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ポスト・ロック・ジャズ・トリオ ママル・ハンズ

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Mammal Hands  FLOA.jpg

おお、吹っ切れたなあ。
前作の“ANIMALIA” を聴いた時、大きくうねるリズムの上で、
サックスが雄大に歌う曲が何曲かあって、気に入っていたんですよ。
全編こんな感じでやってくれたら、良かったのにと思っていたんだけれど、
新作はまさに、そんな期待通りの仕上がりとなっていますよ。

マンチェスターのインディ・レーベル、ゴンドワナが送り出したママル・ハンズの新作。
ゴンドワナからはひと足先にゴーゴー・ペンギンが人気を博しましたけれど、
ぼくはゴーゴー・ペンギンより、ママル・ハンズの方を買っています。
ゴーゴー・ペンギンのミニマルな人力ドラムン・ベースは、ちょっと物足りないもんで。

ゴーゴー・ペンギンはピアノ・トリオですが、
ママル・ハンズはベースレスで、サックス、ピアノ、ドラムスのトリオ。
どちらも耽美さに淫するところがあって、そこがまだるっこしく感じるんですが、
新作はそこを抜け出して、もっと明快にやり切った感があって、気に入りました。

なんかこういう明快さって、日本のフォックス・キャプチャー・プランにも似てますね。
ポスト・ロックとクラブ・ジャズを折衷させたフォックス・キャプチャー・プランのサウンドと
ママル・ハンズの音楽性は、同時代的に共振するものを感じます。
どちらのバンドも黒っぽい要素がまるでなく、白人音楽の極北みたいな音楽性で、
アルペジオだらけなクラシック・ピアノのフレージングが目立ちます。
あと、少女趣味な曲調というか、やたらとセンチメンタルなメロディも、よく似てるよなあ。
スウェーデンのエスビョルン・スヴェンソンを継ぐ人たちが、大勢現れてきたってことかな。

ママル・ハンズは、大きく歌う重厚なサックスの音色が、
演奏をきれいごとに終わらせず、ナマナマしい表情を生み出しているところがハナマル。
ライヒとかの現代音楽の方に振り子を向かわせるより、
こういう爽やかなポスト・ロックに向かってくれる方が、好みです。

Mammal Hands "FLOA" Gondwana GONDCD014 (2016)

ビルマ・ギターの名盤誕生 ウーティン

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U Tin  MUSIC OF BURMA.jpg

快挙です!
昨年、世界初のミャンマーのスライド・ギターのCDを制作した井口寛さんが、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-06-15
ミャンマー最高峰のギタリスト、ウーティンのソロ・アルバムを、
ついにものにしましたよ!

いや~、カンゲキ。
昨年夏、井口さんと会う機会があり、その折に、ぜひ名手ウーティンのギターを
録音してくださいよと熱烈要望したばかりなんですが、まさかこんなに早く実現するとは。
ウーティンからじきじきにギターを習ったという、
鹿児島在住のギタリスト柳田泰さんを介して、録音が実現したとのことで、
日本人の弟子がいたなんて、ビックリです。

ウーティンの略歴については、アウン・ナイン・ソーの記事で触れたので省くとして、
ミャンマーにハワイアン・スタイルのスライド・ギターが入ってきたのは、
イギリス統治下の20年代という説がある一方、43年という記録もあり、詳細は不明です。
タチンジー(古典歌謡)やカーラボー(流行歌謡)を演奏するために、
F G C F G C のチューニングに変え、バマー・ギター(「ビルマ・ギター」の意)と称されました。
ちなみに、メダリンと呼ばれるミャンマーのマンドリンも、同じチューニングとなっています。

バマー・ギター黎明期の名手にサヤコカー Saya Ko Kah という人がいて、
コロンビアに数多くのSP録音を残したようで、ぜひ聴いてみたいものですねえ。
無声映画の伴奏などで、40~50年代に盛んに演奏されたスライド・ギターも、
その後すっかり廃れてしまい、ウーティンが数少ない後継者として残ったものの、
レコーディングのチャンスはなく、世に知られないままとなっていました。

そして、そのウーティンもすでに80歳代半ばという年齢。
正直言って、録音を残すことに意義があり、
演奏内容の方はあまり期待していなかったんですが、CDを聴いてブッとびました。
これが、80代の老人の演奏だなんて。カクシャクとしたその演奏ぶりは、
先に出したアウン・ナイン・ソーとは格が違う。
まさにヴァーチュオーゾの名にふさわしいプレイで、
熟達した演奏ぶりは、みじんの衰えも感じさせません。

タチンジーの歌を、そのままギターに置き換えたプレイは、
ミャンマー独特の節回しやこぶしを、絶妙に表現しています。
歌い出しのざくっと入るニュアンスを、
強いピッキングで、切れ味のあるギターのフレージングでプレイするところなど、
力強さと繊細さのコントラストが、実に鮮やかです。

ウーティンのギターに比べると、若いアウン・ナイン・ソーのギターの歌わせ方は、
ずいぶんと淡泊で、ニュアンスが乏しく聞こえてしまいます。
やはりヴァーチュオーゾのヴァーチュオーゾたるゆえんは、
アタックの強い弦さばきに表われますね。
インレー・ミン・マウンのサウンしかり、バトゥル・セク・クヤテのコラしかりです。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-01-15
このアルバムでは、メタル・ボディと木製ボディの2種類のリゾネーター・ギターを弾いていますが、
そのどちらでも、妙技は変わりませんね。

歌のメロディをスライドでなぞるフレージングのほか、
サウン(竪琴)のフレーズを模したパートなど、単弦ソロを中心に分散和音が弾かれ、
コード・プログレッションはほとんど出てこないんですが、
3曲目の一部でちらりと、デルタ・ブルースのトレイン・ソングのような
リックが飛び出す曲などもあって、興味をそそられます。

長年謎のベールに包まれていたバマー・ギターの最高の名演が、
クリアな音質で聴けるという、またとないアルバム。
昨秋『CROSSBEAT Presents アコースティック・ギター・ディスクガイド』に寄稿した
「世界のアコースティック・ギタリストたち」に、ぜひ載せたかったなあ。
あの記事ではアウン・ナイン・ソーのCDを取り上げましたけど、
ウーティンのこともちゃんと書いておきましたからね。

スライド・ギター好きや、ミャンマー音楽のファン必聴の快作。
ライ・クーダーにも、ぜひ聞かせたいもんです。

U Tin "MUSIC OF BURMA BURMESE GUITAR" Rollers ROL003 (2016)

大人になったセクシー・アイドル マヤ・ディアーブ

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Maya Diab  MY MAYA.jpg

フォー・キャッツ出身?
あ~、あの歌のドヘタなレバノンのアイドル・グループね。
絵に描いたような「3日で飽きる」美人顔は、
アラブ版スパイス・ガールズ狙いのセクシー・アイドルらしいルックスであります。
メンバーが入れ替わり立ち代わり、15人ぐらい変わったはずのフォー・キャッツで、
結成時から解散まで在籍していたというのだから、グループの看板だったんだろうな。

