オドロキのアーカイヴ。
こんなスゴい音源が残されていたんですねえ。
68年から20年間に渡り四国で採集された、数百時間に及ぶ唄や芸能の音楽。
これを<民謡>と呼ぶのは、いささかためらいを覚えます。
世間に流布する商業化された民謡とは、あまりに落差がありすぎるからで、
中世から歌い継がれてきた、神様に捧げる踊り歌などの古謡が、
いかにストロングかを思い知らされる、圧巻のアーカイヴです。
冒頭の「津田のよしこの」三連チャンで、いきなりノックアウトくらいました。
こんなディープな盆踊り歌は、めったに聞けるもんじゃありません。
衆会の者たちが思い思いに手拍子を叩いては歌い出し、
「いっちょ、踊ったろ」なんてオッサンのつぶやきもが聞こえてきます。
リズムに合わせて太鼓が打ち鳴らされると、ますます興が乗っていき、
「えらい、やっちゃ、えらい、やっちゃ」の」囃子に煽られ、
爺さんや婆さんが交互に、唾も飛び散るような勢いで歌い出します。
このグルーヴ、まるでサンバ・ジ・ローダじゃないですか。
その強烈な大衆臭に圧倒されていると、今度は一転、神踊り歌や神楽となって、
場が清められるような神聖な雰囲気に包まれます。
とはいえ、よーく聴いていると、その神踊りのはしばしからも、奔放な野性が顔を出します。
神を祀るというタテマエの皮を一枚めくってみれば、
祭りのエロスがほとばしるのが聴き取れるじゃありませんか。背中がぞわぞわしますねえ。
爺さん婆さんが歌う、戯れ歌や作業唄がすごくいいんですよ。
こういう歌を歌ってくれるまでに、相当な時間をかけていることは、容易に想像がつきます。
ヨソから偉い先生がやってきて、ちょっとばかりの民俗調査をやってみたところで、
村人はお行儀のいい歌しか歌いやしません。
こんなに野趣で、なまなましい歌は、
心を許した者でなければ、けっして録ることはできません。
ホンモノの、生きた<野の唄>です。
三番叟などの放浪の門付け芸、浄瑠璃崩しの盆踊り歌、念仏踊り、子守唄、
2枚のディスクにぎっしりと収められた、四国の芸能の豊かさにウナらされるとともに、
その濃厚さにも圧倒されるばかりです。
そして、アッと驚かされたのが、ディスク2の中盤、お鯉さんこと多田小餘綾の
歌と三味線の登場です。がらりと雰囲気が変わり、これぞ洗練の極致といった
お鯉さんの「阿波よしこの」は芸術品です。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-08-23
そのルーツである、冒頭の「津田のよしこの」のむき出しの野性味との距離感には、
眩暈を覚えますね。
そのふり幅にこそ、四国の芸能の豊かさが示されているじゃないですか。
民族誌(エスノグラフィー)として整理されたものを、
いまいちど音楽の側から整理し直すことの意義は、
かつてマイケル・ベアードがアフリカのフィールド録音を再編集した
“AFRICAN GEMS” で示してくれましたよね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-07-08
日本でもそれに匹敵する仕事が現れてきたのには、嬉しくなります。
V.A. 『阿波の遊行』 那賀町音盤 NCO001