クレタ島の楽器というと、胡弓に似たリラのメージが強いですけれど、
この人が弾くのはヴァイオリンなんですね。
アントニス・マルツァキスは、クレタ島の中堅の伝統音楽家だそうで、
本作が6作目とのこと。
ウードに似た4コース8弦の弦楽器ラウート2台が歯切れのいいリズムを刻み、
カクシ味として鈍い響きのダウラキ(スネア大の太鼓)がリズムを補う合間を、
アントニスがくるくると旋回するメロディを、ヴァイオリンで奏でます。
この3人がレギュラー・メンバーで、曲によって縦笛、ウッド・ベース、マンドリン、
ギターがゲストで加わります。
きっぱりとした歌いっぷりが晴れ晴れとしていて、気持ちいいですねえ。
虚飾のないその歌いぶりに、伝統音楽家としての矜持を感じさせますよ。
クレタ島の伝統的な頭飾り、サリキをつけたジャケット写真のきりりとした横顔に、
それが表われているじゃないですか。
クリティカと呼ばれるクレタ島の伝統音楽を、
シンプルな編成でカジュアルに聞かせるアルバムは、
これまでもいくつか耳にしてきましたけれど、
本作は演奏の主役がリラではなく、ヴァイオリンのせいか、
サウンドに深みがあって、豊かな味わいをおぼえます。
アラブのタクシームをホウフツとさせるヴァイオリンの即興もスリリングならば、
ゆったりとしたテンポのララバイでは、その奥行きのあるメロディに歴史を感じさせます。
ダンス・チューンのキレもバツグンなんです。
ギリシャの民俗ダンスでもとりわけ激しいといわれる、
クレタの軽快に跳ねるステップ・ダンスが目に浮かぶようです。
そういえば、名画『その男ゾルバ』の舞台は、たしかクレタ島でしたよね。
すべてを失った主人公が、ゾルバにダンスの教えを乞い、
クレタ島のまばゆい陽の下で、二人でダンスするラスト・シーンを思い出しました。
Antonis Martsakis "MIKRI MOU LEMONIA MOU" Aerakis AMA408 (2018)