現役最古参のマンゲイラのサンビスタ、ネルソン・サルジェント。
16年にクラウンド・ファンディングで制作された91歳をお祝いするCDが、
ようやく日本に入っていました。
さすがに90を越すと、総入れ歯らしきフガフガ声になるのも仕方ありませんが、
どこか憎めない愛らしさを感じさせるのは、お人柄でしょうね。
ちょうど昨年9月に他界したウィルソン・モレイラの遺作も届いたところだったんですが、
あまりに衰えたウィルソンの歌いぶりは、
黒光りしたウィルソンのサンバの絶頂期を知る者には辛すぎて、
手を伸ばすことができませんでした。
ウィルソン・モレイラの享年より高齢となるネルソンだって、
衰えは隠せないわけですけれど、そこは持ち味の違いなんでしょう。
‘De Boteco Em Boteco’(飲み屋から飲み屋に)なんてサンバも作る、
ダメおやじの茶目っ気が、老いを味わいに変えてしまうのでした。
あ、でも、こんな感想は、ネルソンの初レコードとなった79年のエルドラード盤から
ずっと聴いてきたファンの感慨であって、ネルソンを聴いたことがない人には、
本作はお勧めしませんよ。もし初めてネルソンを聴くのなら、
田中勝則さんが制作した86年のネルソンの代表作“ENCANTO DA PAISAGEM”
(邦題『裏山の風景』)をまずは聴いてもらわないと、お話になりません。
そのうえでの本作なんですけれど、ネルソンの代表曲をずらりと並べ、
エルトン・メデイロスとの共同名義作やネルソン・カヴァキーニョに捧げた作品で
共演したショーロ・グループのガロ・プレートが伴奏を務めるほか、
サポート・ヴォーカルに昨年来日したペドロ・ミランダが駆けつけています。
ガロ・プレートを聴くのもずいぶんとひさしぶりだなあ。
90年代の2作や30周年記念アルバムを愛聴しましたけれど、
その後もずっと活動を続けていたんですね。
アルバムの音楽監督とアレンジは、メンバーのバンドリン奏者
アフォンソ・マシャードが仕切っています。
マンゲイラの深い抒情味をたたえた作風は、カルトーラの直弟子の名にふさわしく、
サンバ/ショーロの演奏にのると、一層味わい深さが増します。
ひょうひょうとした風来坊的な面もみせるネルソンのサンバは、
カルトーラのサンバほど芸術性の高さや孤高のベールをまとっておらず、
呑んべえのサンバともいえるくだけた性格は、どこかホッとできるものです。
このメンツがネルソンを盛り立てる様子がなんとも微笑ましくて、
すごく温かいムードがアルバム全体を包んでいるんですね。
ペドロ・ミランダやガロ・プレートのメンバーに歌わせる曲も多いので、
ネルソンの老いた声があまり目立たないのも、うまい構成です。
ネルソン最大の当たり曲‘Agoniza Mas Não Morre’(邦題「サンバは死なず」)は、
ガロ・プレートの演奏のみの歌なし。
それなのに、コンサート会場で観客全員が大合唱しているような
空耳をおぼえるのは、ファンの欲目でしょうか。
この曲でアルバムが終わると、多幸感に包まれますよ。
ジャケット・カヴァーの絵も、ネルソン・サルジェント画伯の作品。
ファンには『裏山の風景』でもおなじみのモチーフで、
ネルソン・サルジェント・ファンをどこまでも喜ばせる仕掛けがイッパイの作品です。
Nelson Sargento "91 ANOS DE SAMBA" no label no number (2016)
Nelson Sargento "ENCANTO DA PAISAGEM" Rob Digital RD075 (1986)
Elton Medeiros, Nelson Sargento & Galo Preto "SÓ CARTOLA" Rob Digital RD016 (1998)
Galo Preto, Nelson Sargento and Soraya Ravenle "O DONO DAS CALÇADAS" PMCD Produções 351.721 (2001)
Galo Preto "BEM-TE-VI" Leblon LB012 (1992)
Galo Preto "SÓ PAULINHO DA VIOLA" Leblon LB036 (1994)
Galo Preto "30 ANOS" Rob Digital RD089 (2005)
Pedro Miranda "PIMENTEIRA" no label PM001 (2009)