まぁ、どっちにせよ、歌手の容姿はどーでもよろしい当方にとっては、
興味ないわと思っていたんですけど、クリップを観たら、おんや?
なかなかにアダルトな雰囲気たっぷりで、
ジャジーな歌いっぷりを聞かせてくれるじゃないの。
「レバノンのルビー(エジプトの若手ヘタッピー歌手)」とあだ名されたマヤも、
ちゃんと歌えるようになったってか(まー、モデル系美人に口の悪いこと)。

全編ミドル~スローの楽曲を揃え、EDM系のアッパー・チューン皆無。
プロダクションもアダルト・オリエンテッドな作りで、メロウなトラックを揃え、
せつなくも儚げな歌い口で、ほのかな色気を漂わせる風情がいい雰囲気であります。
揺れる女心を、吐息まじりにあえぐように歌うマヤ。う~ん、たまりましぇん。
すっかり大人になったねえって、当たり前か。30半ばだもんな。

なんでも、フォー・キャッツ解散後は、モデルやタレント業をしながら6枚のシングルを出し、
フェイルーズの息子でプロデューサーのジアド・ラハバーニとも、一緒に仕事をしていたようです。
本作は全曲新曲の初ソロ・アルバムで、
スタッフが力を入れて作ったことのよくわかる、充実のシャバービー・アルバムとなっています。

Maya Diab "MY MAYA" Watary no number (2015)

ジルベルト・ジル86年東京ライヴのオリジナル盤

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Gilberto Gil  AO VIVO EM TÓQUIO_1.jpg

オリンピック、盛り上がっていますね。
開会式にはジルベルト・ジルにカエターノ・ヴェローゾ、
ウィルソン・ダス・ネヴィスも登場したんだそうで、
恥ずかしながら、見逃し三振のマヌケっぷりを発揮してしまいましたが、
ジルとカエターノが74歳という年齢を聞いて、あらためてショックを受けちゃいました。

え~、ジルって、もう70過ぎなのかあ。
う~ん、あらためて時の流れの残酷さを思い知らされるというか。
自分だって60近くなってんだから、当たり前ちゃあ、当たり前なんだけれども。
ジルを初めて観た、86年8月20日の来日公演。ちょうど30年前になるわけか。
あの時ジルは44歳で、まさに脂の乗り切った時期だったんだなあ。

懐かしくなって、当時のライヴ盤を取り出してみたら、
あ、このCDは珍しいかもと思いつき、話題に取り上げようかという気になりました。
このジャケットというか、CD表紙、見たことのある人、います?
一般に知られている東京ライヴのジャケットは、
黒縁の上下にジルの顔をクレヨン画で描いたデザインですよね?

日本のコンサート告知ポスターをそのまんまデザインしちゃったこのCD、
88年11月にリオのレコード屋さんで買ったものです。
LPは出ておらずCDのみのリリースで、
この時のライヴを観た者としては喜び勇んじゃいました。

ライナーには、来日公演のプログラムがそのまま転載されていて、
エリゼッチ・カルドーゾのライヴ・イン・ジャパンのブラジル盤LPで、
日本の雑誌記事をコラージュしていたのを思い出すデザインとなっています。
レーベル面には“MADE BY WARNER PIONEER CORPORATION, JAPAN” とあり、
どうやらブラジル国内向け商品として、
日本のワーナー・パイオニアに生産委託したCDだったみたいですね。

Gilberto Gil  AO VIVO EM TÓQUIO_2.jpg
Gilberto Gil  AO VIVO EM TÓQUIO_3.jpg

新婚旅行でブラジルに行った時に見つけたものなんですけど、
同じワーナー系列のCDで、ジョアン・ジルベルトの
85年モントルー・ジャズ・フェスティバルも、当時2枚組でCD化されていました。
ケースは2枚組仕様ではなく、バラのケース2枚をセットにしたものでしたけれどね。
これまたジルのライヴ盤同様、レーベルには日本製と書かれていて、
バックインレイは、ソングリストのみの白黒印刷という味気ないもので、
いかにもCD黎明期といった作りでしたねえ。
CDケース裏に、わざわざエンボス加工で“MADE IN BRASIL” とあるのが
ちょっと面白かったりして(ケースだけブラジル製?)。

Gilberto Gil  AO VIVO EM TÓQUIO_4.jpg

88年当時、ブラジルのCD流通はごく初期の段階で、
ブラジル国内にはまだプレス工場がなかったんだと思われます。
CD生産が早かったフィリップス系列のCDも、ディスクは西ドイツ製だったもんなあ。
86年頃から有名アーティストのベスト盤が、ようやくCDで出るようになったばかりで、
まだ単独アルバムのCDは出ておらず、初めて単独アルバムでCDが出たのは、
カエターノ・ヴェローゾの“CAETANO”(87)でした。
次いで、イヴァン・リンスの“MÃOS”(87)が出たのを良く覚えていますよ。

ジョアン・ジルベルトのモントルー・ライヴの2枚組CDも、
LPの裏ジャケットをデザインしたバックインレイをきちんと付け、
2枚組仕様のケースに入ったブラジル製ディスクが日本に入ってきたのは、
その後何年も経ってからでしたからね。
日本製ディスクに白黒バックインレイのオリジナルCDは、レアかも。
ま、あんまり意味のないマニア向けトリヴィアでありますが、
ジルの東京ライヴ盤のオリジナルは、コレクターズ・アイテムといえそうです。

Gilberto Gil "AO VIVO EM TÓQUIO" Geléia Geral/WEA 2292546942 (1987)

並外れた音楽家としてのスケールの大きさ リシャール・ボナ

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Richard Bona & Mandekan Cubano.jpg

リシャール・ボナの最高傑作“BONAFIED” から3年、新作はラテンです。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-04-30

ルイ・ヴェガのプロデュースで一躍有名になった、
カラカス出身のトップ・パーカッショニスト、ルイシート・キンテーロに、
その従弟であるロベルト・キンテーロ、そしてピアニストのオスマニー・パレデスに、
ドラマーのルドウィッグ・アフォンソという、
二人のキューバ出身の俊才を擁するマンデカン・クバーノは、
ニューヨークのラテン・ジャズ/サルサ・シーンの腕利きプレイヤーを集めたユニット。
すでに4年前にこのユニットで来日していますけれど、アルバムは初ですね。

これまでのアルバムでも、ボナはラテン/サルサ調の曲をやっていたので、
異種格闘技的なところなどまったくなく、
いつもどおりドゥアラ語で歌うボナのまろやかな歌も、しっくりとなじんでいます。
腕っこきのトップ・プレイヤーが奏でるトゥンバオが、
キューバン・サルサになるのでもなければ、ソンになるのでもない、
ラテンのフォーマットを借りながら、そのスタイルを超えた音楽に仕上がるのは、
毎度のことながら、ボナの音楽家としての器の大きさに感じ入ります。

ラテンを基調とした表現を借りつつ、どこまでも柔和なボナの音楽の表情はいつもと変わらず、
アフリカ、カリブ、アメリカ、ヨーロッパを往来したトランスアトランティックの旅を経て、
ますます音楽性が懐の深いものに積み上げられてきましたね。
ライヴでもおなじみのサンプラーを使ったループによるヴォイス多重表現では、
母語のドゥアラ語で歌うことにこだわる、ボナの音の響きに対する繊細な感性が表われています。

