謎の放浪エヴァンジェリスト、ワシントン・フィリップスを知ったきっかけは、
おそらく多くの人も同じだと思うんですけれど、ライ・クーダーでした。
ライ・クーダーが“INTO THE PURPLE VALLEY” で演奏していた
ワシントン・フィリップスの“Denomination Blues” のギターを、
一所懸命コピーしていたのが、高校1年生の時。
その後もライは、“PARADISE AND LUNCH” で“You Can't Stop A Tattler” を、
“CHICKEN SKIN MUSIC” で“Lift Him Up That's All” を、
原曲にないフックも加えながら、
ワシントン・フィリップスの曲をカヴァーしていましたよね。
そのライのヴァージョンが、あまりに耳タコになりすぎてたせいもあって、
そのあとだいぶ経ってから、アグラム・ブルースが80年に単独LP化して聴いた
ワシントン・フィリップスの原曲が、ライ・ヴァージョンとはまるで別物だったのには、
ずいぶん拍子抜けになった記憶があります。
正直、ワシントン・フィリップスが操る不思議な楽器によるスピリチュアルズは、
ぜんぜんピンとこなくて、
その後ドキュメントやヤズーがCD化したのもスルーしたままでした。
昨年になって突然、ダスト=トゥ=デジタルが
ワシントン・フィリップスのCDブックをリリースしたというニュースにも、
なんでいまごろ?と思ったもんでした。
ワシントン・フィリップス全録音の18曲中、未発見の2曲を除く16曲は、
とっくの昔にCD化されていたので、いまさらなんの意味がと思ったわけなんですが、
研究者たちのリサーチで多くの新事実がわかり、
それらの研究成果を披露したCDブックとしてお目見えしたとのこと。
CD時代になってから、ワシントン・フィリップスをまったく聴いていないし、
デジタル・リマスター化され、76ページに及ぶブックレットが付いているというので、
興味をそそられて手を伸ばしたところ、
遅まきながら、ようやくワシントンの魅力に気付かされました。
ライがアレンジしたギター・プレイのイメージが強すぎて、
当時は虚心淡々とワシントン・フィリップスに向き合えなかったんだと思うんですけれど、
あらためて聴いてみれば、ヘンリー・トーマスやファリー・ルイスといった
ソングスター世代のシンガーがブルースの合間に歌う、
スピリチュアルズやカントリー・ゴスペルのような味わいがあって、
しみじみと聞けましたよ。
ほのかな温もりが伝わる歌い口に、こんなに良かったっけかと、
昔の自分の耳の無さにガクゼンとしてしまいました。
研究成果の方もびっくりの連続で、
本人のバイオグラフィも、従兄弟のものと取り違えていたばかりか、
そもそもワシントン・フィリップスが弾いていた楽器も大間違い。
アグラム・ブルースのLPジャケットに
ハンマー・ダルシマーの写真があしらわれていたのが、
のちに弾いているのは、携帯式ピアノのダルセオラだとされていたんですよね。
ところが、このダルセオラ説もまちがいであることがわかり、
ツィターだったことがのちにわかったといいます。
ワシントン自身が manzarene と呼んでいた楽器は、
フレットレス・ツィターだったのではないかという説が、現在では有力だそうですが、
ツィター2台をくっつけた珍妙な楽器を抱えた写真が発見されたり、
さらに謎は深まるばかりとなっています。
30年ぶりに聴いたワシントン・フィリップスの宗教歌は、
天上からキラキラした光の粒が降ってくるような美しさがあって、
むしろ世俗的な愛らしさを感じたのでありました。
Washington Phillips "WASHINGTON PHILLIPS AND HIS MANZARENE DREAMS" Dust-to-Digital DTD49