エル・スールでデッドストックのルークトゥンのCDを眺めていて、
色合いのきれいなジャケットに目が留まりました。
なんか見覚えのある顔だなと思いつつ、誰だか思い出せずに、
お持ち帰りして調べたら、フォン・タナスントーン。
あ、この人、すごい昔によく聴いた人だ!と思い出して、
棚を探したら、ありましたよ、98年のデビュー作。
正確には、再デビュー作か。ポップス歌手としてデビューしたものの目が出ず、
ルークトゥン歌手に転向しての初作品でしたね。
まるでアイドルみたいな顔立ちなのに、
歌声は若さに似合わぬ落ち着きのある声で、しっとりと歌っていて、
まずそのギャップにびっくりさせられたものでした。
口腔内で柔らかにふくらむ歌声の温かさは、
当時のタイの歌手にあまりいないタイプで、すごく新鮮だったんですよねえ。
清楚な歌いぶりに丁寧な節回し、特に歌の上手い人とは思いませんが、
歌謡歌手らしい雰囲気は申し分なく、すっかりファンになっちゃたんだっけ。
さらにこのアルバム、プロダクションも絶品だったんです。
ホーン・セクションやストリング・セクションを使った生楽器主体の演奏で、
チープなシンセサイザーがまったく登場しないところは、喝采もの。
スローでは、田園の抒情を伝えるアコーディオンが活躍します。
ソー(胡弓)やラナート(木琴)などの伝統楽器を使った曲もある一方、
ストリングス・セクションが美しく舞い、クンダンやルバーナが響く合間を、
クラリネットが絡むムラユみたいな曲もあって、バラエティに富んでいるんです。
あらためて聴き返しましたけれど、うん、これ、ルークトゥンの名作だなあ。
この一作にホレ込んだくせに、その後のアルバムはぜんぜんフォローしてませんでした。
今回手に入れたデッドストックのCDは07年作で、約10年後のアルバムになるわけですけれど、
たおやかな歌いぶりはまったく変わっていなくて、
再デビューの時点で、すでに個性は完成されていたってことですね。
バック・インレイやライナーに、
お揃いの白ジャケットを着こんだ楽団を伴奏に歌うフォンが写っています。
60年代風のノスタルジックな演出をした写真をあしらっているのが暗示するように、
60年代タイ歌謡の伴奏さながら、ホーン・セクションやストリングス・セクションもたっぷり使い、
伝統楽器を使う曲があるのも、98年の再デビュー作と同じ趣向。
面白かったのが、スティール・ギターを使っていることで、昔流行ったのかな。
実は本作の企画、60年代ルークトゥンを演出したわけではなく、
なんとスナーリー・ラーチャシーマーの曲をカヴァーしたアルバムなんだそうです。
スナーリーのCDは、どれもバックが凡庸と言う印象が強く、昔何枚か聴いたものの、
すべて手放してしまったんですが、こういう伴奏で聴けたら、印象も違ったんだろうな。
ヴェトナムの抒情歌謡とも通じる都会的なセンスのフォンのルークトゥンは、
むしろルーククルンのような味わいがあるように感じます。泥臭さなんて、これぽっちもないもんね。
10年も前のアルバム、ルークトゥン・ファンの方には、何を今頃と笑われそうですが、
聞き逃さずにすんで良かった、と喜んでおります。
Fon Tanasoontorn "TUENG WAY LAR BORK RUK" Sure Audio CD090 (2007)
Fon Tanasoontorn "HAK AAI CHOAN POAN" BKP International BKPCD511 (1998)