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ダサい10乗ダンドゥットの底力 ラトナ・リスティ

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Ratna Listy  MANA KEMANA.jpg

うわ、ダッせぇ~~~
なんじゃ、このアナクロなアレンジは!
はじめ、口ぽっかーん、やがて、ぎゃははと腹を抱えましたよ。
大げさなブレイクを、これでもかというほどしつこく繰り返す、わざとらしさがたまりません。

あー、悪口に聞こえたら、ごめんなさい。
悪口ではなくて、大衆音楽のあるべき姿といえるアナクロな世界を、
臆面なくも堂々とやってのける腹の座った根性に、魂抜かれてしまったんですよ。
いや~、ダサさもここまで極めれば、すがすがしいってか。
「ダサかっこいい」なんて甘っちょろいもんじゃない。ダサい10乗の突き抜け方ですよ。

東ジャワの西の都市マディウン出身、
90年代からビンタン・ラジオの専属歌手として活躍したラトナ・リスティが歌うダンドゥット。
グマ・ナダ・プルティウィからクロンチョン・アスリのアルバムを出していたのが
記憶に新しいんですけれど、チャンプル・サリもポップもなんでもこいの人だそうで、
まさかダンドゥットまで歌う人とは知りませんでした。

全編通して耳残りするのは、横打ちのクンダンのパーカッシヴな響き。
重低音のビートを轟かせながら、大げさなロック調ギターをぐわんぐわん鳴り響かせるサウンドに、
ぜんぜん負けてないラトナのパワフルなヴォーカルが胸をすきます。
オブリガードをとるスリンに、バックでうっすらとメロディをなぞるシンセと、
90年代のダンドゥット・サウンドをブラッシュ・アップしたサウンドが圧巻です。

Ratna Listy "MANA KEMANA" HP AC386.0215 (2015)

ミャンマータンズィンの新展開 メーテッタースウェ

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May Thet Htar Swe  APYOZIN.jpg

かわいいなぁ、メーテッタースウェ。
まんまるのお月様みたいな笑顔がとっても愛らしく、典型的な福顔ともいえる彼女、
スキー、ジャンプの高梨沙羅選手にも似てる気がしますねえ。

彼女のフェイスブックをフォローしているんですけれど、
ライヴ動画や写真がたくさん載っていて、伝統歌謡歌手としての活躍ばかりでなく、
ミャンマーの中学生の日常が垣間も見れて、すごく面白いんです。

学校のテストの点数表を堂々とアップしてたりして、びっくりしちゃうんですが、
きっと成績優秀なんだろうな。すごく利発そうだもんなあ。委員長タイプかしらん。
学校帰りの田舎道みたいなところで友達と一緒にいるところや、おうちで勉強してる様子など、
ほんとにフツーの中学生の女の子という感じで、目を細めてタイムラインを眺めています。

さて、そんな「ガール・ネクスト・ドア」的存在のメーテッタースウェの新作が、
1月10日彼女の誕生日に合わせてリリースされました。
タイトルの『アピョーズィン』は、「処女」という意味だそう(ドギマギ)。
去年の“SANDA KAINAYI NIN DUTIYA SHWE NINSI” のジャケットは、
背伸びしすぎな大人びた化粧が不自然でしたけれど、
今作のジャケットは、そのタイトルゆえか、薄化粧でとってもカワいく写ってます♡

前作は本格的な仏教歌謡集でしたが、
今作は伝統ポップスのミャンマータンズィンですね。
伴奏にバンジョーやマンドリンがフィーチャーされ、世界一のどかなポップスを聞かせます。

時代錯誤とも思える健全歌謡ぶりは、毒のなさが際立っていますけれど、
それが退屈でないのは、ミャンマー独特の不思議メロディゆえ。
うねうねとしたメロディは、インドにもタイにもないミャンマー独自のもので、
本来ミャンマー音楽になかった和声を西洋音楽から取り入れて、
伝統的な旋法とミックスした面白さを楽しむことができます。

今作にはサイン・ワインやサウンといった伝統楽器は登場せず、
伝統音楽の楽器編成と西洋音楽のバンド演奏がスイッチするタイプの
ミャンマータンズィンとはなっていません。
ヴァイオリン、バンジョー、マンドリン、ギター、各種スライド・ギターといった、
弦楽器を効果的にフィーチャーしたバンド演奏となっています。

なかでも耳奪われるのは、「ミャンマー・ギター」とジャケットにクレジットされているギターで、
これはリゾネイター・タイプのスライド・ギターでしょう。
これとはまた他に、スティール・ギターも聞こえてくるし、
伝統歌謡の世界でずっと廃れていたスライド・ギターが、
復興しはじめた兆しを感じさせ、嬉しくなります。

メーテッタースウェのアルバムは、前作の仏教歌謡集でもサイン・ワインを使わず、
サウン中心の弦楽アンサンブルとなっていたし、
ポップスの本作も近年のミャンマータンズィンにはほとんど登場しない
バンジョー、マンドリン、スライド・ギターを積極的に使うなど、
意欲的な取り組みをしていて、サウンドづくりにも注目できます。

十年一日の伴奏スタイルから抜け出し、過去の楽器編成やサウンドも参照しつつ、
新たな歩みをすすめようとするプロダクションは、
天才少女の歌いぶりをさらに輝かせています。

May Thet Htar Swe "APYOZIN" Rai no number (2016)

バハマのレイクン=スクレイプ

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BAHAMIAN RAKE-N-SCRAPE.jpg

バハマの音楽といえば、ナッソーのダウンタウンで、
12月26日のボクシング・デーと元日に開催されるパレード音楽、ジャンカヌーが有名ですね。
90年代にバハメンが、ポップ化したジャンカヌーを、ロンドンから世界に広めました。
このほかバハマには、レイクン=スクレイプと呼ばれる音楽があるんですが、
おそらく世界初といえる本格的なレイクン=スクレイプのアルバムが、
スミソニアン・フォークウェイズからカスタムCD仕様でリリースされました。

