マックス・ローチの歴史的名作にインスパイアされたとおぼしきアルバム・タイトル。
ブルックリンを拠点に演奏しているという、若きサックス奏者のデビュー作です。
BLM運動を背景にしているのかなと思いましたが、
その音楽からは、そうした主張は汲み取ることができません。
カゼンダ・ジョージは、ガイアナ出身の父とジャマイカ出身の母のもと、
バークレーで生まれ育ち、高校卒業後にボストンへ移り、
ハーバード大学とニュー・イングランド音楽院に学び、
ジャズ・コンポーズの修士号を取得したという俊英。
在学中の2012年にはハバナへ渡り、キューバ音楽も勉強しています。
キューバ音楽を通じて、アフリカ音楽や文化にも傾倒し、
南米/カリブ海をルーツとする自身のアイデンティティを模索するようになったとのこと。
アルバムには‘Haiti’ なんて曲名もあるので、
音楽研究の成果が発揮されているのかと思いきや、どうもその気配はありません。
むしろなぜ「ハイチ」なのか疑問に思うほどで、
キューバ音楽を学んだという痕跡は、
かろうじてラスト・トラックの‘Understanding’ で、
ピアノがチャングイのビート刻むのが聴き取れる程度ですかねえ。
またご本人は、ジョン・コルトレーン、J・ディラ、
ジョアン・ジルベルトに敬意を表しているんですが、
少なくともカゼンダ・ジョージのテナー・サックスに、コルトレーンの影はみられません。
むしろレスター・ヤングを連想する、なめらかな温かいトーンが持ち味です。
バイオ情報やタイトルから想定される音楽とは、ことごとく違っているんですが、
ストレート・アヘッドなコンテンポラリー・ジャズの優良作じゃないですかね。
ポップともいえる曲作りのうまさや、フックの利いたメロディにも魅力があります。
レコーディング後にカゼンダの妻となったという、
サミ・スティーヴンスがヴォーカルをとる曲では、
そのポップ・センスがいかんなく発揮されていますよ。
アダム・アルーダのドラムスとタイロン・アレンのベースによる
弾力のあるリズム・セクションにのって、
カゼンダは中音域の豊かな、ソフトなトーンを紡いでいきます。
変拍子もさらりとこなすのは、いまどきですね。
アイザック・ウィルソンは、流麗な速弾きをピアノで聞かせたり、
ウーリッツァーでメロウな音色を奏でたりと、
バランスのとれたアンサンブルに、さまざまな表情を与えています。
ループしたトラックを使った曲など、ビート・メイカーとしての才能も発揮していますが、
カゼンダの豊かな音楽性は、デビュー作にはまだまだ投影されていないのでは。
デイヴ・ダグラスのレーベルからデビューしたくらいなんだから、
その才能はまだうかがい知れぬものがありそうで、次作がさらに楽しみです。
Kazemde George "I INSIST" Greenleaf Music GRECD1087 (2021)