6月に日本でもデジタル・リリースされた
台湾のシンガー・ソングライター、藍婷(ラン・ティン)のデビュー作。
ここ最近、台湾インディ・シーンが活況だということは、
通りすがりでつまみ聴きしている、ぼくのような者でも十分実感していましたが、
これはフィジカルで持っていたい!と手が伸びました。
大手のレーベルじゃ制作費がかかりすぎて、とても実現しそうにない、
インディならではの凝ったパッケージ。愛情の込め方が、半端ないですね。
二つ折りのパッケージの左側にCDが、右の型抜きされたホルダーに、
六つ折りされたポスター(裏は歌詞カード)と、
24ページのブックレットが挿入されています。
寓話的世界をヴィジュアル化したアートワークを手がけたのは、
ソフィア・ジというイラストレーターさん、
有元利夫みたいな色使いが、ぼく好みだなあ。
(中国語ではグラフィック・デザインを「平面設計」と書くんですね。
クレジットを見て、初めて知りました)
温かみのある色をくすませて使い、
柔らかな筆致でファンタジーな世界を表現しています。
繊細な筆触に感心して、絵の隅々まで舐めるように見入ってしまいました。
さて、そんな、手にしただけで顔がほころんでしまうCDなんですが、
ハイ・クオリティのヴィジュアルにふさわしい、
デリカシーに富んだサウンド・プロデュースが、
すみずみまで行き届いたアルバムに仕上がっているんですね。
ラン・ティンのキューティ・ヴォイスが、ドリーミーな音世界のなかで
ふわふわと浮かびながら弾むように歌われます。
スタッカートの利いた発声が心地良く、少し鼻にかかった甘い声が、
少女の見る浪漫世界を表現するのに、もっともふさわしい資質を示しています。
アコーディオンをフィーチャーして、ノスタルジックな世界を描いた「老派約會」や、
フランジャーを利かせたギターが夢見心地にさせるバラードの「格林威治」など、
音数を少なく抑えた連強(ジョン・リエン)のアレンジにもグッときましたけれど、
「Shadow Lover」の雷撃(レイチン)のアレンジが、これまた特筆もの。
レイチンは数多くのバンドのサポート・ドラマーとして活躍し、ネオ・ソウルの新星として
注目を集めていると聞きましたが、この人のセンスは、抜きん出ていますね。
リン・ティンのハミングに始まるイントロで、はや鳥肌が立ちました。
このメロウネスは、アメリカとも日本ともテイストが違っていて、
台湾独自のセンスを感じます。
ヒップ・ホップ・アーティストの李英宏(リー・インホン)がアレンジした
「愛我就要愛我的全部」のメロウなシティ・ポップぶりもいいなあ。
この曲では、ラン・ティンが少女から大人に成長した姿をみせていて、
物語を締めくくるアルバム・ラストを飾るにふさわしく仕上げています。
一曲一曲を丁寧にプロデュースして制作された本作は、
まさにネライどおりの「耳で読む絵本」そのもの。
おだやかに、無言でそばに寄り添ってくれるアルバムです。
藍婷 「旋轉的蘇菲」 宇宙信號 SB001 (2022)