古い話題で恐縮ですけれど、ランバダの世界的なブーム、覚えてます?
日本では、80年代末のバブル絶頂から崩壊の時代の記憶にリンクして残っていますが、
「あれは悪夢だった」と言っていた音楽評論家さんの言葉が忘れられません。
月刊誌でワールド・ミュージックのレヴューを担当されていたその方は、
原稿用に大量に送られてくるランバダ関連の見本盤に、文字通り毎月悪戦苦闘、
ヘキエキを通し越して、ランバダの文字を見るのも嫌になったとのこと。
あの当時、ランバダの大ヒットにあやかった二番煎じ・三番煎じは言うに及ばず、
ディスコ向けの便乗アルバムが山ほど出ていたらしく、
毎月毎月原稿を書くために、大量の駄盤を聞き続けなければならないのは、
まさしく苦行だったそう。
そんな一時代が過ぎ去り、往時の見本盤を捨てたのは、
100枚や200枚ではすまなかったとか。
う~ん、当時のぼくといえば、
一世風靡したジュリアナ東京にほど近い芝浦の職場で働いてたせいで、
ジュリアナ帰りのネーチャンたちの痴態ぶりを、毎夜横目にしてたんだっけ。
ランバダのペアダンスを、ジュリアナで踊ってたかどうか知りませんけど、
深夜の歩道橋の下で、カップルがセックスしてたり、
泥酔して道路に倒れてるボディコン姉ちゃんのタイトスカートが捲りあがり、
パンツ丸出しのまま転がってたりと、まあ、ほんと、狂った時代でしたねえ。
「24時間戦えますか」の長時間労働をしてたサラリーマンとはまた別の、
バブル時代の苦い記憶が、音楽評論家の人たちにもあったことを、
ずいぶんあとになって知ったもんです。
なんで今頃、そんなランバダの話題を持ち出したのかといえば、
「ランバダ・インストルメンタル」と形容された音楽が、
前回話題にしたナ・ムジックのカタログの中に結構あるからなんですね。
ギタラーダと呼ばれるその音楽は、70年代にパラー州でカリンボーをベースに、
クンビアやショーロ、ブレーガをごった煮して生み出されたもので、
ギタリストのメストリ・ヴィエイラが、このジャンルのクリエイターです。
メストリ・ヴィエイラは、ブラジルで初のカリンボーの商業録音を残した
ヴェレケッチのアレンジャーを務めたギタリストで、
ヴェレケッチやピンドゥーカといったカリンボーのスター歌手たちの伴奏を務める一方、
インスト音楽ギタラーダの人気者になったといいます。
インスト音楽といっても、ジャズやショーロのような器楽的な技巧を聞かせる音楽ではなく、
ギタラーダは、歌の旋律をたたナゾるだけの「歌のない歌謡曲」。
演奏者が自己主張しない、いわば無我の音楽ともいえるその音楽のありようは、
どこか日本のちんどんにも通じるものがあります。、
「ランバダ・インストルメンタル」の異名をとったのも、
もともとダンスの伴奏音楽だったからなんじゃないのかな。
メストリ・ヴィエイラは、すでに80の齢を数えていますけれど、
ナ・ムジックからリリースされた10年作、15年作でも、
昔と変わらぬフル・アクースティックのギターを、ひょうひょうと弾いています。
ベレンの田舎のダンスホールで演じているそのままをパッケージングしたアルバムです。
チープとはいえ、変に飾り立ててないマイ・ペースぶりがお気楽で、いい感じです。
ほかにもナ・ムジックからは、70年代末から90年代初めまで、
ヴィエイラが率いていたバンド、オス・ジナミコスとのリユニオン作が15年に出ていて、
アコーディオン入りののんびりとした田舎のカリンボーを楽しめます。
Mestre Vieira "GUITARRADA MAGNÉTICA" Na Music NAFG0032 (2010)
Mestre Vieira "GUITARREIRO DO MUNDO" Na Music NAFG0092 (2015)
Os Dinâmicos & Mestre Vieira "OS DINÂMICOS & MESTRE VIEIRA" Na Music NAFG0093 (2015)