たゆたう鍵盤、その合間を縫うピアノの旋律、揺れるアンビエンスは、
まごうことなきミスター・フィンガーズのアンニュイな音楽世界。
はぁ~、もう、タメ息を漏らす以外、なにもできませんね。
ミスター・フィンガーズ名義では24年ぶりとなる今回の新作、
ラリー・ハードの名義でアルバムをリリースしていたから、
それほどのブランクは感じていなかったんですけれど、
オープニングの“Full Moon” が始まったとたん、
91年の“INTRODUCTION” と変わらぬ妖気が一気に流れ出てきて、
あっという間に部屋の空気を重く、そして濃いものへと変えていきます。
どうしたら、こんなせつないメロディが書けるんでしょうね。
都会の夜の寂寥感、ぬくもりの残るベッドに沈み込む甘い記憶、
押し殺しきれない哀しみ、痛みを耐え忍びながら揺れる思い。
そんなさまざまな感情を沸き起こすミスター・フィンガーズの音楽が、
けっしてドラマティックに盛り上がったりしないのは、
ハウスのビートが感情の高ぶりをなだめ、チル・アウトさせるからでしょう。
胸を締め付ける楽曲の数々は、
メロディカやヴィブラフォンの響きも取り込んだ、選び抜かれたキーボードの音色と、
デリケイトなビートメイキングによって支えられています。
これまでになく純度を高めた音楽世界は、
俗世間を解脱したスピリチュアルな領域へと足を踏み入れつつも、
フィーチャリングされたヴォーカリストが、俗界へ引き戻す役割を果たしています。
ジャケットの高層階から見える都市の風景は、
ガラスが雨に叩かれたからなのか、それとも涙に濡れた視界なのか。
耽美に堕ちることをよしとせず、都会の孤独に揺れる感情を丁寧にすくい上げる
ラリー・ハードの作曲能力が、最高度に発揮された傑作です。
Mr Fingers "CEREBRAL HEMISPHERES" Alleviated no number (2018)