あの世に逝く前、最後にこんなふうに歌えたら、歌手人生も本望だろうなあ。
そんな思いを抱いた本作は、亡くなるわずかひと月前のレコーディングという、
カウビ・ペイショートの遺作です。
16年3月に本作のレコーディングを終え、
5月3日にリオでアンジェリア・マリアとステージで歌ったのを最後に、
そのわずか12日後の5月15日、肺炎で息を引き取ったというのだから、
急なことだったようですね。
カウビ・ペイショートというと、ちりちりヘアのルックスからして、
いかにも俗悪なブラジルの大衆歌謡歌手というイメージが強くて、
正直、これまでまともに聞いたことがありませんでした。
ロベルト・カルロス同様、本国では絶大な人気歌手でも、
ブラジル音楽好きの日本人が、無視するタイプの歌手といえます。
それなのに、このアルバムに手を伸ばす気になったのは、
大衆歌謡歌手らしからぬアーティスティックなレーベル、
ビスコイト・フィーノからのリリースだったこと。
そして、プレ・ボサ・ノーヴァの時代に、粋なクルーナー歌手として活躍した、
ぼくの大好きなディック・ファーニー(ジッキ・ファルネイ)のカヴァー集という企画に、
ソソられたからなのでした。
幼い頃ナット・キング・コールに憧れて歌手になったというカウビ・ペイショートは、
典型的なアメリカナイズされたポップス・シンガー。
今回あらためて経歴を調べてみたら、
50年代半ばにアメリカに進出して成功し、タイム誌やライフ誌に
「ブラジルのエルヴィス・プレスリー」と書かれるまでになり、
57年には、アメリカで初のポルトガル語で歌ったロックン・ロールのレコードを
出していることがわかりました。
なんと、シロ・モンテイロの従兄弟だったんですね。
ブラジルに帰国してからは、ナイトクラブを中心に、
ロマンティックな歌を歌うショー歌手として活躍した人で、
ぼくの視界にまったく入らなかった歌手です。
晩年もナット・キング・コールや
フランク・シナトラのカヴァー集を出していたようですけど、
ラスト・レコーディングがディック・ファーニーのカヴァーでなければ、
カウピのアルバムを買うことは、一生なかったでしょうね。
いかにもクラブ歌手といった雰囲気の歌い口ではあるんですが、
若い頃のキザったらしさや、大仰な歌いぶりは影をひそめ、
枯れた味わいがディック・ファーニーのジャジーな歌にぴったりで、
イヤミのないダンディさが、ほどよいムードを醸し出しています。
ピアノ・トリオにサックスとギターを加えた伴奏も申し分ありません。
老いらくの恋を歌うには、こういうオールド・スクールな歌い口がよく似合うというか、
ロマンティック歌手のひとつの理想像を見るかのようで、
80越えて、こんな歌を歌えたら、いいもんだと思いますよ。
Cauby Peixoto "CAUBY CANTA DICK FARNEY" Biscoito Fino BF466-2 (2017)