以前、ボナにインタヴューした時に印象的だったのが、彼のベース訓練法。
ボナが片時もベースを放さず訓練する「ベースの虫」であることは知っていましたけど、
旅先で聴く鳥の鳴き声、渋滞のクラクションの音といった自然/人工音や、
異国で耳にした人の会話を録音して、
その音をベースで再現するというユニークな訓練法には驚かされました。

ちなみにボナは「練習」ではなく、「訓練」というんですね。
スケールの運指練習なんて退屈なことをいくらしても、音楽の訓練にはならない、
新しいアイディアなんか生まれないと、ボナは言います。
自然音や人の会話までもメロディ化するというトレーニングは、チャレンジングです。

「だからこそ新しいアイディアが生まれるんだ。どうすれば弾けるだろうかってね。
出来るまで弾き続けるんだ。楽しくってしょうがないよ。
単調でつまらない練習をいくらしたって、新しいテクニックなんて生み出せないよ。
そんな苦労は、意味ないんだ」

日本の女子高生の会話は、リズムに溢れてる!と強調していたボナ。
音楽をクリエイトすることについての考え方が、もう並外れていて、
音楽家としてのスケールの大きさに、あらためてぼくは敬意の念を持ちました。

繊細にして大胆。
共演者の出す音に即応して、場面をがらりと転化するジャズ・ミュージシャンとしての才気は、
やはり天才という言葉がふさわしく、マンデカン・クバーノを率いても、
そこから生み出されるのは、ボナ・ミュージックそのものです。

Richard Bona & Mandekan Cubano "HERITAGE" Qwest 234245 (2016)

60年代フィリピンのノヴェルティ歌謡 シルヴィア・ラ・トーレ

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第二次世界大戦前後のフィリピンで流行したクンディマン。
インドネシアのダンドゥットやタイのルークトゥンを聴き始めの頃に、
フィリピンにもなにか面白いポップスはないかと探して、出会った音楽でしたけど、
民俗的な味わいのほとんどない、ローマ・カトリック教会系のお行儀の良さは、
ぼくの求めるものではありませんでした。

19世紀スペイン統治時代の残り香を伝えるフィリピンの音楽には、
マンドリン・アンサンブルの伝統もありますが、
南米のエストゥンディアンティーナやショーロみたいなのを期待したらガッカリで、
大学のマンドリン・クラブみたいなもの。
大衆音楽にしては、フィリピンのポップスはハイ・カルチャーな匂いが強すぎます。

というわけで、「クンディマンの女王」と呼ばれるシルヴィア・ラ・トーレも、
クラシックふうな発声が、ちょっとハナにつく歌手と思っていたんですけれど、
この編集盤にはびっくりさせられました。スローなラヴ・ソングのクンディマンではなくて、
全編アメリカン・ポップス影響大の60年代ポップスが詰まっているんです。
クンディマンを歌う時とは唱法もがらりと変えて、おきゃんな(死語?)雰囲気をまき散らす、
ざっくばらんとした気取りのない庶民的な歌いっぷりを聞かせます。
やけっぱちに叫ぶ曲(“Laba-Laba-Laba”)までありますよ。

この時代らしいコミカルな歌謡性に富んだ曲は粒揃いで、
ロックンロールあり、カリプソあり、チャチャチャありと、楽しいことこの上なし。
バックも一流のオーケストラが務めているようで、演奏・アレンジともにスキがありません。
マンドリン・ソロがフィーチャーされるところは、フィリピンらしいところでしょうか。

マレイシアのサローマが活躍していたのと同時代に、
フィリピンにはシルヴィア・ラ・トーレがいたと、すっかり見直してしまった好編集盤です。

Sylvia La Torre "CLASSIC NOVELTIES" Synergy Music Corporation CD2189

ツインテールの女子大生 キンポーパンチ

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ミャンマーの伝統歌謡に、少女ブームきたる?
メーテッタースウェに夢中になっているところに、新たなる少女が登場しましたよ。
その名も、キンポーパンチ。
語感がなんともユーモラス、なんて思うのは、
ミャンマーの人名に慣れていない日本人の勝手な感想ですね。ごめんなさい。

15歳だというキンポーパンチのCDは、今のミャンマーには珍しくジュウェル・ケース仕様で、
ディスクもRではなく、ぴかぴかの純正品。
レーベル面やライナーの印刷も、とってもきれい。
粗悪ソフトケースとCD-Rのミャンマー盤にすっかり慣れてしまっていたので、
おぉ、美しい!と、ちょっとカンゲキ。

ジャケットに写るキンポーパンチのほっぺには、
ミャンマー人おなじみのタナカが塗られています。
ツインテールにおこちゃまな身体つきで、15歳よりもっと年下にみえるんですが、
ご本人のフェイスブックによると、なんとヤンゴン大学に在学とのこと。

えぇ~、15歳で大学生???
んなわけないだろと思ったら、ミャンマーでは、5歳で幼稚園に入園、
小学校1~4年が6~9歳、中学校1~4年生が10~13歳、高校1・2年生が14・15歳、
大学1~3年生が16~19歳で、成人前に大学卒業してしまうんですって。
昨年このCDが出た時は15歳で、現在大学1年生というのは、間違いじゃなさそう。
ちなみに年齢の件では、メーテッターウスェは今年の1月10日で13歳を迎えたとのこと。
昨年の記事は間違いで、あの当時はまだ12歳だったのでした(驚)。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-10-11

ところで、肝心のCDの内容なんですが、これがすばらしい。
メーテッタースウェがサイン・ワインを使わず、
静謐な弦楽アンサンブルを伴奏としたシブいサウンドで迫っていたのに対し、
キンポーパンチの方は、華やかなピアノ(サンダヤー)に
サイン・ワインとフネーをフィーチャーしたミャンマータンズィンで、
その歌いぶりからは、はじける若々しさが溢れ出ています。

フェイスブックを見ると、コンテスト会場でキンポーパンチとメーテッターウスェが
一緒にいる写真がたくさん載っていて、二人で賞を取り合っているんでしょうかね。
あとひとり、二人よりもっと幼い7・8歳くらいの女のコもいて、
この3人がミャンマー伝統歌謡界の三人娘として活躍しているようです。

Khin Poe Panchi "ME YUELO SINPERME" Emperor Musc Group no number (2015)

アマリア・ロドリゲスの先輩ファド歌手 エルミーニア・シルヴァ

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アマリア・ロドリゲスのディスコグラフィ本と一緒に買ったのが、
トラジソンのファド新シリーズ“MEMÓRIAS DO FADO” 全6タイトルのうち、
アルマンディーニョ、エルシーリア・コスタ、エルミーニア・シルヴァ、
フェルナンド・ファリーニャの4タイトル。
既発CDとほとんど曲はダブリなんだよなと思いつつ、
表紙のイラストがとってもカワイイ♡こともあり、観念して購入。

