ファドの新世代歌手では、ジョアン・アメンドエイラのように、
伝統ファドのスタイルをしっかりと保っている歌い手が好きです。
ファドのように歴史の古い、きっちりとした型のある音楽は、
変にモダン化したり、他の音楽をミックスしても、
結局のところ、旧来のファドが持つ魅力以上のものを打ち出すのは、
難しいと思っているもんで、これって、フラメンコも同じですよね。
新しい試みに挑戦するミュージシャンシップを否定するつもりはありませんが、
そうした試みより、伝統ファドの型を習得して歌える人の方が好ましく、
ファドに関しては、ぼくはゴリゴリの保守派です。
そんなわけで、最近のファドふうに歌ったポップ曲って、
どうにも気持ち悪くって、聞けないんですよね。
人気絶賛のアントニオ・ザンブージョも、ぼくにはファド歌手に聞こえません。
古典ファドをしっかりと歌いこなせるのは、
ジョアン・アメンドエイラやカティア・ゲレイロといった女性歌手ばかりで、
男性歌手はさっぱり見当たらないと、長年ぼやいてたんですが、
ようやく出てきましたよ、ぼく好みの人が。
それが、83年生まれという、アンドレー・ヴァス。
ライスから出たデビュー作を聴いて、すっかりファンになっていたところ、
なんと来日するというのだから、嬉しいじゃないですか。
しかも、本場カーザ・デ・ファド(ファド・ハウス)・スタイルの
ポルトガル料理店でのライヴがあるというので、
すぐさま予約しましたよ。11月5日夜の部。
結婚記念日の前祝いにかこつけて、家人と一緒に観てきました。
当日の夜、地下鉄の日比谷駅から地上に出たら、ものすごい数の警察官に仰天。
出口すぐの帝国ホテル脇道の道路が封鎖され、厳戒態勢のただならぬ緊張感で、
あ、そうか、トランプが来てるんだっけと、気づきました。
居並ぶ警察官の脇をすり抜けて、ヴィラモウラ銀座本店へ。
トランプはうかい亭だったんだってね。すごい日にぶつかっちゃったもんだ。
ライヴは20分のステージが3回。合間に運ばれる料理を愉しみながらという、
本場カーザ・デ・ファドさながらのスタイルで、いやあ、いい夜でした。
マイクなしの生声で、オーソドックスなスタイルのファドを、たっぷり歌ってくれましたよ。
旋律の上がり下がりが大きな古典ファドの難曲もさらりと歌いこなし、
打ち合わせのない曲も、その場の雰囲気でどんどん歌ってしまうところは、
現場で鍛えられたホンモノのファド歌手の証し。
デビュー作の曲をほとんど歌わなかったのも、豊富なレパートリーの表れで、
むしろCDデビューが遅すぎたんですね。
9歳にしてリスボン最大のファド・コンクール、
グランデ・ノイテ・ド・ファドの決勝に出場したというのだから、
キャリアは十分すぎるほどの人です。
ケレンのない歌いぶりがすがすがしく、
麗しい歌声にはほんのりとした色気もあって、胸に沁みます。
カルロス・ラモスの“Canto O Fado” のコーラス・パートを客席に歌わせたり、
マルシャを歌ってくれたのも嬉しかったな。
ギターラの演奏を披露するという、珍しい場面もありました。
ギターラを人前で弾いたのは、今回の日本が初めてだそうで、
下を向きっぱなしで弾く、いかにも慣れない姿でしたが、
伴奏の月本一史と、即興のインタープレイを繰り広げたのは、なかなかの腕前でしたよ。
ファドのライヴというと、変わったロケーションで観た思い出がいくつかあり、
まだ無名のミージアが93年に来日した時は、
なんとホテルオークラのディナー・ショウ(!)だったというのが、一番の変わり種。
今回は、アメリカ大統領の訪日とぶつかり、
店の外がものものしい厳戒態勢だったという、
レアな思い出が加わったのでした。
André Vaz "FADO" Todos Os Direitos Reservados 0530-2 (2016)