これは、とっても貴重なアルバムですよ。
なんせバハマ音楽といえば、世界有数の観光地という土地柄のせいか、
観光客目当ての商業的なグンベイはたくさん録音が残っているものの、
こういう伝統音楽がオーセンティックな姿のまま録音され世に出されることは、
ほぼ皆無でしたからねえ。

レイクン=スクレイプの起源は、
バハマ諸島の南に位置するイギリス領のタークス・カイコス諸島にあり、
タークス・カイコス諸島からバハマ諸島のキャット島に渡ってきた移民たちが、
20~40年代にレイクン=スクレイプとして育んだと言われています。
発祥のタークス・カイコス諸島ではリップ=ソウと呼ばれ、
イギリス領ヴァージン諸島ではフンギ、ドミニカ国ではジン・ピンと呼ばれていますが、
もっとも盛んなのはキャット島のレイクン=スクレイプでした。

スクレイプの語源であり、発祥の地でずばりソウと名付けられているとおり、
ノコギリがスクレイパーとして使われ、太鼓のグンベイとコンサーティーナの3人編成が
この音楽の最小単位。グンベイの代わりにドラムスが使われ、
ボックス・ギターやトライアングルが加わる編成もあります。

このアルバムで演奏している2つの両グループともが、3人の最小編成。
主なレパートリーがバハマ式のカドリールやポルカ、ワルツであることからもわかるように、
この音楽はまさしくカリブ海で産み落とされたクレオール・ミュージックです。
楽器編成そのものが、アフリカとヨーロッパのミクスチャーですよね。

スクレイパーが刻むリズムが特徴のカリブ音楽といえば、メレンゲがすぐ思い浮かびますけど、
ほかにも同じクレオール・ミュージックとして、カーボ・ヴェルデのフナナーもあります。
いずれも楽器編成が似ているものの、リズムがそれぞれ違うところが面白いですね。
スクレイパーがベーシックなリズム・パターンを刻むところは、3者とも共通しているんですけれど、
そこに絡んでくる太鼓のリズム・パターンがそれぞれに違うんですね。

メレンゲのように前のめりのドドドッと突っ込んでくる感覚がレイクン=スクレイプにはなく、
同じツー・ビートでも、タメの利いたリズムを聞かせます。
太鼓のグンベイがウラを取るところに、特徴を感じます。
歌なしの演奏で聞かせる前半のグループ、歌ありの後半グループと、
純度の高い快活なバハマ音楽をたっぷりと味わえます。

なお、本作はカスタム仕様のため、ライナーノーツは添付用紙でサイトにアクセスして、
PDFを入手するようになっています。
24ページのPDFライナーノーツは、さすがにスミソニアン・フォークウェイズ、大充実。
CDのライナーノーツを読むのが苦行なお年頃には、
液晶画面で読めるPDFが嬉しいっす。

Ophie & Da Websites and Bo Hog & Da Rooters "BAHAMIAN RAKE-N-SCRAPE" Smithonian Folkways SFWCD50406 (2016)

大人になった岡村 岡村靖幸

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岡本靖幸 「幸福」.jpg

90年はワールド・ミュージック大爆発の年で、
日本のポップスなんてまったく視界にありませんでしたが、
それでも岡村靖幸の『家庭教師』には夢中にさせられたんだから、
岡村ちゃん、ほんとに当時の世評どおり、掛け値なしの天才だったんでしょう。

過剰なほどの才気をほとばしらせながら、孤高の存在感を示したポップス職人って、
あの当時、岡村のほかにいませんでした。
岡村の歌詞世界を共感するには、ちょいと世代が上すぎていた、
当時31歳の子持ちサラリーマンのぼくにとって、岡村の何に魅せられたかって、
若者のもどかしさや狂おしさを、ファンクにのせて鮮やかに消化してみせた、
サウンド・クリエイティヴィティの才能でした。

米と魚食ってる華奢な日本人には、ファンクは無理だよなみたいな、
肉体派の黒人を前に、闘わずして白旗上げる根性のない見方しかできなかった自分にとって、
岡村の歌謡ファンク路線は、あぁ、こういう乗り越え方もあるのかと、
目を見開かされた気がしたものです。
プリンスのモノマネ的な揶揄も、ぼくにはぜんぜん気にならなかったですね。
だってプリンスの影響も、全部この人のオリジナリティに血肉化され、別物に昇華されてましたから。

その後、岡村がメディアから姿を消したあとも、
友人の写真家が事務所にしていた参宮橋の小さなマンションの一室の真下に
岡村が住んでいたなんてこともあり、ずっと気にかかっていた存在でありました。
世間を騒がす事件もたびたび繰り返してきましたけれど、
あれほどの才能、またいつの日か輝かせてほしいと、ずっと願っていたんですよ。

そして、東日本震災で日本が意気消沈していたあの2011年、岡村は復活しました。
それまでにも、何度か復活の兆しはありましたが、この年が本当のホンモノの復活でした。
あの年にリリースされたセルフ・カヴァー・アルバム『エチケット(パーブル)』は、
ぼくにとって『家庭教師』以来買う岡村の2枚目のCDで、
あの苦しかった2011年を乗り越えるエネルギーを、ぼくはこのCDからもらいました。

『エチケット』リリース後、岡村はワンマン・ツアーを敢行しましたが、
まだぼくはライヴへ向かう元気が出ず、会場で岡村を観ることはなかったものの、
9月20日、SHIBUYA-AXで行われたツアー最終公演を収めた
DVD「ライブ エチケット」に、ぼくは涙しましたよ。

開場を埋め尽くした、岡村とともに過ぎ行く青春を慈しんだ観客たちの待ちきれないといった表情。
「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」で、
たまりかねたようにギターを一心不乱にかき鳴らす岡村の姿。
すっかり痩せて昔のスタイルに戻り、高音の声を再び取り返し、
キレのあるダンスができるようになった岡村を観ていると、
こみあげてくるものを抑えることはできませんでした。

セルフ・カヴァー・アルバムとツアー・ライヴのDVDを観て、
次のオリジナル・アルバムは、ぜったい傑作になると確信しましたね。
そして、その予想どおり、新作『幸福』は、
50の歳を迎えた岡村のキャリア第2幕の傑作となりました。

