『弁証法的魂』とは、なるほど言い得て妙だと、聴き終えてナットクしました。
「弁証法」や「アウフヘーベン」といった哲学用語で語られることの多かった
60年代後半の時代の空気が鮮やかに蘇るジャズです。
表層的に言えば、ファラオ・サンダースに代表されるスピリチュアル・ジャズの再現と
いえるのでしょうけれど、その音楽が説得力を持ってリアルに迫ってくるのは、
単なる過去への回顧でなく、この音楽の基礎となっている抑圧への抵抗が、
南ア社会の現実問題であり続けているからでしょう。
アメリカのBLM運動ともシンクロして、幅広い共感を得られるんじゃないでしょうか。
ジョハネスバーグ出身のアッシャー・ガメゼは、
ケープ・タウンを拠点に活動するドラマーで、
昨年ブルー・ノートから世界デビューしたンドゥドゥーゾ・マカティーニや、
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-05-31
シカゴを拠点に活動するクラリネット奏者エンジェル・バット・ダウィッドなど、
内外の数多くの音楽家と共演しています。
アッシャーの初アルバムとなる本作は、ベース、テナー・サックス、トランペットの編成で、
数曲でヴォーカルが加わっています。
トランペットは、マブタのメンバーのロビン・ファッシー=コック、
テナー・サックスのバディ・マイルズも、マブタのアルバムに客演していましたね。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2018-05-06
冒頭の3部楽章の組曲‘State of Emergence Suite’ は、
植民地主義の暴力の歴史を描いたもので、
バディ・マイルズが激しい咆哮を放つ第1楽章の「テーゼ」、
ホーンズとリズム・セクションが無調に動いていく第2楽章の「アンチテーゼ」、
バディ・マイルズの叫びから、リズム・セクションとポリリズミックに高揚していく
第3楽章の「シンセシス」と、引力と反発力が相互に作用していく、
まさに弁証法的な展開が繰り広げられています。
続く、平和と愛を象徴するゴスペル調の‘Siyabulela’ では、
怒りの組曲から一転、穏やかな笑顔で祖先に感謝する姿を示す歌声が、
心へ静かに染み入ります。
相反する力が緊張感を持って高め合っていくこうした曲構成が、
アッシャーの弁証法なのですね。
終盤にはンバクァンガの楽しげなメロディを奏でる‘Hope In Azania’、
そしてラスト‘The Speculative Fourth’ では、
冒頭組曲の第2楽章を発展させた無調ジャズを繰り広げます。
南ア激動の歴史をかたどってきた魂と精神を、
ラディカルに音楽化したこのジャズ作品、
ぼくは、抵抗のサウンドトラックと受け止めました。
Asher Gamedze "DIALECTIC SOUL" On The Corner OTCRCD9 (2020)