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お悔やみ ゲタチュウ・メクリヤ

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Gétatchèw Mèkurya  ÉTHIOPIQUES 14.jpg   Getatchew Mekuria & The EX & Friends  Y’ANBESSAW TEZETA.jpg

エチオピアン・サックスの帝王ことゲタチュウ・メクリヤが、
4月4日に亡くなったとの第一報が飛び込んできました。享年81。

49年のプロ・デビュー以来、68年という長いキャリアを、
サックス1本でまっとうした人生でした。
晩年となった04年から、オランダのポスト・パンク・バンド、ジ・エックスとともに活動し、
欧米の若いロック・ファンから絶大な人気を博したことは、
音楽人生の有終の美を飾ったといえるのではないでしょか。

ここ数年は体調を崩し、ツアーから遠ざかっていたようで、
日本に来てもらえなかったのが、なんとも残念でなりません。
ゲタチュウより8歳年上のビッグ・ジェイ・マクニーリーが去年再来日して、
88歳という年齢を感じさせない、驚異のホンカーぶりを聞かせていただけに、
ゲタチュウの生のプレイを体験できなかったのは、悔やまれます。

55年、ハタチの時にハイレ・セラシエ1世皇帝劇場オーケストラの一員となり、
65年、ポリス・オーケストラへ移り、エチオピア音楽の黄金時代に、
大勢のトップ・シンガーの歌伴を務めるとともに、自身のソロ演奏を残したことは、
エチオピーク・シリーズのアルバムを愛聴するファンならよく知るところですけれど、
ゲタチュウはけっして、ジャズ・ミュージシャンではありませんでした。

このことは、ぜひ強調しておきたいんですけれど、
ゲタチュウが生涯演奏したのは、伝統的なエチオピア音楽でした。
いくらゲタチュウのサックスが、アルバート・アイラーの咆哮を想起させようと、
彼は伝統的なエチオピア音楽のレパートリーを、彼のやり方で演奏していたにすぎません。

ましてやゲタチュウの演奏を、エチオ・ジャズと混同するようでは困ります。
「エチオ・ジャズ」は、あくまでもムラトゥ・アスタトゥケがクリエイトした音楽であって、
ジャズぽく聞こえるエチオピアの音楽を、
なんでもかんでも「エチオ・ジャズ」と括るのは、誤解のもとです。

ゲタチュウのプレイが、ジャズ・ファンを驚愕させるほどのクオリティを持っていたからといっても、
それを拡大解釈して、ゲタチュウがジャズを演奏していたと捉えるのは、間違いです。
ジャズの演奏家か否かは、ミュージシャンのアイデンティティとして大事なことなので、
これを機に、ゲタチュウがエチオピアン・ポップスの音楽家であったことについて、
あらためて確認しておきたいと思うのでありました。

Gétatchèw Mèkurya "ÉTHIOPIQUES 14 : NEGUS OF ETHIOPIAN SAX" Buda Musique 82256-2
Getatchew Mekuria & The EX & Friends "Y’ANBESSAW TEZETA" Terp AS21/22 (2012)

チャルガよ、バルカン・ビートに戻れ エミリア

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Emilia  EH, BYLGARIJO KRASIVA.jpg

これ、これ。これですよ。
やっぱりバルカン・ポップは、こういう生音を活かしたフォークロアなサウンドでなくっちゃあ。
ここのところ聴いたセルビアのターボ・フォークは、
どれもこれもEDM寄りのサウンドになっていて、ウンザリさせられていたので、
ブルガリアのポップ・フォークまたの名をチャルガのトップ・シンガー、
エミリアの3年ぶりの新作に、快哉を叫んだのでありました。

冒頭から、アコーディオンとクラリネットの高速フレーズで、びゅんびゅんとトばす、トばす。
スタッカートの利いた、つっかかるようなツー・ビートを軸として、
くるくると変化するリズム・アレンジの巧みさに酔わされます。
ロマ色豊かなバルカン音楽の旨みをたっぷり溶かし込んだサウンドがたまりません。

アコーディオン、クラリネット、ヴァイオリンがそれぞれ超絶技巧のソロを取るかと思えば、
一転、アンサンブルが一丸となって怒涛の如く疾走します。
バルカン・ブラスが高らかに鳴らされる曲もあって、
まさに「めくるめく」という形容がぴったりのサウンドが繰り広げられ、血流はもう上がりっぱなし。
いやぁ、これぞバルカン・ビートでっす!

