南ヴェトナム時代を思わせるノスタルジックなデザイン。
化粧箱仕様のCDボックスという、凝った意匠にも目が止まります。
箱をひっくり返すと、裏には、車を降りて街路を渡る、
サングラスと白の洋装できめた男女の写真が載っています。
どうやらこの写真は、主役の女性歌手ハー・ヴァンと
ゲストの男性歌手ダム・ヴィン・フンが扮しているようですが、
まるでヴェトナム戦争前の映画のワン・シーンのようですね。
このデザインから、60~70年代懐メロ集であることは明々白々。
1曲目のホアイ・アン(1929-2012)の名曲“Tấm Ảnh Không Hồn” から、
しとやかに歌うハー・ヴァンに引き込まれました。
見事な歌唱力なんですが、技巧をフルに発揮するのではなく、
あくまでもさりげなく、さりげなく歌うところがいいですねえ。
柔らかな節回しで、情感を込めすぎず、かといってあっさりしてもいない、
中庸に徹したところがこの人の良さでしょうか。
歌伴に徹したバックも、最初は凡庸に思えましたが、
繰り返し聴くうちに、印象がすっかり変わりました。
ロマンティックなメロディの良さと、ハー・ヴァンの歌を引き立てるために、
余計なサウンドで装飾せず、昔のままのアレンジにしているんじゃないのかな。
せいぜいトランペットやヴァイオリン、アコーディオンをフィーチャーして、
ノスタルジックな響きを少し加える程度で、
タイのルーククルンに通じる控えめな上品さに感じ入りました。
ヴェトナムふうタンゴやボレーロも、いい仕上がりじゃないですか。
ハー・ヴァンは、北中部タイン・ホアの出身でありながら、
北部の民謡が好きになれず、
南のアクセントで歌われるセンチメンタルな歌謡が大好きだったとのこと。
歌手では、南ヴェトナム出身の大ヴェテラン、
フーン・ランの声にとても影響されたと話しています。
ヴェトナムは南に下るほど、情が深く、性格も穏やかで優しい人が多いと言われますが、
音楽にもそんな傾向があるのかもしれませんね。
3年をかけて制作したというデビュー作、デビューの気負いをまったく感じさせない、
大人の歌謡曲アルバムといえます。
Hà Vân "TIẾNG HÁT HÀ VÂN" Tiếng Hát Việt no number (2015)