20代のヒリヒリする過剰なリビドーの代わりに、
孤独や挫折や絶望を通り越したことによって得た人生のスキルが、
岡村の音楽人生第2幕を晴れやかに、そして豊かに結実させています。
ブラボー! 50歳の岡村ちゃん。

岡村靖幸 「幸福」 V4 XQME91004 (2016)

快進撃! チャラン・ポ・ランタン

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チャラン・ポ・ランタン 女の46分.jpg

すごいぞ、チャラン・ポ・ランタン。
エイベックスと契約して、メジャー・デビューしたと思ったら、
フジロックで最大級の賛辞を浴びるなど、あれよあれよという間に急成長を遂げて、
すっかりビッグな存在になりましたねえ。

チャラン・ポ・ランタンを知るきっかけになったのは、
日本のゼロ年代ロックの最高傑作、
キウイとパパイヤ、マンゴーズの『TROPICAL JAPONESQUE』のなかで、
小春のアコーディオンが、重要な役割を果たしていたからでした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-08-19

当時小春は、マンゴーズの正式メンバーではなく、サポート・メンバーでした。
ライヴを観た時、小柄な小春がおっきなアコーディオンを抱えて弾いている姿がなんとも勇ましく、
人のよさそうなマンゴーズのメンバーの中で、
一人ふてぶてしい面構えで演奏しているところも異彩を放っていて、強い印象が残ったものです。
その後、小春が妹とともに結成したチャラン・ポ・ランタンのインディ・デビュー作を聴いてぶっとび、
こりゃ、そら怖ろしい才能の持ち主だぞと、注目するようになったんでした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-01-08

エイベックス・トラックス第1弾でも、
バルカン音楽、クレツマー、シャンソンをごった煮にした音楽性は従来のままに、
新たにエレクトロの導入など新機軸をみせ、攻めの姿勢を前面に出した意気は感ずでしたが、
正直言って、まだ消化不良な面は否めませんでした。

しか~し。メジャー第2弾となる本作で、エレクトロの咀嚼も万全。
「ちゃんとやってるもーん」で<ぜんぶやってるもーん>とクレジットした小春のプロダクションは圧巻。
作曲・アレンジ・プロダクションと縦横無尽に発揮する小春の音楽的才能が、もう大爆発状態。
もちろん、カンカンバルカンとのスピード感いっぱいのグルーヴも、絶好調というほかありません。
インディ・デビュー作でやっていた「ハバナギラ」の再演はスケールも倍増して、
自信に満ちたサウンドにねじ伏せられます。

そんな小春の噴火しまくる音楽性に応えるように、
さまざまな女を演じ切る変幻自在なももの歌いっぷりにも、脱帽・降参。
「男のサガ」を聴いて、冷や汗の流れないオトコはいないでしょう。
若い男のコたちが恋愛を怖がるというの最近の傾向も、わからんじゃないよなあ。
21世紀の日本女子、カナわんですわ。

チャラン・ポ・ランタン 「女の46分」 エイベックス・トラックス AVCD93323 (2016)

エレクトロニカ・フロム・レユニオン ラベル

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Labelle.jpg

レユニオンといえば、セガやマロヤといった伝統系の音楽しか
このブログでは取り上げてきませんでしたが、
今回はちょっと珍しく、エレクトロニカの作品をご紹介。

ゼロ年代からレユニオンには、クラブ・ミュージックやエレクトロニカのアーティストが現れ始め、
まだまだアンダーグラウンドとはいえ、
一部には、フランスで高い評価を受ける人も輩出するようになってきています。
あまりそちら方面の音楽には、個人的な関心がないので、
横目で見てるだけみたいな感じだったんですが
ラベルことジェレミー・ラベルのデビュー作には、ちょっと驚かされました。

「マロヤ・エレクトロニクス」を標榜しているので、ん?と触手が伸びたんですが、
聴いてみると、マロヤの要素は10曲目のリズム・トラックで聴ける程度のもので、
むしろ、インド音楽のアーラープ、ガムラン、西アフリカのグリオといった多彩な音楽要素を、
鮮やかに消化した独特の世界観を作り出していて、ウナらされてしまいました。

これほど多国籍な音楽をミックスしても、いわゆる欧米のクリエイターが作るような
無国籍音楽とならないところは、インド洋音楽の伝統を幹とする強みでしょうか。
リズム処理に示すアフリカン・ビートの理解の深さは、レユニオン育ちを証明します。

なんでも、母親がフランスのシンセサイザー音楽の第一人者
ジャン・ミッシェル・ジャールの大ファンで、
父親からは、マロヤなどのレユニオンの伝統音楽の影響を受けたのだそう。
さらにデトロイト・テクノ好きの兄に感化され、
ラベル自身も14歳でデトロイト・テクノのDJプレイを始め、
やがてダニエル・ワロのマロヤをミックスするようになっていったとのこと。

なるほどそんな経歴のせいで、マロヤ・エレクトロニクスを標榜するようになったようですが、
デビュー作で披露する音楽は、もっと広い世界を表現していて、
エスノ・フューチャリスティック・ミュージックとでも形容したくなります。
スキマを生かしたヌケのいいサウンド・スペースに、
サンプルされたハープ/リュート属弦楽器やバラフォンの響きが交わり、
不均等な肉体感のあるビートが交叉するエレクトロニカは、とても魅力的です。

Labelle "ENSEMBLE" Eumolpe EUM02 (2013)

デモテープのようなセルフ・カヴァー集 ロムロ・フローエス

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Romulo Fróes  POR ELAS SEM ELAS.jpg

ノエール・ローザ由来の下町サンバの伝統に深く根ざしながら、
同時に前衛であるという、稀有な才能を持つロムロ・フローエス。
野心的な前作“BARULHO FEIO” に続き、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-02-01
今度は文字通り素っ裸な、素のままの作品を送り出してきました。

全編、ロムロ・フローエスのギター弾き語り。
エルザ・ソアレスやニーナ・ベケールなど、
これまで他人に提供してきた自作曲をセルフ・カヴァーした作品集です。
デモテープをそのままパッケージしたような飾り気のなさは、
みずからのサンバに対するゆるぎない自信を感じさせます。