この新シリーズはブックレット仕様で、解説が充実、
往年の写真やレコード・レーベルなどもふんだんに載せられていると聞いたので、
手を伸ばしたんだけど、アルマンディーニョなんてまったく同じ収録曲で、これで3枚目。
古典ファドの編集盤って、どれも同じような選曲で、
手を変え品を変え出すっていうの、もういい加減にしてくんないかなあ。

トラジソンが以前に出していた“ARQUIVOS DO FADO” というシリーズと、
今回シリーズのアルマンディーニョ、エルシーリア・コスタは、収録曲がまったく同じですからねえ。
あのシリーズのアマリア・ロドリゲスのデビュー当初の録音集“A DIVA DO FADO” だって、
なんで出すのか意味不明だったもんなあ。
ライスから『アマリア 1945』として日本盤も出ましたけれど、あのアルバムに収録された20曲は、
ブラジルのレヴィヴェンド盤“DAMA DO FADO” で全曲復刻済。
しかもレヴィヴェンド盤より曲数が5曲も少ないんだから、リイシューする価値ないでしょう。
レヴェイヴェンド盤は廃盤になっておらず、今も入手容易なんだから、なおさらですよ。

とまあ、古典ファドの似たりよったりの編集盤がどんどん積み上がるのに、
いい加減閉口してるので、うっぷん爆発しちゃいましたが、
気を取り直して、これから古典ファドを聴いてみようという方には、もちろんオススメできます。
あらためて再認識したのは、アマリア登場以前のファド歌手では、
エルミーニア・シルヴァが最高だということ。
歌手であるばかりでなく、ミュージカル女優としても活躍した
エルミーニアの自信に満ちた堂々たる歌唱は、当代随一でした。

まるでおしゃべりをするように、無理なく回るこぶしの鮮やかな技巧、
一気に高音へ駆け上がっていく声の美しさ、
鋭さと柔らかさを兼ね備えた唱法はスゴイの一語に尽きます。
ふんわりと包み込むような歌い口を聞かせるなど、さまざまな表情を持った歌い手で、
ひさしぶりに聴きホレちゃいました。

Hermínia Silva "MEMÓRIAS DO FADO" Tradisom MF005

ぐらぐらファンク ネイオー

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Nao  FOR ALL WE KNOW.jpg

ネイオーことネオ・ジェシカ・ジョシュアは、
87年ノッティンガム生まれの、イースト・ロンドン育ちのシンガー・ソングライター。
十代半ばの頃は、地元イースト・ロンドンが発信地となった
アンダーグラウンド・シーンのグライムに夢中になり、グライムMCに憧れることもあったとか。

その後、90年代のUKソウルの洗礼を受けてオールド・スクールなソウルに傾倒し、
ダニー・ハサウェイ、スティーヴィー・ワンダー、プリンスを聴きながら、
単なるシンガーになるのではなく、アカデミックな教育を受けた音楽家になりたいと考え、
ロンドンのギルドホール音楽院でジャズを学んだあと、
バック・シンガーやア・カペラ・コーラス・グループでキャリアを積んできたといいます。

そのネイオーのデビュー作のサウンドは、相当にユニーク。
一言で言ってしまえば、初期のプリンスに強い影響を受けた
エレクトロなソウル/ファンクということになるんでしょうが、
打ち込み主体のシンセ・ポップにありがちなエッジの立った音でなく、
手弾き感覚の強い、生演奏感覚のある柔らかなサウンド・テクスチャーが斬新です。

面白いのは、彼女が自分の音楽を「ぐらぐらファンク」と名付けていて、
何をもってwonky (ぐらぐら)と称しているのかはわかりませんが、
ポップなソングライティングと、人肌のぬくもりが伝わるエレクトロが絶妙の相性をみせます。
コケティッシュなヴォイスも温かみがあって、ホレました。

Nao "FOR ALL WE KNOW" Little Tokyo Recordings/Sony 88985304442 (2016)

生演奏のグルーヴみなぎるアフロ・ジャズ・ファンク ジャー・ウォブル

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Jah Wobble and The Invaders of The Heart.jpg

先行発売された日本盤を試聴して以来、
本国UK盤がリリースされるのを、首を長くして待っていました。
ジャー・ウォブルとインヴェイダーズ・オヴ・ザ・ハートのアルバム。

ひとことでいえば、「70年代アフロ・ジャズ・ファンク、以上!」に尽きるアルバムで、
特に付け加えることもない内容なんですが、過去の焼き直しと捨て置けないのは、
ひとえにサウンドがイキイキとしていて、肉体感に満ち溢れているからなんですね。

スタジオに集まり、全員で「せーの!」でやったナマ演奏は、
アレンジらしいアレンジもない、いわばジャム・セッション。
うっかりすれば軽く流れそうなところなのに、この熱のこもったグルーヴは、並じゃない。
サックス、トランペットのソロも気合いが入っているし、
客演したトニー・アレンもツボにはまりまくり。

ぼくはジャム・バンド的なゆるい演奏が許せないので、
緊張感のないダラダラしたジャズ・ファンクなんてのが、一番イライラするんですが、
重量感のあるボトムに、たっぷりとしたエネルギーを感じさせる
このパフォーマンスには、嬉しくなりました。

さすがに酸いも甘いも知ったヴェテラン揃いなので、
緊張感もなくリラックスしたプレイぶりなんですが、レイドバックしすぎることもなく、
勘所を押さえながら楽器同士が聴きどころを作っていくところは、円熟の妙味といえますね。

いや~、いいなあ。簡単に作れそうで、なかなかこういう仕上がりにはならないんだよなあ、
こういうジャズ・ファンクって。成功の秘訣はなんだったのかしらんと思えば、
「ミュージック・マガジン」8月号の小野島大さんの記事で、
たった5時間のレコーディングで、アルバムにするつもりはなく、
自分たちの楽しみとしてやったというウォブルの発言に、思わず膝を打ちました。

なるほど、この自然体ぶりは、そういうことだったのか。
プレイヤー全員がセッションを楽しんでいる様子が、じかに伝わってくるもんね。
時間をかけたスタジオ・ワークで、パートごとにオーヴァーダブするようなレコーディングだったら、
こういうグルーヴは出ないよねえ。
ヴェテランたちがプレイする喜びを弾けさせた、ライヴ感たっぷりの生演奏が詰まった快作です。

Jah Wobble and The Invaders of The Heart "EVERYTING IS NOTHING" Jah Wobble JW001CD (2016)

伝統をハミ出せ ヴィユー・カンテ

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Vieux Kanté  THE YOUNG MAN’S HARP.jpg

ギタリストより、アフリカン・ポップスのライターとして知られるバンニング・エアは、
00年にマリのギタリストにスポットをあてた音楽書とコンピレーションCD
“IN GRIOT TIME : AN AMERICAN GUITARIST IN MALI” で有名になった人。
つい最近も、15年にジンバブウェのトーマス・マプフーモの評伝
“LION SONGS : THOMAS MAPFUMO AND THE MUSIC THAT MADE ZIMBABWE” と
編集CDが一緒に出されたのが記憶に新しいですね。

