エル・スール・レコーズに行くと、ジアード・ラハバーニの70年代のCDが入荷中。
「あれ、懐かしい」と思わず口にすると、
「いいですよねえ、これ。まだ在庫があったんで、入れてみたんですけど、
インストだから売れないかなあ」とは原田さん。
ところが、その後すぐさま売り切れとなったようで、
さすがはエル・スールのお客さん、いいモノをよくご存じです。
アラブ古典の器楽演奏というと、ちょっと敷居の高いものが多いですけれど、
なかでもこれはもっとも親しみやすい一枚として知られている名作。
フェイルーズの息子で、いまや母のアルバム・プロデュースもするまでになった
ジアードですけれど、まだ当時は20歳そこそこの気鋭の若手音楽家でした。
原田さんがいみじくも「アラブのデスカルガ」と言っていたように、
自由闊達なジャム・セッションを味わえるアルバムなんですね。
ぼくもひさしぶりにCD棚から引っ張り出して聴き直しましたけれど、
うん、やっぱり極上品ですね。
表紙には正装したメンバーが勢揃いしていますが、
ジャケット裏のレコーディング風景を撮ったスナップ・ショットの方が、
演奏の雰囲気をよく表わしていて、スタジオで演奏している
普段着姿のリラックスした様子が、ありありと伝わってきます。
掛け声をかけたり、手拍子も交えたりと、レコーディングの緊張感など、どこへやら。
即興する演奏者をはやしたり、笑い声まで録音されていて、
そのリラックス・ムードがさらに演奏をいきいきとさせています。
フィリップスから77年に出された本作は10曲の組曲で、
ジアード・ラハバーニの自作曲に、近代アラブ音楽の基礎を作った
サイード・ダルウィーシュの曲や、レバノンの作曲家で音楽プロデューサーの
ハリーム・エル・ルーミー(マージダ・エル・ルーミーのお父さん)の曲、
アルメニア民謡がメドレーで演奏されます。
CDには、LPに記載のなかった‘Moukadimat Sahriye’が5曲目にクレジットされています。
ただし、組曲形式だから38分弱のノンストップで、CDも1トラック扱いとなっています。
宗派対立が極限まで達し、ベイルートで内戦がぼっ発した75年、
ジアードはこのビル・アフラー組曲を演奏するため、
クリスチャンとムスリム両方の音楽家を集めて、
ビル・アフラー・アンサンブルを編成しました。
のちにジアードは、「ベイルートのボブ・ディラン」と称されるとおり、
社会批評家として政治的立場を鮮明にしましたけれど、
若干19歳にして、宗派を超えて器楽演奏をすることで、
無言の雄弁なメッセージを放ったのです。
なぜ古典器楽を、かくも楽しげに演奏してみせたのか。
それは、幾千の言葉を重ねたプロテスト・ソングよりも、
強烈なカウンターとなることを、ジアードは理解していたからでしょう。
ビル・アフラー・アンサンブルが、
キリスト教徒もイスラーム教徒も共存できることを証明し、
その親密なセッションが、憎しみあい敵対することの愚かさを照射してみせました。
単に、親しみやすい古典器楽と聴いていた本作に、
そんな深いメッセージが込められているとはツユ知らず、
ずいぶん後になってから知った時は、ぼくもウナってしまいました。
そういえば、4年前ニュー・ヨークで、ビル・アフラー結成40周年を記念した
ビル・アフラー・プロジェクトが結成され、コンサート活動をしています。
トランプ以後の分断されたアメリカだからこそ、こうした活動を応援したくなりますね。
Ziad Rahbani "BIL AFRAH" Voix De L'Orient VDLCD606 (1977)