アメリカの越僑社会が生んだヴェトナム歌謡の最高峰、
ニュ・クインが沈黙して、はや十年以上。
ソロ・アルバムは11年の“LẠ GIƯỜNG” が最後となり、
フイン・ジャ・トゥアンと共同名義で出した12年作以降、
クインの歌声を聴くことができなくなってしまいました。
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ファンが新作を待ちわびる間に、本国ヴェトナムのシーンの方が活性化して、
越僑社会のレーベルが制作するプロダクションをしのぐ勢いとなりましたよね。
レー・クエンがヴェトナム戦争前に書かれた抒情曲を歌って、
ボレーロ・ブームを生み出したことは、このブログの読者ならば、よくご承知のはず。
そんなニュ・クインですけれど、20年8月に待望のシングルをリリース(配信のみ)し、
MVも同時発表となり、新作のリリースがアナウンスされました。
ところが、その後ぷっつりと、新作の話は消えてしまったんですよね。
お~い、あの新作の話、いったいどうなったんだよぉ、と思ってたんですが、
昨年4月、新作のジャケットがとうとう発表され、チュオン・ヴーとデュエットした
タイトル曲‘Người Phụ Tình Tôi’ もトゥイ・ガのYouTube チャンネルに上がりました。
ついに出るぞと、胸を躍らせたんですが、待てど暮らせど、新作の発売日は発表されず。
パンデミックのロックダウンが影響して、発売が延期されてしまったんですね。
そんなこんなで焦らしに焦らされ続けましたが、ようやく先月3月、発売されましたよ。
しかもヴェトナム本国との同時リリースで、
ヴェトナムでニュ・クインのアルバムが出るのは、これが初のことです。
ヴェトナムではニュ・クインの海賊版がトップ・セールスになっていたので、
大歓迎されるんじゃないでしょうか。
ちなみにヴェトナム盤は、レー・クエンでおなじみのDVDサイズの
ホルダー・ケース仕様で、歌詞カードの美麗カードが付いているようです。
さて、“LẠ GIƯỜNG” 以来となる11年ぶりの新作(山下達郎とおんなじ!)の
レパートリーは、近年のボレーロ・ブームを反映して、
ヴェトナム戦前の古い曲を中心に選曲されています。
ノスタルジックなメロディばかりでなく、シャレた都会的なムードの曲もあって、
「イースト・ミーツ・ウェスト」的な洗練されたコード進行の
ガン・ヅアン(1946-2009)作、‘Chờ Đông’ など、
アルバムのいいフックとなっています。
新しい曲は2曲のみで、20年にシングルで出て、MVも発表された
‘Buồn Làm Chi Em Ơi’ は、ラスト・トラックに収録されています。
もう1曲は、昨年YouTube にあがったタイトル曲の‘Người Phụ Tình Tôi’ ですね。
この曲は、ゼロ年代から活躍している作曲家タイ・ティンの作品で、
レー・クエンと共同名義作を出したこともあるように、
ノスタルジックな作風には定評のある人です。
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ダン・バウ(一弦琴)やダン・チャン(筝)、ギター・フィムロンなどの、
ヴェトナム情緒を色濃く表すゆらぎ音をたっぷりとフィーチャーしているのは、
本国ボレーロとはひと味違う越僑シーンの音づくりですね。
王道のヴェトナム演歌のプロダクションは過不足なく、申し分ありません。
主役ニュ・クインの歌声も円熟の極みで、安定感たっぷり。
歌声から軽やかさが消えて、重みが出てきたのは加齢のためでしょうが、
かえって味わいが増して、コクが出たといえるんじゃないでしょうか。
15年に離婚した私生活も、歌の表現/説得力に影響を与えたのかもしれません。
待ち焦がれ続けたニュ・クインの新作、
長年の渇きをいやしてあまりある、素晴らしい傑作に仕上がっています。
ファンのみなさま、共に喜び、むせび泣きましょう。
Như Quỳnh "NGƯỜI PHỤ TÌNH TÔI" Thúy Nga TNCD627 (2022)