始まり、
リチャード・ファリーニャ、トッド・ラングレンという冒頭の3曲に、むむむ。
選曲がまぁシブいというか、マニア度高っ。

古書や歴史的な音源などから古謡を発見してくる研究熱心さは、
このグループのデビュー時からの個性ですけれど、
アメリカの60年代フォークに目配りするほか、
鬼才トッドの多重録音ア・カペラを取り上げるとは感服。降参です。
なるほど、彼女たちの音楽的なアイディアの豊かさは、トッドに通じるのかもなあ。

イングランドの伝統音楽を、いかに表現するかという課題は、
アイルランドやスコットランドのような定型を持たないイングランドでは、
ことのほか重大な意味を持ってきましたよね。
50年代のフォーク・リヴァイヴァルの時代からずっと続いてきたその課題は、
イングランドの音楽家たちに高い音楽性を常に要求し、
新たに伝統を再創造する音楽的挑戦が求められてきました。

その道のりを知るからこそ、このレディ・マイズリーの新作には、
ここまでやってきたのかという、深い感慨を持たずにはおれません。
ハープ、コンサーティーナ、フィドル、バンジョー、
バンシタール(!)、ピアノ、カンテレなどなど、
さまざまな楽器を自在に駆使しながら、囚われない自由な発想で
サウンドを組み立てながら、生み出される音楽は、
イングランドの伝統を強固に感じさせるところが、スゴイ。

3人の屈託のないオキャンな歌いぶりは、実にハツラツとしていて、
カビ臭い伝統の世界とは無縁の、過去と未来を繋ぐ音楽を奏でています。

Lady Maisery "CYCLE" RootBeat RBRCD33 (2016)
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