「ギターに関してはジルベルト・ジルやジョアン・ジルベルト、ジャヴァンやジョアン・ボスコ、
これらの人たちのように特筆すべきものは持っていないんだ」(大洋レコードのサイトから引用)と
ご本人は謙遜しているようですが、メロディを粗削りのまま提示する原石の味わいは、
自作のサンバをギターで弾き語るサンビスタに特有のもの。

ノエール・ローザやネルソン・カヴァキーニョの弾き語りを聴けばわかるとおり、
作者特有の独特の節回しや揺らぐリズムのせいで、無骨でとっつきが悪く、
甘やかなメロディの良さになかなか気づかなかったりしますよね。
特に、ネルソン・カヴァキーニョが顕著といえますけれど、
バチバチと弦を強くはじく特異な奏法や、
ガマガエルの鳴き声みたいな天衣無縫のヴォーカルから、
あんなにせつないサンバがこぼれ出すんですからねえ。

彼らに比べれば、ロムロ・フローエスのソフトなバリトン・ヴォイスは、
カルトーラやドリヴァル・カイーミのような口当たりの良さを感じさせます。
そんなロムロ・フローエスがアイドルとするサンビスタが、
ネルソン・カヴァキーニョだというのだから面白いじゃないですか。
なんと3月には、サンパウロの文化教育機関SESCから
ネルソン・カヴァキーニョ曲集のリリースも予定されているそうで、そちらも楽しみです。

Romulo Fróes "POR ELAS SEM ELAS" YB Music no number (2015)

サンパウロのジャズ・モデルノ トリオ・マチス

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Trio Matiz.jpg

サンパウロの若手によるジャズ、きてますね。
昨年末、ピアニストのギリェルミ・リベイロのアルバムにホレこんで、
ずっとヘヴィー・ローテーションが続いていたんですけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-12-06
それにとって代わるアルバムが登場しました。

ピアノ・トリオの編成で、レパートリーは、
女性ピアニストのエロア・ゴンサルヴィス作曲した6曲と、
ベーシストのアレックス・エインリッシュ作曲の3曲。
曲によって、バンドリン、トランペット、トロンボーン、クラリネットがゲストで華を添えます。

現代的な抒情を写した楽想には、凛とした美しさがあり、
女性ピアニストにありがちな甘さに流れないところがいいですね。
サンバやMPBの要素は感じられないかわり、ヴィラ=ロボスのクラシックや
ショーロに影響を受けているところが、このトリオの個性のようです。
歌ごころが、やっぱりブラジルのジャズの良さですよねえ。

作曲・演奏ともにぴりっとしていて、骨太なところもあるのは、
リズムがしっかりしているからでしょう。
1・7曲目に特徴的な細分化したビート精度など、
新世紀ジャズらしいドラム表現を随所にみせる
ファビオ・アウグスチニスのドラミングは、聴き応えがありますよ。
イマドキの若者らしく、デビュー作とは思えない落ち着きとまとまりのよさのあるアルバムです。

Trio Matiz "TRIO MATIZ" Nadyr Calvi 56790 (2015)

打鍵楽器の独奏作 エルクレス・ゴメス

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Hercules Gomes  PIANISMO.jpg

サンパウロの若手ピアニストのデビュー作。
こちらは新作ではなく、3年前に出ていた作品でした。
ピアノ・ソロのアルバムというと、めったに触手が伸びることはないんですけれど、
YouTubeで観たこの人のピアノがすごく好みだったもので、珍しく手が伸びました。

何が気に入ったって、打楽器のようにピアノを弾くところ。
まずリズムがしっかりしていないと、ぼくの場合、ピアノ・ソロを聴く気になりません。
いくら流麗に指が動くタイプでも、心は動かないんだよなあ。
むしろ超絶技巧を誇るピアノほど、シラけてしまうんですよね。音楽はサーカスじゃないって。

右手の動きよりも大事なのは、左手の動き。
どっしりとしたビートを刻めるかどうかがキモです。
打楽器のように弾くといっても、がんがん激しく弾くんじゃなくて、
粒立ちの良いタッチで、両手をバランスよくパーカッシヴに鳴らせること。
それによって、ピアノを大きく鳴らせるダイナミクスを持っていること。
そのすべての点で、このエルクレス・ゴメスくん、合格です。

そして、さらにぼくの頬を緩ませるのが、ショーロの伝統をしっかりと身に付けているところ。
ショーロ・ピアノにありがちなクラシックふうに流れてしまう「甘さ」もなく、
強力なリズム感の持ち主であることが、ここでも役立っていますね。
エルネスト・ナザレーやラダメス・ニャターリの名曲に
サンパウロのショーロ・クラリネット奏者ナボール・ピリス・ジ・カマルゴの曲を取り上げ、
ショーロの麗しいメロディとエッジの立ったリズム感を両立させた、
鮮やかなピアノを聞かせてくれます。

エルメート・パスコアール作のフレーヴォでは、フレーヴォ独特の音が飛び跳ねる運指を
明快なタッチで弾き切るスゴ腕を披露しています。
超絶技巧は、これみよがしなハッタリでなく、こういうふうに発揮してくれると嬉しいんですよね。

ジャズ、クラシック、ショーロを横断し、ブラジル北東部の豊かなリズムも咀嚼した才能に喝采。
エレガントでキュートなセンスを持っているところが、めちゃぼく好みのピアニストです。

Hercules Gomes "PIANISMO" no label HG001 (2013)

ポップなバイーア・ロック ラドダルア

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20世紀初頭とおぼしき古色蒼然としたジャケット写真に目が釘付け。
ライナーにも古写真が満載で、素性知れずのCDだったんだけど、えいやっとお持ち帰り。
これが大当たり! とびっきりフレッシュなMPBで、ひゃっほー。
いやあ、ここ十年以上、
これほどストレートなポップ・ロックのMPBにお目にかかれなかったなあ。