   IN GRIOT TIME  AN AMERICAN GUITARIST IN MALI.jpg   LION SONGS  THOMAS MAPFUMO AND THE MUSIC THAT MADE ZIMBABWE.jpg

そのバンニング・エアがスターンズから出したアルバムは、
05年に31歳の若さで夭逝した、マリのカマレ・ンゴニ奏者の復刻作。
ヴィユー・カンテというカマレ・ンゴニ奏者の名前は初耳と思ったら、
それもそのはず、生前に商業録音を残さず、
死の直前に制作した本作が、ゆいいつのアルバムといいます。

そんな知られざる人の録音をわざわざ復刻するんだから、
これは何かあるんだろうと思ったら、聴いてナットク。
カマレ・ンゴニという楽器の可能性を拡げた、びっくりサウンドを聞かせてくれます。
ヴィユー・カンテは、ペンタトニックにチューニングされている6弦のカマレ・ンゴニに、
弦を2本足して7音音階を演奏できるようにし、さらに10弦、12弦へと改造したそうです。

さらにハーモニクスやスライドを多用するなど奏法においても、
従来にないテクニックを編み出し、カマレ・ンゴニを革新した才人だったんですね、この人。
わずか31歳で亡くなってしまったなんて、残念すぎます。
ンゴニのアンサンブルで伝統を革新したバセク・クヤテと出会ったら、
きっと通じ合うものがあったはずだし、さらに世界進出の可能性だってあっただろうになあ。

アクロバティックな演奏には、音楽的野心に燃えた若々しい才能が溢れ出ていて、
素朴ながら力強く伸びのある歌声も、胸をすきます。
レイル・バンドの歌手セク・カンテの弟カバジャン・ジャキテをフィーチャーした曲もあり、
伝統から力強くハミ出そうとする強い意志が、音楽をみずみずしく輝かせています。

アフリカの現地に埋もれたままの、もしくは忘れ去れるだけの、
こうした才能を発見することこそ、非アフリカ人の役目だと思うんですよ。
くだらんアフロ・ディスコのレコードを復刻なんかしたって、なんの役にもたちゃしません。
知られざる才能がこうしてCD化されることで、世界に知られること以上に、
ヴィユーが取り組もうとしていた音楽的挑戦を、次世代のマリ人に引き継ぐことができます。

カセット音源でもマスタリングをきちんとすれば、こんなにいい音質になるのかと、驚きのクオリティ。
こういう地味な作品をライセンスしてリリースするところは、さすが老舗のスターンズ、
アフリカン・ポップスを世界に紹介するレコード会社の良心を感じさせます。

Vieux Kanté "THE YOUNG MAN’S HARP" Stern’s STCD1127
[Book] Banning Eyre "IN GRIOT TIME : AN AMERICAN GUITARIST IN MALI" Temple University Press (2000)
[Book] Banning Eyre "LION SONGS : THOMAS MAPFUMO AND THE MUSIC THAT MADE ZIMBABWE" Duke University Press Books (2015)

ジャズ新時代をリードしたエスビョルン・スヴェンソン E.S.T.

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E.S.T.  SEVEN DAYS OF FALLING.jpg   E.S.T.  LIVE IN HAMBURG.jpg

以前ママル・ハンズの記事で、
「スウェーデンのエスビョルン・スヴェンソンを継ぐ人たち」と書き、
久しぶりにエスビョルン・スヴェンソン・トリオのCDを棚から取り出す気になりました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-08-04

エスビョルン・スヴェンソンは、キース・ジャレットの影響下のピアニストという立ち位置から、
一歩も二歩もハミ出たポスト・ロック的なサウンド・メイキングを成し遂げた人で、
その大胆なリズム処理に、ジャズ新時代を予感させたものでした。

とはいいながら、そのいかにも白人的な音楽性というか、
北欧ジャズらしい純粋培養な美しさは、
ぼくが心底から惚れ込めるタイプのジャズではなく、
ECM作品にありがちな、アタマで感心はしても、
身体は悦ばないみたいな印象は拭えなかった、というのが正直なところ。
ジャズをはみ出た新しさを十分に感じじつつ、
当時それほど聴き込んだわけではありませんでした。

なので、10年ぶりに聴き返してみたら、
あれ? いいじゃん!と印象激変したのには、ちょっとびっくり。
ヒップホップを生演奏にフィードバックして、
新しいリズム表現を得たと騒がれるいまどきのジャズよりも新鮮で、
ライヴ盤のグルーヴ感たっぷり、ダイナミックな演奏には、身体の芯を揺さぶられました。

昔聴いた時は、ディスク2のラスト・トラックのような昂揚感あふれる演奏にも、
こういうのが好きな人はタマらないんだろうなという、醒めた感想を抱いていたのに、
どうしたことでしょう。素直に盛り上がれちゃって、ちょっと自分でも不思議な気分。
ママル・ハンズ、ゴーゴー・ペンギン、フォックス・キャプチャー・プランのような、
少女趣味なおセンチ・メロディに馴らされたせいなのかなあ。

クラシカルなメロディの美しさって、
どうもブルー・ノート育ち(レーベルにあらず、スケールの方ね)の人間には、
奥行きがないというか、深みがないように感じてしまうんですよね。
でも、それって、思い込みなのかも。
先入観を捨てて、もっと虚心で音楽と対峙する必要があるなと、
ちょっぴり反省する機会になったのでした。

E.S.T. (Esbjörn Svensson Trio) "SEVEN DAYS OF FALLING" ACT Music ACT9012-2 (2003)
E.S.T. (Esbjörn Svensson Trio) "LIVE IN HAMBURG" ACT Music 2CD6002-2 (2007)

シャープでしなやか、豪胆にして繊細 タン・ニャン

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Tân Nhàn  THƯƠNG.jpg

エル・スールの原田さんから、無断リンクならぬ
記事アップを要求されてしまった、タン・ニャンの新作。
http://elsurrecords.com/2016/08/23/tan-nhan-thuong/

彼女の13年作“YẾM ĐÀO XUỐNG PHỐ” を、
ヴェトナム版「ドラゴンフライ」とあちこちで持ち上げた手前、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-03-18
タン・ニャンについて書くのはやぶさかではないので、喜んでお引き受けしますよ。

というわけで、首を長くして待ってたタン・ニャンの新作。
去年の作なんですけど、なかなか手に入らなくってねえ。
ヴェトナム盤は現地買付しか入荷ルートがないのだから、如何ともしがたく、
ワールド・ミュージック関係のディストリビューター皆々様方の無関心ぶりは、
遺憾を通り越して、ほんとに情けない思いがしますよ。

かつてオフィス・サンビーニャの田中勝則社長(当時)が、
旅先のシンガポールでシティ・ヌールハリザの“CINDAI” を聴いて衝撃を受け、
すぐさま販売元のスリア・レコードに連絡を取って、ライセンス契約を結んだことを思い出します。
ライスが『チンダイ』を日本盤として発売しなければ、
マレイシアの新しい伝統歌謡が、日本へ紹介されることはなかったでしょう。
それを思うと、これほどヴェトナムの音楽シーンが沸騰しているのに、誰も手を出さないのだから、
1枚のCDとの出会いに直感の働く才覚ある人物は、いまや皆無ってことだよね(タメ息)。

