90年はワールド・ミュージック大爆発の年で、
日本のポップスなんてまったく視界にありませんでしたが、
それでも岡村靖幸の『家庭教師』には夢中にさせられたんだから、
岡村ちゃん、ほんとに当時の世評どおり、掛け値なしの天才だったんでしょう。
過剰なほどの才気をほとばしらせながら、孤高の存在感を示したポップス職人って、
あの当時、岡村のほかにいませんでした。
岡村の歌詞世界を共感するには、ちょいと世代が上すぎていた、
当時31歳の子持ちサラリーマンのぼくにとって、岡村の何に魅せられたかって、
若者のもどかしさや狂おしさを、ファンクにのせて鮮やかに消化してみせた、
サウンド・クリエイティヴィティの才能でした。
米と魚食ってる華奢な日本人には、ファンクは無理だよなみたいな、
肉体派の黒人を前に、闘わずして白旗上げる根性のない見方しかできなかった自分にとって、
岡村の歌謡ファンク路線は、あぁ、こういう乗り越え方もあるのかと、
目を見開かされた気がしたものです。
プリンスのモノマネ的な揶揄も、ぼくにはぜんぜん気にならなかったですね。
だってプリンスの影響も、全部この人のオリジナリティに血肉化され、別物に昇華されてましたから。
その後、岡村がメディアから姿を消したあとも、
友人の写真家が事務所にしていた参宮橋の小さなマンションの一室の真下に
岡村が住んでいたなんてこともあり、ずっと気にかかっていた存在でありました。
世間を騒がす事件もたびたび繰り返してきましたけれど、
あれほどの才能、またいつの日か輝かせてほしいと、ずっと願っていたんですよ。
そして、東日本震災で日本が意気消沈していたあの2011年、岡村は復活しました。
それまでにも、何度か復活の兆しはありましたが、この年が本当のホンモノの復活でした。
あの年にリリースされたセルフ・カヴァー・アルバム『エチケット(パーブル)』は、
ぼくにとって『家庭教師』以来買う岡村の2枚目のCDで、
あの苦しかった2011年を乗り越えるエネルギーを、ぼくはこのCDからもらいました。
『エチケット』リリース後、岡村はワンマン・ツアーを敢行しましたが、
まだぼくはライヴへ向かう元気が出ず、会場で岡村を観ることはなかったものの、
9月20日、SHIBUYA-AXで行われたツアー最終公演を収めた
DVD「ライブ エチケット」に、ぼくは涙しましたよ。
開場を埋め尽くした、岡村とともに過ぎ行く青春を慈しんだ観客たちの待ちきれないといった表情。
「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」で、
たまりかねたようにギターを一心不乱にかき鳴らす岡村の姿。
すっかり痩せて昔のスタイルに戻り、高音の声を再び取り返し、
キレのあるダンスができるようになった岡村を観ていると、
こみあげてくるものを抑えることはできませんでした。
セルフ・カヴァー・アルバムとツアー・ライヴのDVDを観て、
次のオリジナル・アルバムは、ぜったい傑作になると確信しましたね。
そして、その予想どおり、新作『幸福』は、
50の歳を迎えた岡村のキャリア第2幕の傑作となりました。
20代のヒリヒリする過剰なリビドーの代わりに、
孤独や挫折や絶望を通り越したことによって得た人生のスキルが、
岡村の音楽人生第2幕を晴れやかに、そして豊かに結実させています。
ブラボー! 50歳の岡村ちゃん。
岡村靖幸 「幸福」 V4 XQME91004 (2016)