カポエイラのメストリの称号を持つパーカッショニストが率いるグループで、
パーカッション×2、トロンボーン、ギター、ベース、カヴァキーニョの6人編成。
ルイス・ゴンザーガとウンベルト・テイシェイラの“Baião” に始まり、
ジョルジ・ベン・ジョール、ジルベルト・ジル、バーデン・パウエル、ドリヴァル・カイーミの曲のほか、
メンバーによるオリジナル曲をやっています。同郷のルーカス・サンタナの曲もありますよ。

エレクトリック・ギターの鳴りや、シンプルなロック・ビートのセンスなど、
そこかしこに70年代MPBを思わせるサウンドが散りばめられていて、
すがすがしいといったらありません。
そこに、するっとラップがフィーチャーされたりして、
ヒップホップを通過した若者であることは、ちゃんとわかるんですけれど。

中盤でフックの利いたサンバ・ロック/ソウルが連続するところなど、
こりゃあ、ジッとなんかしてられませんよ。腰にキますねえ。
メンバーでゆいいつ黒人のトロンボーンのブロウがワイルドで、
このグループのサウンドのカナメとなっていますね。

アフロ・ファンクなインストあり、バイーア・ロックあり、
いずれも親しみやすいメロディ満載、わかりやすさ100パーセントのMPB。
これ聴いていたら、なんか最近のMPBって、
知的すぎて面白くなくなっちゃってるんじゃないかとも思えてきます。

Ladodalua "LADODALUA" Tratore no number (2015)

王道サルサの醍醐味 ボビー・バレンティン

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Bobby Valentin  MI RITMO ES BUENO.jpg

おぅ、これ、ボビー・バレンティンの新作か!
ぐいと前を見据えたボビーの眼光の鋭さに、呼ばれちゃいました。
75歳にして、このキリリとしたマイト・ガイぶり。カッコよすぎます。

それにしても、サルサ新作でこんなシブい色合いのジャケットというのは、
珍しいんじゃないでしょうか。
デジパックを開くと、黒の革ジャン、丸首の白シャツ、ジーンズの揃いでキメた、
オルケスタの集合写真がど~んと載っています。
どんよりとした曇り空をバックに、モノトーンで迫るラテンらしからぬ佇まいから、
ヴェテラン・オルケスタの気概が伝わってくるかのようですね。

「こりゃあ、良さそうだぞ」と感じた予感は、的中。
1曲目のロベルト・アングレロ作の“Amolador” から、涙腺が爆発してしまいました。
71年作の“ROMPECABEZAS”に収録されていた名曲の再演なんですが、
新曲と変わらぬ、フレッシュで緊張感溢れるオルケスタ・サウンドに、カンゲキしきりです。

タイトル曲の“Mi Ritno Es Bueno” も、
ファニア時代の73年作“REY DEL BAJO” でやっていた曲ですね。
ファニアからブロンコに移り、よりエッジの効いたオルケスタ・サウンドとなったヴァージョンで
かつての曲を聞けるのというのも、オツじゃないですか。
珍しいところでは、アルセニオ・ロドリゲスの“Yo No Engaño A Las Nenas” があります。
エディ・パルミエリが68年作の“CHAMPAGNE” でカヴァーしていましたが、
本作ではすごく複雑なアレンジを施したホーンのソリが聴きどころ。
あと、ボビーのベース・ソロが聞けるというお楽しみもあり。

それにしても、トランペットからバリトン・サックスまで、
高低音の音域差を使い分けた5管のアレンジの巧みさや、
個性の異なる3人のカンタンテ(歌手)の使い分けなど、
何十年と変わらぬボビー・バレンティンの普遍のスタイルながら、
どうしてこうもみずみずしく響くんでしょうか。
手練れた感触などまったくなく、ぴりっと引き締まった演奏ぶりは、
もう素晴らしいとしか言いようがありません。

ラストのカチャートにオマージュを捧げた曲まで、
5リズムと5ホーンがキレまくった王道サルサの最高作。
数多いボビーの愛聴盤の中でも、
85年の“ALGO EXCEPCIONAL” 以来のヘヴィー・ローテーション盤となりそうな新作です。

Bobby Valentin "MI RITMO ES BUENO" Bronco BR178 (2015)

タランテッラの南欧ミクスチャー カラシマ

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Kalascm.jpg

サイケデリック・トランス・タランテッラ! かっちょいいー。
このタイトルに、ジャケットがケーブルの繋がったパンデレータときちゃあ、
聴かないわけにはいかないでしょう。

南イタリア、サレント地方出身の6人組グループのカラシマ。
アルバムはこれが2作目だそうですけれど、すでに15年以上の活動経歴を持ち、
イタリア内外で活発にコンサートを展開しているとのこと。
海外の音楽フェスやイヴェントにもひっぱりだこのようです。

調べてみたら、なんと昨年の6月に来日していて、
東京、大阪、博多でコンサートをやっていたんですね。
イタリア文化会館主催の無料コンサートだったそうで、うわー、残念、観たかったなあ。

エレクトロ仕立てのギンギンのタランテッラが飛び出してくるのかと、
いささか身構えていたら、想像していたようなクラブ仕様のサウンドではなく、
生演奏主体のアクースティックなサウンドとなっていて、ほっ。
サイケデリックでもなければ、さほどトランシーでもなく、
タイトルに偽りありな仕上がりは、むしろぼく好みのサウンドといえます。

トラッドなタランテッラをベースとしながら、
バルカン音楽やクレツマー、アイルランド音楽の要素を取り入れた
ミクスチャー・サウンドを作り出していて、エレクトロな要素は味付け程度となっています。

タイトルどおり、タランテッラのトランシーな部分に着目して、
打楽器とコーラスのコール・アンド・レスポンスに電子音楽的な処理をしてみても、
面白い作品ができそうですけれど、このグループの個性は、ミクスチャーの方にあるようです。
レパートリーもダンサブルなタランテッラばかりでなく、歌曲もあり、
曲ごと多彩なゲストを迎え、カラフルな南欧ミクスチャー・サウンドを楽しませてくれます。