いつまでも欧米経由の配給ばかりに頼っていないで、
ヴェトナムのヴェッタン・スタジオやタン・ロンとライセンスしようっていう、
根性のある会社は出てこないもんですかねえ。
CDが売れないだの、マーケットが小さいだのと、愚痴ばかり並べるのは嘆かわしいですよ。

話題を元に戻して、タン・ニャン。やっぱすごいわ、この人。
伝統系歌手の中では、この人は抜きんでた実力の持ち主ですね。
アルバム冒頭の歌い出しから、空気を切り裂くようなシャープな歌声にノックアウト。
これだけシャープな声なのに、キンキンせず、節回しはむしろしなやかで柔らかさを感じさせます。

以前はタン・ニャンの歌唱力が強力すぎて、
もっと力を抜いて歌った方がと思っていたこともありましたけれど、
よくよく聴けば、この歌唱に余計な力は入ってないんですね。

声の押し出しが、ものすごくダイナミックなのだけれども、
抑揚の強弱からこぶし使いに至るまで、絶妙にコントロールされていて、
豪胆にして繊細という、相矛盾した側面を合わせ持つ歌唱に、圧倒されるばかりです。
これをトゥー・マッチと感じる人もいるでしょうけれど、
それでもタン・ニャンの高い技量は認めるはず。

ザンカー(民歌)をここまでテクニカルに完成させたスタイルで歌えるのは、
数多いザンカー歌手の中でも、タン・ニャンただ一人じゃないでしょうか。
大衆的な味わいを求めるムキには合わないシンガーですが、
この抜きん出た才能は、無視するわけにいかないでしょう。

Tân Nhàn "THƯƠNG" Thăng Long no number (2015)

蘇るソフィアタウン・ジャズ ムルンギシ・ゲガナ

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Mlungisi Gegana  ONE STEP FORWARD.jpg

カイル・シェパードの5月の来日に刺激を受け、
最近の南ア・ジャズって、どうなってるんだろうとサーチしてみたら、
ぽつぽつとではありますけど、いい作品が出ていたんですね。

21世紀の南ア音楽は、ガラパゴス化の傾向がますます強くなっていて、
ポップスもジャズもフォローする気が、正直ほとんど失せてます。
南ア・ポップの特徴をどんどん薄めるばかりの、
グローバル化されたポップスだらけの状況に、ほんとガッカリなんですが、
ジャズの方は、南アらしい伝統の味わいがしっかりとにじみ出ていて、
まだまだ捨てたもんじゃありませんね。

そんな嬉しい発見が、聞き逃しの04年のこの作品。
東ケープ州クイーンズタウン出身のムルンギシ・ゲガナというベーシストのデビュー作。
クイーンズタウンといえば、名トランペッターのモンゲジ・フェザを生んだ町ですね。
61年生まれのゲガナは、86年にケープ・タウンに居を構え、
自己のバンドを率いてから本格的な活動を始め、その後ジョハネスバーグに移り、
スタジオ・ミュージシャンとして数多くのセッションをこなしてきた実力者だそうです。

本作は満を持してのデビュー作だったようですが、
2作目は10年後の14年になってようやくリリースしたというのだから、寡作の人です。
その2作目はまだ未聴なんですが、このデビュー作が素晴らしい。
楽曲がいいんですよ。
どの曲も、これこそ南アとうならされる陽性のメロディに溢れていて、
全曲ゲガナの作だというのだから、頼もしいじゃないですか。

テナー・サックス、トランペット、トロンボーンの3管に、
ゲガナのベースに、ピアノ、ドラムス、ギター、パーカッションという編成で、
ヴォーカルやコーラス入りの曲もあります。
かつてのソフィアタウンのジャズを蘇らせる気概を感じさせる、
ゲガナのミュージシャンシップが、アルバムに深みを与えています。

Mlungisi Gegana "ONE STEP FORWARD" Gallo Jazz CDGURB058 (2004)

南ア・ジャズ<黄金時代>と<暗黒時代>の写真集2冊

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Jazz, Blues & Swing.jpg

写真好きの人なら、ジャズ・ミュージシャンを撮った写真集といえば、
エルスケン、ウィリアム・クラクストン、ハーマン・レナードといった写真家が思い浮かぶはず。
日本人なら、大倉舜二、中平穂積、阿部克自の写真集が良く知られていますよね。
それでは、南ア・ジャズの写真集はどうかというと、知る人は少ないんじゃないでしょうか。

で、ちょっと話題に取り上げたくなったのが、21世紀に入って出版された2冊の写真集。
1冊目は、南アの黒人向け雑誌「ドラム」の写真で有名な、ジュルゲン・シャーデバーグの
“JAZZ, BLUES & SWING: SIX DECADES OF MUSIC IN SOUTH AFRICA” です。
31年にベルリンで生まれ、50年に南アへ移住したシャーデバーグは、
「ドラム」専属の写真家として、数々の名作をものにした人。
この写真集には、50年代南ア・ジャズ黄金時代を飾った
数々の音楽家や歌手がずらりと並んでいて、壮観です。

THE FINEST PHOTOS FROM THE OLD DRUM.jpg

ぼくがジュルゲン・シャーデバーグを知ったのは、雑誌「ドラム」の名フォトを編纂した写真集
“THE FINEST PHOTOS FROM THE OLD DRUM” がきっかけでした。
激動の時代を切り取った写真には、圧倒的な説得力があり、スゴいとしか言えません。
鋭いドキュメンタリー性と、高い美意識を湛えた抒情性のある写真は、
濱谷浩の作風に通じるところがあって、すぐにファンとなったものです。

シャーデバーグは、50年代南ア・ジャズの黄金時代をもドキュメントしたわけですが、
女性歌手ドリー・ラテベの水着姿を撮った写真で
背徳法違反の罪に問われ、逮捕されてしまいます。
そして、59年にドラムを辞め、フリーの写真家となりますが、
64年には南アを去ることを余儀なくされ、ロンドンへ渡りました。
その後スペインへ移り住み、84年になってようやく南アへ帰還しています。

Keeping Time.jpg

さて、もう1冊は、南ア・ジャズのレコード・コレクター、クリス・アルバーティンが、
イアン・ブルース・ハントリー撮影の写真とレコーディング記録を編纂した写真集です。
こちらは、ジュルゲン・シャーデバーグが南アを去った後の64~74年、
アパルトヘイトの激しい弾圧にさらされた南ア・ジャズ暗黒時代に撮影されています。
これまでほとんど情報がなかった時期の写真だけに、とても貴重なものです。

この当時、南ア・ジャズの主要な音楽家たちは、こぞって国外に亡命してしまい、
アパルトヘイト下で活動が厳しく制限されていた現地の様子は、
海外からはほとんどうかがい知ることができませんでした。
大物たちが去った後の苦難の時代のミュージシャンたちの様子とともに、
イアン・ブルース・ハントリーが録音したマスターテープのディスコグラフィーなど、
テキストも一級品の資料となっています。
正直、写真のクオリティは、ファイン・アートともいえる
ジュルゲン・シャーデバーグには見劣りしますが、
南ア・ジャズ・ファンには垂涎の写真集といえます。

