両腕を思いっ切り伸ばして、深呼吸したくなるような、すがすがしさ。
オープニングのゆったりとおおらかなリズムにのせて歌う、
マケドニアの女性歌手ヴェラ・ミロシェフスカののびやかな歌唱に、
陶然としてしまいました。
マケドニアといえば、エスマやコチャニ・オーケスターに代表されるとおり、
ジプシー音楽のイメージが強いお国柄。
ところが、この曲にはそんなジプシーの猥雑な臭みはまったく感じられず、
抜けるような空の青さと、広々とした丘陵を思わせるメロディの美しさに胸を打たれます。
おそらくこれは、南スラブ系の民謡をベースに創作された曲なんでしょうねえ。
ああ、そういえば、思い出しました。
マケドニアの南スラブ系民謡歌手として世界的に知られた人で、
ヴァンヤ・ラザローヴァという女性歌手がいましたね。
“MACEDONIAN TRADITIONAL LOVE SONGS” で
素晴らしい歌声をきかせてくれたのが忘れられませんが、
ヴェラ・ミロシェフスカの歌いぶりは、まさにヴァンヤゆずりといえます。
調べてみたら、ヴァンヤは17年3月に亡くなられていたんですね。
86歳だったそうです。
さて、話をアルバムに戻して、2曲目からはジプシー色の濃い音楽も登場して、
アルバム名義にも添えられた、
名手イスマイル・ルマノフスキーのクラリネットも大活躍します。
バルカンらしい変拍子リズムあり、南スラブのフォークロア色濃い曲ありで、
マケドニアという複雑な民族と政治状況に揺れ続けてきた歴史のなかで、
文化混淆してきた音楽が、芳醇な香りを放っていますよ。
マケドニアは、ユーゴスラヴィア連邦の解体によって91年に独立した新興国で、
南スラヴ系のスラブ人種が多数を占める現在のマケドニア人は、
古代マケドニア王国と直接の民族的な関係はありません。
マケドニアと名乗る由来がないにもかかわらず国名にしたことで、
古代マケドニア王国の系譜を持つギリシャと鋭く対立し、
今なおその火種が続いていることは、よく知られているとおりです。
前に「南スラブ系民謡」という言い方をしたのも、その複雑な歴史事情を考えると、
「マケドニア民謡」と呼ぶには、ためらいをおぼえずにはおれなかったからでした。
このルボイナというマケドニアのグループは、
そんな複雑な民族事情を、豊かな文化混淆にかえたサウンドを実現していて、
ブルガリアのコンテンポラリー・フォークと共通した音楽性を持つバンドといえそうです。
ヴァイオリン、チェロ、カーヌーンの弦楽アンサンブルを、
レクやダルブッカなどのアラブ由来の打楽器が鼓舞するアンサンブルも聴きものなら、
ナイチンゲールの異名を持つ紅一点のヴェラ・ミロシェフスカの歌いぶりが、
なんといってもこのバンドの最大の魅力でしょう。
地中海世界に開かれた歌い口で、ギリシャやトルコと近しい現代性を感じさせます。
Luboyna & Ismail Lumanovski "SHERBET LUBOYNA" Bajro Zakon Co BZC007 (2015)
Vanja Lazarova "MACEDONIAN TRADITIONAL LOVE SONGS" Third Ear Music 099/1 (1999)