Kalàscima "PSYCHEDELIC TRANCE TARANTELLA" Ponderosa Music & Art CD126 (2014)

センバの若手有望株 ユリ・ダ・クーニャ

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Yuri Da Cunha  KUMA KWA KIÉ.jpg   Yuri Da Cunha  CANTA ARTUR NUNES.jpg

また一人、センバの若手有望株を見つけました。
80年、アンゴラのクアンザ・スル州都スンベに生まれた、ユリ・ダ・クーニャ。
99年にポルトガル、ヴァレンティン・デ・カルヴァーリョからデビューしたシンガーで、
3作目の08年作を手に入れたんですが、これが極上のアルバムなんです。

アクースティックな音づくりの柔らかなグルーヴが、ひたすら心地いいんですよ。
まろやかなビートで始まる1曲目のセンバから、もう頬が緩みっぱなし。
ロック調のギターにサルサ・タッチのホーン・セクションが加わるキゾンバも、
エレクトリックなサウンドのニュアンスは控えめで、
ルンバぽいノリのアップテンポの曲でもビートが丸っこいので、
ルンバ・ロックやンドンボロのような、エッジの利いた激しいビートにならないんですね。
哀愁味のあるメロディのコンパも、ホーンがきまってます。

往年のセンバと変わることのない、シャキシャキとリズムを刻むディカンザの響きも心地よく、
適度にスキマのあるプロダクションが、抜けの良いサウンドを生み出しています。
涼しげな響きのアコーディオンが全編で活躍しているのも嬉しいですね。
泣き節のモルナでは、なめらかな歌いぶりの中に男っぽさをにじませ、
若々しくも味のあるところを聞かせます。

歌・演奏ともに人肌のぬくもりがにじむ、
上質のクレオール・ポップに仕上がった“KUMA KWA KIÉ” でしたが、
4作目の“CANTA ARTUR NUNES” は、タイトルからもわかるとおり、
名歌手アルトゥール・ヌネスの曲集。全編センバで通しています。

ユリ・ダ・クーニャはアルトゥール・ヌネスに強く影響を受けたそうで、
前作“KUMA KWA KIÉ” でも、アルトゥールのラメントの名曲“Belina” を
ストリングス入りで、美しく仕上げてカヴァーしていました。
本作では、エレクトリック・ギター、ベース、ドラムス、ディカンザ、パーカッションの伴奏で、
鍵盤系楽器を使わない往時のセンバのサウンドを再現していて、
アルトゥール・ヌネスを敬愛するユリの思いが伝わる作品となっています。

昨年最新作が出たようなのですが、そちらはまだ未聴。
13年にリリースされた5曲入りシングルCD(ヴィデオ・クリップ3曲入りのDVD付)は、
センバ、キゾンバ、ルンバのほか、
DJがトラックメイクしたエレクトロ・ハウス2曲が収録されていました。
アクースティックなセンバに回帰したといっても、
まだこういうクラブ・サウンドに色気が残っているのが残念ですけど、
早く最新作を聴いてみたいですね。

Yuri Da Cunha "KUMA KWA KIÉ" Kriativa KR011 (2008)
Yuri Da Cunha "CANTA ARTUR NUNES" no label no number (2012)

オーガニック・ジャジー・ポップ カミーラ・メサ

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ジョイスの“FEMNINA” を思い起こさせる、みずみずしいスキャット。
ブラジル人かと思いきや、チリ、サンティアゴ出身とおっしゃる女性歌手。
ニューヨークのおしゃれジャズ・レーベル、サニーサイドからのリリースで、
ジャズ・ヴォーカリストとして括るには、なんともすわりが悪く思えます。
ことさら「新しいジャズ」などと言わず、「新しいポップス」でいいんじゃないですかね。

要するに、レベッカ・マーティンやベッカ・スティーヴンズの系譜に連なる人といえますが、
カミーラ・メサ嬢の場合、ジャズ・ギタリストでもあるので、ジャズ色はより濃厚です。
そのギター・プレイは、コンテンポラリー・ジャズのような先進性はなく、
伝統的なジャズ・フォーマットにのっとった、保守的なソロ・ワークを聞かせます。

やっぱりこの人の魅力は、清涼感溢れる歌声とソングライティングでしょうか。
第一印象がジョイスだったように、オーガニックなサウンドが一番の持ち味といえます。
ペドロ・アズナールと一緒にやってた頃の、パット・メセニーが好きな人にも喜ばれそう。
カミーラ自身の曲のほか、ジャヴァンや故国の英雄ビクトル・ハラの曲を取り上げています。

バックは、今をときめく新世紀ジャズの精鋭たちがずらり。
キーボードのシャイ・マエストロにベースのマット・ペンマン、ドラムスのケンドリック・スコットと
豪華な布陣で、マット・ペンマンはプロデュースも務めています。
このメンツが揃えば、ただの歌伴で終わるはずもなく、あくまで歌を引き立てつつも、
随所でおおっと前のめりにさせる聴きどころを作っています。

特にタイトル曲の3曲目で聞かせる、ケンドリック・スコットの猛烈なドラミングといったら。
ドラムスは歌のはるか後方に配置され、音量も抑え目なミックスになっているのに関わらず、
強烈にプッシュするケンドリックのドラミングの煽りっぷりに、ハラハラ、ドキドキ。
う~ん、やっぱ、こういうスリルって、ジャズの醍醐味かなあ。

Camila Meza "TRACES" Sunnyside SSC1439 (2016)

サンバ・カリオカの粋 パウリーニョ・ダ・アバ

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Paulinho Da Aba  ONDE O SAMBA MORA.jpg

♪ ラ、ヤラ、ヤ、ラ、ヤラ、ヤ ♪ ラヤ、ラ、ヤラ、ラ、ヤ ♪
冒頭からサンバらしいサンバが始まって、思わず頬がほころんじゃいます。

良作サンバをリリースする信頼のレーベル、フィーナ・フロールからの新作。
柔和な笑顔を見せるこのおじさん、パウリーニョ・ダ・アバという名前ははじめて知りましたが、
80年代にベッチ・カルヴァーリョに多くの曲を提供し、
パンデイロ奏者としてもベッチに長く仕えた人なんだそう。