[Book] Jurgen Schadeberg "JAZZ, BLUES & SWING: SIX DECADES OF MUSIC IN SOUTH AFRICA" David Philip (2007)
[Book] Jurgen Schadeberg "THE FINEST PHOTOS FROM THE OLD DRUM" Bailey's African Photo Archives (1987)
[Book] Chris Albertyn "KEEPING TIME 1964-1974 : THE PHOTOGRAPHS AND CAPE TOWN JAZZ RECORDINGS OF IAN BRUCE HUNTLEY" Chris Albertyn & Associates CC (2013)

ツァピキ日本初上陸 ダミリ

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20160830_Damily.jpg

マダガスカル南西部トゥリアーラ地方が生んだツァピキが、ついに日本初上陸。
ツァピキといえば、亀井岳監督の映画『ギターマダガスカル』に
超絶ギタリストのテタが登場したのが記憶に新しいところですけど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-11-21
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-10-22
今年のスキヤキ・ミーツ・ザ・ワールドにダミリが招かれて、
ついに生のツァピクを体験をすることができました。

20160830 Damily SikiyakiTokyo.jpg

いやあ、サイコーのダンス・ミュージックでしたねえ。
土埃舞うマダガスカルの風景をホーフツとさせる、田舎くささがタマりませんでした。
普段着姿のメンバーが、ばらばらとステージに現れると、
ヴォーカリストのおっさんがかけ声イッパツ、すごい声量でパワフルに歌い出して、
観客をリズムの渦に、いきなり巻き込んでいきます。
CDで聴いたとおりの、せわしないハチロクのビートが疾走して、
ノッケから客を煽ること煽ること。気持ちよく踊らせてくれましたよ。

現地のライヴでお約束の拡声器も、ちゃんとマダガスカルから運んできていて、
ダミリのギターを拡声器につないで、音を出していました。
拡声器がトレードマークになっていることは、
ダミリのデビュー作と2作目のCDジャケットでおなじみですね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-06-28
さすがに日本ではPA装置がしっかりしているので、サウンドはクリーンでしたけど、
現地では音が割れたり歪んだりして、
それがかえって野性味たっぷりの、トランシーなサウンドになるんですよねえ。

外国人相手にステージを演出するようなところもまったくなく、
現地で演奏するのとなんら変わらないパフォーマンスをしてくれたところが良かったですね。
男女のメンバーがア・カペラで歌っている脇で、
ダミリがお構いなしにギターのチューニングをやったりして、
うわはははは、自由だなー。

写真の風貌から、ダミリは野人ぽい人なのかと思えば、
ステージ終了後に会ったら、とても控えめで物静かな人だったのは意外でした。
ジャケットにサインをしてもらうと、「ツァピキ」「トゥリアーラ」と書き添えるので、
「ツァピカ? ツァピキ? ツァピク?」と念のため確かめてみると、
やはり「ツァピキ」と発音していました。

ドラムスとベースのコンビネーションにも、目を見張りましたね。
片一方がステデイにリズムをキープして、もう一方が自由奔放に演奏するんですけれど、
曲中でその役割を何度も交替しながら演奏するところが、超絶面白かった。
すごくフレキシブルなんですよね、リズム処理が。
ンバクァンガに代表される、南ア音楽の影響を色濃く感じさせるリズム隊でありました。

あっという間の45分。
さっと登場して演奏し始めたかと思えば、ステージを去る時もあっという間で、
え? もう終わりなの? と腰が砕けちゃいました。もっともっと聴きたかったなあ。

Damily "VERY AOMBY" Hélico HWB64126 (2015)

クロンチョン発祥の地から オルケス・クロンチョン・カフリーニョ・トゥグー

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Orkes Keroncong Cafrinho Tugu  KERONCONG DE TUGU.jpg

クロンチョン発祥の地トゥグーの名を楽団名に戴いた、由緒正しきクロンチョン楽団、
オルケス・クロンチョン・カフリーニョ・トゥグーの13年の新作。
ようやく1年越しで入手できました。

この楽団の録音を、初めてCDに収録したのが、
オーディブックの『クロンチョン入門』だったこと、覚えてます?
もうずいぶん昔の話になりますけど、TV番組にも登場しましたよね。
中村とうようさんがガイド役を務めた、毎日放送のTV番組
「音楽の旅はるかⅡ 第32回 港ジャカルタ、歌300年」(85年5月12日放映)です。
この時とうようさんが、小型レコーダーで録音した2曲を含む3曲が、
オーディブックに収録されたんですね。

クロンチョン入門.jpg   Orkes Keroncong Cafrinho - Tugu  ORKES KERONCONG CAFRINHO - TUGU.jpg

この3曲で聞けるリズムが、クロンチョンの特徴といわれる、
2台のクロンチョン・ギターがオン・オフで鳴らす「さざ波ビート」ではなく、
2台が同時にダウン・ストロークでリズムを刻む「ジャスト・ビート」だったのは意外でした。
これがトゥグーのクロンチョンの特徴なのだろうかと、不思議に思ったんですが、
このあとしばらく経って、オランダから出た彼らの単独CDに収録された
オーディブック収録の「クロンチョン・モリツコ」と同曲の“Kr. Moresco” では
さざ波ビートになっているので、あの3曲のリズム感はナゾなまま。

オーディブックの解説には、
「このバンドは正式にはオルケス・クロンチョン・プサカ・1661・モレスコ・トゥグー
Orkes Kroncong Pusaka 1661 Moresco Tugu という。
プサカとは遺産とか先祖伝来の家宝といった意味、
1661はトゥグー集落が生まれた年を表わす。
もちろん1661年以来バンドが続いて来たとは考えられない。
コーンハウザー女史の調べでは1935年以来ヤコブス・クィーコJacobus Quiko が
バンド・リーダーをつとめて来たとのことであるが、
ヤコブスがバンドを結成したのではなくそれ以前からバンドは存在したものと思われる」とあります。

今回の新作には、“Orkes Poesaka Krontjong Moresco Toegoe - ANNO 1661” という
楽団名が記載されていて、オーディブックのとうようさんの解説とは少し表記が違うんですが、
「モレスコ」というワードが目を引きますね。
ほかにも「カフリーニョ」と大きく書かれているなど、
イベリア半島で育まれたアラブ系文化の名残であるキーワードが並ぶところに、
クロンチョンのルーツがはっきりと刻印されていますね。
1661年トゥグーに居留したのは、ポルトガル白人ばかりでなく、
アラブ系、インド系、マレイ系さまざまなメスティーソたちだったということです。

少しこの楽団について調べてみたら、創立は1925年とのこと。
初代リーダーはヨゼフ・クイーコで、その後ヨゼフの弟のヤコブスがリーダーを継ぎ、
78年にジョセフの息子サムエルに、リーダーを交替しています。
95年作のCDの表紙に写っているのがサムエルですね。
そして、2006年にグイード・クイーコが4代目のリーダーとして就任し、
新作のジャケット表紙にもそれが記載されています。

