20世紀初頭、パリに伝わったタンゴは世界的なブームとなって、
アラブやアジアのすみずみまで広まったことは、よく知られていますよね。
ヨーロッパからほど近いトルコでは、早速20年代から、
アルゼンチン・タンゴを演奏する地元楽団が現れ始め、
イスタンブールを中心に、ダンス・パーラーやダンス・スクールが賑わったそうです。
やがて、トルコ語の歌詞によるタンゴ歌謡が作曲され始めると、
トーキー映画によってさらに大流行となり、
歌手のイブラヒム・オズギュルや作曲家のフェフミ・エジェが、
タンゴ歌謡の代表的な音楽家として名を馳しました。
タンゴ歌謡のブームは50年代半ばまで続き、
大衆歌謡の一ジャンルとして、その一翼を担いました。
また、世界中に広まり土着化したタンゴのなかでも、
古典歌謡の風味が溶け込んだターキッシュ・タンゴは、
トルコ独自の香りを放つ個性を宿したといえます。
しかし、その後のロックの世界的な流行によって、
タンゴは急速に古びた音楽となりはてて、長い年月忘れ去られてしまいますが、
近年の古典音楽の再評価と軌を一つにして、タンゴ歌謡も見直されるようになりました。
そのきっかけのひとつとなったのが、シェヴァル・サムが13年にリリースした、
タイトルもそのものずばりの『タンゴ』でした。
とばかり、ずっと思っていたんですが、
いやいや、その前にこれがあったんですねえ。知りませんでした。
83年アンカラ生まれの女性歌手、メフタップ・メラルが11年に出したデビュー作。
ぼくも最近手に入れてびっくりしたんですが、
本作に感化されて、シェヴァル・サムはタンゴに取り組んだんじゃないのかな。
そう思わせるほど、これがたいへんな意欲作なんですよ。
だいたいデビュー作で、ノスタルジックなタンゴ歌謡ばかりを歌うというのも、
ものすごくチャレンジングならば、タイトルも『愛』というド直球ぶりに、
なみなみならぬ意欲を感じさせます。
レパートリーも、ピアソラ作の“Git”、
セゼン・アクスが歌ったポップ・タンゴの“Ben Her Bahar Aşık Olurum” 以外は、
すべて自作のタンゴというのだから、舌を巻きます。
楽想も豊かで、ソングライティングの才能ありですね。
バンドネオンを中心とするタンゴ楽団の伴奏に、
エレクトロなトリートメントをうっすらと施しているところなど、
シェヴァル・サムはこれに倣ったなと思わせる、粋なアレンジが光ります。
メフタップ・メラルはケレン味なく歌っていて、
これほどの意欲作で力が入るかと思いきや、
意外なほど力の抜けた、さらりとしたセクシーな歌いぶりで、後味は爽やか。
ベタつかない美人って、いいもんです。
シェヴァル・サムは、ウードやカーヌーンも使って
古典歌謡とのミックスを試みていましたが、
メフタップ・メラルは大衆歌謡路線のターキッシュ・タンゴに徹しています。
日本未入荷がもったいない、知られざるトルコ歌謡の傑作盤ですよ。
Mehtap Meral "AŞK" ADA Müzik no number (2011)