どれどれと、レコード棚からベッチの80年代のレコードを引っ張り出してみましたけれど、
作曲者にその名は見当たらず。パンデイロのクレジットで
81年作“NA FONTE” に「パウリーニョ」という名前があり、
83年作“SOUR NO ROSTO” には、「パウリーニョ・ブランコ」の名を見つけましたが、
これがパウリーニョ・ダ・アバなのかどうかは、よくわかりませんでした。

いずれにせよ、長年サンバをやってきたヴェテランであることは確かで、
初のソロ作という本作でも気負いはなく、力の抜けた落ち着いた歌い口で
自作のサンバを中心に歌っています。メロディアスないい曲を書く人ですねえ。
カヴァーでは、マルチーニョ・ダ・ヴィラの“Manteiga De Garrafa” が秀逸。
マルチーニョ77年の最高傑作“PRESENTE” に入っていた、短調サンバの名曲です。

プロデュースとアレンジはクラウジオ・ジョルジ。
先月取り上げたイズマエル・シルヴァ集もステキなサンバ・アルバムでしたけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-02-22
ソプラノ・サックスやフルートなどを効果的に配しながら、
伝統サンバをポップに料理する手腕が鮮やかです。

ジャケット・デザインに青と白を配しているのは、
ポルテーラのシンボル・カラーを意識してるでしょうか。
ひょっとして、パウリーニョ・ダ・アバはポルテーラ所属のサンビスタなのかもしれません。

Paulinho Da Aba "ONDE O SAMBA MORA" Fina Flor FF061 (2015)

サンバは人生の応援歌 エズメラルダ・オルチス

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Esmeralda Ortiz  GUERREIRA.jpg

もうひとり、初アルバムというサンビスタの新作を。
こちらは、恰幅のいいサンパウロのおばちゃんです。

「ゲレイラ(戦士)」というタイトルを見ると、
ぼくの世代ではどうしてもクララ・ヌネスを思い出しちゃいますけど、
ルックスはクレメンチーナ・ジ・ジェズースや
ジョヴェリーナ・ペロラ・ネグラを思わす庶民派というか、
八百屋のおばちゃんみたいな。

キレのある、肝っ玉母ちゃん的な歌い口がスカッとしますねえ。
口を大きくあけて歌っている姿が目に浮かぶようで、
ざっくばらんとした歌いぶりに、サンビスタらしい味がたっぷり詰まっています。
振り絞るように歌いながら、無理なく高音が出て、
リズミカルな発声のはしはしから、サンバのグルーヴが溢れ出ます。

自作曲を中心に、カティア・プレテル、ティト・サントスなどの曲を取り上げ、
ラストはピシンギーニャ、パデイリーニョ、カンデイアの3曲をメドレーで歌っています。

「戦士」というと、大げさに聞こえもしますけれど、
人生の荒波を越えていかなければならない人間は、誰もが戦士に違いありません。
東日本大震災5年を迎えた日に買ったせいか、
そういった感をよりいっそう強くするんですけれど、
良いサンバは、力尽き果て倒れ込んだ人に寄り添い、肩を貸し、
また起き上がる勇気をくれます。
サンバは人生の応援歌。苦しむ者にこそ、人生の喜びを与えてくれます。

Esmeralda Ortiz "GUERREIRA" SESC CDSS0071/15 (2015)

ジャズ・ファンク+アフロビートちょっとあり〼 ジョアン・ドナート

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João Donato  DONATO ELÉTRICO.jpg

80歳を越してなお衰えを知らぬ、その創作意欲。
かつてはジャズ・サンバからアフロ・キューバン、今度はアフロビートに挑戦ですか。
70年代後半から四半世紀に及ぶ長い隠匿を経て、
90年代末に現場復帰してからのドナートの活躍ぶり、ハンパないっすね。

ボサ・ノーヴァの音楽家として語られることの多い人ですけれど、
この人の本質は、ハード・バップのピアニストであって、作曲家にありますよね。
初期のドナートのレコードを聴いている人なら、それがわかるはず。
この人はボサ・ノーヴァの音楽家じゃなくって、ジャズ・ミュージシャンですよ。

59年というボサ・ノーヴァ・ブーム真っ盛りのブラジルを飛び出して渡米したのも、
本格的にモダン・ジャズの環境に身を置きたかったからでしょう。
ボサ・ノーヴァ・ブームをうまく利用して、
ジャズ・シーンで活躍したところはセルジオ・メンデスと双璧で、
ボサ・ノーヴァで食う気なんて、さらさらなかったんじゃないかな。

セルジオ・メンデスがのちにポップ・マーケットに突破口をみつけたように、
ドナートもシリアスなジャズに向かうのではなく、
ジャズ・ファンクに接近していきましたよね。
のちにレア・グルーヴ扱いされるようになったのもそれゆえで、
ポップなセンスを持っていたドナートの面目躍如でした。

ここのところアクースティック路線のアルバムが続いていましたけれど、
今回はサンパウロのジャズ・ファンクのビッグ・バンドとの共演。
冒頭から、トニー・アレンばりのドラミングが飛び出して来て、おおっ!
ギターのカッティングもやたらアフロビートぽいなあと思ったら、
2曲目が本格的なアフロビート・アレンジで、ノックアウトくらいました。

ドナートもオルガンやキーボードを駆使して、電子音ビヤビヤと鳴らしまくり。
もー、やりたい放題というか、アンタはブラジルのサン・ラーか。
フェンダー・ローズにモーグ、クラヴィネットなど、
ヴィンテージなキーボードの響きが、たまりませんなあ。

以降は、それほどアフロビートぽくなく、
ジェンベが活躍するアフロ・ラテンなんかもあったりして、うひひ。
ひさしぶりのエレクトリック・ドナートは、
メロウ・グルーヴなジャズ・ファンク・アルバムなのでありました。

João Donato "DONATO ELÉTRICO" SESC CDSS0073/16 (2016)