録音が良いせいか、95年作以上に爽やかなアルバムとなっていて、
風薫る初夏の若葉が目に眩しいような、すがすがしさに溢れています。
グマ・ナダ・プルティウィのいかにもプロのお仕事といった演奏ぶりと違って、
アマチュアリズムの良さを感じさせます。
冒頭1曲目は、95年作でも演奏されていたグイード作のハワイアン。
95年作では、ナポリ民謡の「サンタ・ルチア」を歌っていましたけれど、
こんな自然体の雑食性こそに、クロンチョンを生んだ文化混淆の深みが滲み出ていますね。

Orkes Keroncong Cafrinho Tugu "KERONCONG DE TUGU" Citra Suara CSS8133 (2013)
V.A. 「クロンチョン入門」 オーディブック AB06 (1990)
Orkes Keroncong Cafrinho - Tugu "ORKES KERONCONG CAFRINHO - TUGU" Sam Sam Music CDHL04041 (1995)

カムバックしていたボサ・ノーヴァのヴェテラン セルジオ・アウグスト

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Sergio Augusto  SAKURA.jpg

セルジオ・アウグストが7月に来日してたんですって!?
へー、知らなかったなあ。
去年も日本のボサ・ノーヴァ歌手のゲストとして友情出演したらしく、
2年連続で日本に来てたなんて、ますますオドロキ。

サンパウロを代表するボサ・ノーヴァのシンガー・ソングライター、
セルジオ・アウグストは、名曲“Barquinho Diferente” の作者として有名ですけれど、
ソロ作は65年にコンチネンタルから1枚出しただけの人、と思ってたら、
21世紀に入ってカムバックし、アルバム制作を再開してたんですね。
これまた、ぜんぜん気付いてませんでした。

で、来日の折にご本人が持ってきたという、自主制作の新作CDを聴くことができました。
ライヴ会場で手売りしているCD-R作品です。
タイトル曲の「サクラ」は、昨年日本に遊びにやってきた折に
友情出演した日本人歌手との共作で、このほか「アリガト、トーキョー」なんて曲も作っていたり、
なんと唱歌の「故郷」をボサ・アレンジで聞かせていて、すっかり日本びいきになったみたい。

折り目正しく歌うところは昔のままで、円熟したという感じはあまりなく、
ぜんぜん年を取っていないっていう印象の歌声ですね。
今年の5~7月にサンパウロでレコーディングしていますが、
現在はアメリカのデンバーに暮らしているそうで、奥さんがアメリカ人なんだそう。

そのせいなのか、名だたるブラジルのディスコグラフィーに、
セルジオ・アウグストの記載がないという本国の過小評価ぶりは、あんまりだよなあ。
ぼくもカムバックをずっと気付かなかったのを反省して、
06年に出ていた“TUDO QUE ARDE, CURA” を早速オーダーしました。

Sergio Augusto "SAKURA" Presto Music no number (2016)

猫カフェ トニーニョ・フェラグッチ

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これぞブラジル人にしかできないジャズ、ブラジリアン・ジャズここにあり、ですね。
ドミンギーニョス亡きあとのブラジルを代表するサンフォーナ(アコーディオン)奏者
トニーニョ・フェラグッチの新作。

トニーニョ・フェラグッチは、サンパウロ出身ながら北東部や南部の地方音楽にも精通し、
MPB、クラシック、ジャズと八面六臂の活躍をしているミュージシャン。
この新作でソロ10作目を数えるそうですが、
これまでもヴィオラ・カイピーラとの共演やチェンバー・ミュージックなど、
さまざまな音楽に挑戦して、意欲的な作品を作り続けています。

ジャズ・サイドでは、マリア・シュナイダー・オーケストラとの共演歴があり、
本作の作編曲にも、マリア・シュナイダーの影響がうかがわれます。
豊かな色彩感のあるソングライティングと、
アンサンブルを重視したソロとアンサンブルのスムーズなアレンジは、
マリア・シュナイダーのオーケストレーションと強い親和性を感じさせるものでしょう。

作曲はすべてトニーニョ。
いきなり冒頭がクレツマーなのに驚かされましたけれど、
フォローあり、フレーヴォあり、マラカトゥあり、サンバ・カンソーンありと、
多彩なブラジルのリズムに加えて、ワルツやタンゴ、
アラブ風のメロディの飛び出す曲もあり、実にカラフルなアルバムとなっています。

トニーニョのアコーディオンに、サックス、ギター、ベース、ドラムスのキンテート編成で、
トニーニョが蓄積してきた音楽性が、縦横無尽に発揮された快作。
アミルトン・ジ・オランダ・キンテートと肩を並べる、
現代ブラジリアン・ジャズの傑出したグループですね。

Toninho Ferragutti Quinteto "A GATA CAFÉ" Borandá 5.071.350 (2016)

7弦ギターとクラリネット アレサンドロ・ペネッシ

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Alessandro Penezzi e Alexandre Ribeiro.jpg   Nailor Proveta e Alessandro Penezzi.jpg

レコード/CD棚にしまう時、ショーロのコーナーに入れるか、インストルメンタルに入れるか、
けっこう迷ってしまうブラジルの作品が多くて、頭を悩ませます。
ショーロ以外の器楽ものを、すべてインストルメンタルに整理しているわけではなく、
ジャズ・サンバはボサ・ノーヴァのコーナー、
フレーヴォはノルデスチのコーナーにいちおう分けているので、
インストルメンタルはジャズ系やコンテンポラリー系を整理している感じなんですけどね。

いっそもっと大くくりで全部インストルメンタルにして、分けなきゃいいという考えもあるんですけれど、
なかなかそこまで踏み切れなくって。
ナザレーやジャコーのショーロ古典曲を演奏しているからといっても、
演奏の感覚はショーロではなく、まるでジャズだというのもあるし、
オリジナル曲をエレクトリックぎんぎんのロック調でやっていても、
ショーロを下敷きとしたメロディで、アドリブもショーロ・マナーというアルバムもあります。

なので、曲のレパートリーや楽器編成、サウンドとかに左右されず、
あくまでも音楽の内容次第で分けることにしているので、
同じアーティストでも、ショーロのコーナーに入っていたり、
インストルメンタルに入っていたりと、バラバラになっています。
アミルトン・ジ・オランダがそのいい例ですね。

その点、今回手に入れた7弦ギタリスト、アレサンドロ・ペネッシの諸作は、
迷うことなくショーロに入れられる作品。
いずれもクラリネット奏者とのデュオ作品で、ひとりはアレシャンドリ・リベイロ、
もう一人はアルト・サックスとソプラノ・サックスも吹くナイロール・プロヴェッタとの共演作です。

色気たっぷりな吹きっぷりのアレシャンドリに、甘く優しい音色のナイロールという、
両者それぞれの個性の違いが楽しめて、どちらも魅力あふれるアルバムとなっています。
アレシャンドリとの共演作では、もう1枚スタジオ作も入手しましたけど、
オランダ、アムステルダムのライヴ盤の方が、よりプレイが緊密で、スリリングですよ。

Alessandro Penezzi e Alexandre Ribeiro "AO VIVO NA BIMHUS" Capucho Produções no number (2012)
Nailor Proveta e Alessandro Penezzi "VELHA AMIZADE" Capucho Produções ProNezzi01 (2015)
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