う~ん、ひさしぶりに本格的なジャズ・ヴォーカルを聴いたという、
そんな充足感に浸れる得難い一枚ですね。
最近は、「ジャズ」のカテゴラリーがあまりにも拡張・拡散しすぎてしまって、
ジャズ・ヴォーカリストといっても、そこからイメージされる歌手は、
ひと昔前とはだいぶ違ったものとなってしまいました。
でも、リサ・リッチは、シーラ・ジョーダンの系譜をうかがわせる
正統派のジャズ・ヴォーカリストと言っていいんじゃないかな。
「正統派」なんて言い方、あんまり好きではないけど。
チック・コリアの曲を中心に、ラルフ・タウナー、オーネット・コールマン、
デューク・エリントンの曲をピアノ・トリオをバックに歌っているんですけれど、
ピッチの正確さ、完璧なヴォイス・コントロールと、高度な技巧を駆使しながら、
その技巧が表に出ず、情感たっぷりに歌っているところに、感じ入ってしまいます。
これだけの難曲を相手に、よくここまで歌いこなせますねえ。
実は今回初めて、リサ・リッチという人を知ったんですが、
83年のデビュー作でボブ・ドロウ、チック・コリア、スティーヴ・キューン、
クレア・フィッシャーなどの作品を歌っていたというのだから、
とんでもない実力派歌手だったんですね。
本作は、87年に録音されたままお蔵入りになっていたアルバムとのこと。
その後リサは、健康上の理由で歌えなくなるという不幸にみまわれ、
本作も未発表となっていたようですが、これほどの素晴らしい作品が眠ったままとならず、
ちゃんと世に出たことは本当に良かったですね。
こういうレパートリーを並みの歌手が歌ったら、肩に力の入りすぎた、
テクニック過多のジャズ・ヴォーカルになるところでしょうけれど、
リサ・リッチは、しっとりとした味わいを醸し出しているのだから、まいってしまいます。
ようやく夏の暑さから解放され、乾いた風が肌に心地良くなると、
ゆったりと身を委ねられる大人の女性の声が欲しくなる季節。
そんな頃に出会えた、格好の傑作ジャズ・ヴォーカル作品であります。
Lisa Rich "HIGHWIRE" Tritone 002 (2019)