リスボンのファド博物館が16年にスタートさせたレーベルから出た
男性ファディスタのデビュー作。
アンドレー・ヴァス以来といえる伝統ファドの逸材登場に、
いやぁもう、頬もゆるむというか、ズイキの涙を流すしかないですね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2017-11-07
新世代ファド歌手として注目を浴びる、なんてのは、
ファドの現場であるカーザ・デ・ファドから遠く離れた音楽業界から発信されるもので、
ファドが息づく現場からみたら、別世界の出来事にすぎません。
昔と変わらぬ伝統ファドは、ディスク化されることすら稀有だという事情は、
ファド・ファンは重々承知しています。
年寄りと観光客の音楽とみなされてしまった伝統ファドだからこそ、
アーカイヴばかりでなく、才能豊かな若手を応援しようという
ファド博物館のような確かな目利きのレーベルの登場には、
惜しみない拍手を贈りたいですよ。
そんなファド博物館が送り出したフランシスコ・サルヴァソーン・バレートは、
デビュー作といっても82年生まれ。発表当時36歳で、
ヴェテラン・ファディスタのマリア・ダ・フェーが経営するカーザ・デ・ファドで
専属歌手として歌ってきたというのだから、実力はもう十分すぎるほどです。
ライスから出た日本盤の解説を書かれたギターラ奏者の月本一史さんによれば、
「既に素晴らしいファドの録音が聴ききれないほど存在する中で
自分がそれらを焼きなおす必要はないと思っていた」というのだから、
そういう慎みある発言をする人のファドこそ、ぜひ聴いてみたいと思うのが、
ファド・ファンというものじゃないですか。
もうひとつ、月本さんの解説のなかで目を奪われたのが、
フランシスコ・サルヴァソーン・バレートがファドに開眼したきっかけ。
なんでも、おじいさんがクラシック、ジャズ、ファドなどのレコード・コレクターで、
14歳の夏休みに、ジョアン・フェレイラ=ローザのレコードを聴いて衝撃を受け、
おばあさんにジョアン・フェレイラ・ローザの“ONTEM E HOJE” を買ってもらい、
古典ファドの世界にのめりこんでいったんだそうです。
80年代生まれの若者が、17歳という若さでカーザ・デ・ファドに通って
ファド歌手を目指すなんて、奇特としか言いようがありませんよ。
神田伯山が講談師になったのと、同じくらいのインパクトじゃないですかね。
神田伯山は83年生まれと、フランシスコ・サルヴァソーン・バレートのひとつ年下です。
古臭い芸能と誰もがみなしていたものを、二人の若者は志したんでした。
そしてなにより、ジョアン・フェレイラ=ローザに衝撃を受けたというのが、
ぼくにはグッとくる話です。おばあさんが買い与えたという“ONTEM E HOJE” は、
96年に出た2枚組のベスト盤で、今回のデビュー作でカヴァーされた
‘O Meu Amor Anda Em Fama’ もそこに選曲されていますが、
その曲が収録された65年作の“EMBUÇADO” は、ぼくの大愛聴盤です。
月本さんがライス盤の解説で、ジョアン・フェレイラ=ローザのことを、
「質朴の天才」と形容したのには、思わず膝を打ちました。
まさしくこれ以上ないというくらい、的を得た表現です。
ジョアン・フェレイラ=ローザのファドは、堂々としているのに、
まったく威圧感を与えないのは、自己を消して歌の世界に没しているからでしょう。
豪胆で融通の利かないともいえるその唱法は、いぶし銀の味わいがあり、
そんなシブい歌手に14歳で衝撃を受けたんだから、その出発点からしてホンモノですよ。
そんな古典ファドを歌い継ぐことに真摯に取り組んできた
フランシスコ・サルヴァソーン・バレートを伴奏する、
ギターラ奏者のベルナルド・コウトがまたスゴイ。
1曲目の‘Horas Da Vida’ で、主役を食うような華麗な技を繰り出し、
おいおい、デビュー・アルバムの伴奏なんだぜ、
少し抑えろよ、と思わず言いたくなってしまいました。
ちょっと弾きすぎ、目立ちすぎの場面が気にならないじゃないですけど、
それだけ主役・伴奏とも力のこもった、
古典ファドを現代に受け継いだ大力作です。
Francisco Salvação Barreto "HORAS DA VIDA" Museu Do Fado MF005 (2018)
João Ferreira-Rosa "EMBUÇADO" Som Livre/EVC VSL1093-2 (1965)