戦前ブルース研究所の仕事ぶりには、いつも敬服してしまいます。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-07-26
徹底した実証主義、科学的調査にもとづいて、発見される歴史的新事実。
これまで当たり前に思っていたことが、次々とひっくり返される痛快さ。
そのあくなき探究心に、頭が下がるばかりです。
ここ十年くらいの音楽研究で、これに匹敵する研究を他の分野で知りません。
ロックやワールド・ミュージックには、皆目見当たらないし、
ジャズにユニークな楽理研究がいくつかあるとはいえ、
やはり専門家のための研究で、
読み進めているうちにワクワクするといった類のものじゃありませんね。
だからこそ、彼らの仕事に大きな刺激を受けつつ、正直、嫉妬もおぼえるのでした。
彼らの音楽研究がすばらしいのは、
文献や資料をもとにアプローチするような学者の仕事とは違って、
長年愛聴してきた音源に疑問を持ち、その疑問を出発点に、
じっさいにギターを弾きながら、仮説を立て、検証しているところです。
研究の出発点がミュージック・クレイズであり、ミュージシャン気質であることろが、
学者の仕事とは決定的に異なる、痛快さや面白味につながるんですね。
ロバート・ジョンソンの録音から、ヴォーカルだけを取り出し、
音声信号分析ライブラリにかけて周波数を測定したうえで、
セント値(半音の1/100が1セント)に変換し、
これを平均律からのずれとして表記し、正確な音程による譜面を作成しようなんて、
誰が思いつきます?
そして、これをヴォーカロイドにかけて歌わせてしまうんだから、面白すぎる。
こういう試みを嫌う人もいるだろうけど、ぼくはもろ手を挙げて大賛成。
研究は、奇抜な発想があってこそ面白いし、思いもよらない発見があります。
そして、その彼らの研究成果が、このほど一つのCDとしてまとめられました。
チャーリー・パットンの初録音である、リッチモンド、ジェネット・スタジオでの録音。
29年6月14日、パットンのみならず、ウォルター・ホーキンズも交えて
当日行われた録音18曲すべてを収録しています。
そこにあった複数のギター、そして、音叉にピッチ・パイプにピアノという、
異なるチューニング・マシーンの存在。
さらに、カッティング・マシンは、異なる回転数で回っていた事実。
これらを修正するのに、
彼らがどんな試行錯誤を繰り返したかは、CD解説にゆずるとして、
これまで聴いていたパットンの録音が、いかに早回しだったかがわかります。
本盤を聴いたうえで、Pヴァイン盤を聴き直すと、
リズムは上滑っているし、パットンのヴォーカルにコクがありませんね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-07-13
Pヴァイン盤は、全体に高音がカットされていて、
ヴォーカルが後ろに引っ込んでいるんですが、
本盤はヴォーカルが前面に飛び出して、
ダミ声のパットンのヴォーカルが生々しく聞こえます。
う~ん、味わいのあるヴォーカルですよねえ。
“A Spoonful Blues” でのコミカルでセクシーな歌いっぷりや、
シャープなギターにほれぼれとしますよ。
原音で聴くと、迫力がぜんぜん違うじゃないですか。
パットンや相棒のウィリー・ブラウンみたいなダミ声に、
はや高校生でホレこんでたのだから、
のちにアインラ・オモウラにゾッコンになるのも、むべなるかなであります。
こんな迫力に満ちたパットンを聴いてしまうと、
29年10月や30年5月のセッションも、修正音源でぜひ聴いてみたくなりますねえ。
“High Water Everywhere” “Moon Going Down” がどれほど変わるのか、
ぜひとも体験したいものです。
Charlie Patton 「TRUE REVOLUTION : THE GENNETT RECORDINGS JUNE 14, 1929」 Pan KRG1027