パーカッシヴなトリオ ブルノ・ヴィンチ

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7弦ギター、クラリネット、パーカッションのトリオ編成。
ショーロのトリオかなと思ったら、ショーロの影響は色濃いものの、
もう少し幅広の音楽性を持ったインスト音楽を聞かせるグループでした。
主役は、7弦ギタリストのブルノ・ヴィンチ。
サンパウロでギターの先生をしているプレイヤーです。

ユニークなのは、パーカッショニストがコンガを中心に叩いているところ。
ショーロやサンバの打楽器であるパンデイロは、数曲で叩いているだけです。
ブラジルでコンガ型の打楽器といえば、バイーアのアタバキが思い浮かびますけれど、
アフロ色濃厚なマシーシや、キューバのルンバを取り入れた曲で、
コンガの起用がうまく生かされていますね。

全曲ブルノの作曲で、
サンパウロのヴェテラン7弦ギタリスト、ゼー・バルベイロに捧げた曲のほか、
アミルトン・ジ・オランダやフィロー・マシャードに捧げた曲があります。
高速ラインの長いキメのフレージングを生かした器楽的な曲作りが巧みで、
3人がピタリと息の合ったところを聞かせる、スリリングなプレイをたっぷり楽しめます。

ギターのタッチにもうひとつ粒立ちの良さが欲しいなんて、
プロのギターの先生に対して失礼ではありますが、
マルコ・ペレイラみたいな明快なタッチのギタリストが好きなので、
ちょっと欲張りな感想を持ったのが、偽らざるところ。
ギターの録り方が良くないのかも知れませんけれど、
もっと各楽器のダイナミクスに気を配った録音にすれば、
タイトルどおり「パーカッシヴ」になったはずで、その点がやや悔やまれます。

Bruno Vinci "PERCUSSIVO" no label no number (2015)

ハーモニカ+アコーディオン+ギター2 アリスマール

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ごひいきのハーモニカ奏者ガブリエル・グロッシが参加していると聞いて買ったCD。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-11-05
う~ん、すばらしい。
高速フレーズを鮮やかなタンギングで吹きまくるガブリエルのソロが
たっぷりと堪能できますよ。

おっと、いけね。本作の主役はギタリストのアリスマール・ド・エスピリト・サントであります。
どんな人かと調べたら、ジョイス、レニーニ、トニーニョ・オルタ、エルメート・パスコアール、
シヴーカ、ドミンギーニョス、ジョアン・ドナート、ルイス・エサ、小野リサ……。
もう書ききれないほど数多くのアーティストと仕事をしてきた、セッション・プレイヤー。
ギターだけでなく、このアルバムでもベースを弾いているように、
マルチ・プレイヤーとして活躍している人だそうです。
ジョイスと一緒に来日もしてるみたいですね。

ソロ・アルバムもたくさん出しているようですが、ぼくが聴くのは、この新作が初めて。
アリスマールは、7弦ギター、エレクトリック・ギター、
6弦ベース、フレットレス・ベースを、曲により弾き分けています。
アリスマールとガブリエル・グロッシのほかは、
アコーディオンのベベ・クラメールとギターのレオナルド・アムエドという、カルテット編成。

アコーディオンとハーモニカ入りのカルテットだなんて、
いかにもブラジルならではのジャズ・コンボといった感じで嬉しくなります。
全員腕っこきの面々なので、スリルあり抒情味ありと、熟達のプレイを楽しませてくれます。

Arismar "RODA GINGANTE" Maritaca M1046 (2015)

モダン・ジャズ+スンダ音楽 トニー・スコット

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ジャズ・クラリネット奏者のトニー・スコットが、
インドネシアのジャズ・メンと録音した65年のMPS盤。
これがインドネシアでCD化されるとは思いもよりませんでした。
インドネシアでジャズが盛り上がっている証拠ですね。

よく知られたレコードとはいえ、いままで聴いたことがなかったんですけれど、
いや~、素晴らしい内容ですね、これ。
60年代はジャズと民俗音楽を融合させる試みが盛んに行われましたが、
ワールド・ジャズの流れが活発になった21世紀の現在でこそ、
再評価にふさわしい作品といえるかもしれません。

トニー・スコットはバディ・デフランコとともに、
バップ・イディオムに長けた数少ないクラリネット奏者でした。
しかしモダン・ジャズの時代には、スウィング時代とは一転、クラリネットが冷遇されたため、
実力に見合った人気を得られなかった人でした。
60年代に入ると、トニーはアメリカに見切りをつけ、東南アジアを旅して、
日本ではジャズ・ミュージシャンとばかりでなく、和楽器演奏家とも共演しました。

この作品であらためて驚かされるのは、
当時のインドネシア人ジャズ・ミュージシャンの実力の高さですね。
ピアノ、ギター、テナー・サックス、ベース、ドラムスの5人とも、
本場アメリカのミュージシャンたちにひけをとらないプレイを繰り広げています。
ジャカルタ生まれのドラマー、ベニー・ムスタファは、
ニュー・ヨークにもたびたび出かけて、武者修行をしていたんですと。

ペロッグ音階によるバリ民謡の1曲目は、まさしくバリニーズ・ジャズそのもの。
イントロとエンディングでガムランのリズムを使い、本編はフォー・ビートで演奏しています。
一転、2曲目のアッティラ・ゾラーの「猫と鼠」は、まったくのモダン・ジャズ・スタイル。
3曲目は本格的なスンダ音楽で、ピアニストのブビ・チェンがカチャッピを弾き、
テナー・サックス奏者のマルジョノがスリンを吹いて、カチャッピ・スリンをジャズ化しています。
そしてラストの、スレンドロ音階にアレンジしたテーマで始まる「サマータイム」の
スリリングな演奏も絶品といえます。

ガムランとジャズといえば、
ドン・チェリーの“ETERNAL RHYTHM” という大傑作がありましたが(思えばあれもMPSですね)、
スンダ音楽とジャズとが綱引きし合うような楽しさに溢れた本作も、名作じゃないですか。
音がめちゃめちゃいいのもカンドーもの、さすがMPSです。

Tony Scott and The Indonesian All Stars "DJANGER BALI" Demajors no number (1967)
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