そんなアンサンブルとともに、艶やかな歌声を聞かせるエミリアの歌いぶりもまた見事。
こまやかなコブシ回しを使いながら、高速曲からスローまで、
クセのない美声を聞かせてくれます。
これまでのエミリアのアルバムの中でも、もっともフォークロア寄りに仕上がりました。

近年のポップ・フォーク、チャルガのプロダクションは、
凡庸なダンス・ポップに化していく傾向が強いんですけれど、
こういうバルカン・ルーツ色濃いサウンドをデフォルトにしてもらいたいと思うのは、
国外リスナーのわがままでしょうか。

Emilia "EH, BYLGARIJO KRASIVA" Payner Music PNR2015061618-1088 (2015)

ミニマル化したコサの伝統音楽 マドシニ

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Madosini  EPARADESI NKOSI UZUBE NAM.jpg   Madosini  POWER TO THE WOMEN.jpg

ミニマル・ミュージックの小品といった趣の、
南アのお婆さんによる口琴、口弓、楽弓のソロ演奏集。
これほど純度の高い伝統音楽を聴くのは、ずいぶんひさしぶりな気がします。
心を落ち着けて耳を傾けると、素朴な楽器から奏でられる、
聖なる響きがじんわりと身体に染み入ってくるようで、
すっかりお気に入りになってしまいました。

6年も前にリリースされていたようなんですけれど、自主制作の南ア盤のせいで、
ぜんぜん気付きませんでした。フィジカル110部限定といっても、いまでも入手可能なんだから、
ちっとも売れていないってことですよねえ。もったいないなあ。

マドシニというこのコサ人のお婆さんは、マンデーラ大統領もお気に入りの伝統音楽グループ、
アマンポンドの世界ツアーに同行して、海外にもその名を知られるようになった人。
外向けを強く意識したアマンポンドの創作伝統音楽は、ぼくは感心しませんでしたが、
そんなアマンポンドの姿勢とは真逆の、自然体に歌うマドシニには好感を持っていました。

海外のフェスティバルに数多く参加し、文化大使的な役割を果たしたアマンポンドは、
その戦略的な売り出し方で成功しましたけれど、
マドシニは一介の伝統的な歌うたいであり続けたからこそ、
アマンポンドの作為性を身に着けずにすんだように思えます。

マドシニは98年にもソロ・アルバムを出していて、
そちらではアマンポンドのコーラスも交えた躍動感溢れる伝統音楽となっていましたが、
本作は一転して、自己の内面に語りかけるような、静謐な音楽となっています。
口琴(イシトロトロ)、口弓(ウンルベ)、楽弓(ウハディ)による完全独奏は、
ミスティックなサウンドに満ちていて、スピリチュアルなムードに包まれます。

98年作には、グレッグ・ハンターによるダブ・ミックスが2曲入っていて、
相変わらずのアマンポンド絡みの作為性に鼻白んだものですが、
ダブ・アンビエントなどというヨーロッパ白人の小賢しいテクニックを蹴散らす、
天然アンビエントなミニマル・ミュージックがここにあります。

Madosini "EPARADESI NKOSI UZUBE NAM" New Cape NC08 2010 (2010)
Madosini "POWER TO THE WOMEN" Melt Music BWSA108 (1998)

ナイジェリアのガーリー・ポップ ティワ・サヴェイジ

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Tiwa Savage  R.E.D..jpg

冒頭、いきなりバウンシーなトーキング・ドラムが飛び出てきて、のけぞり。
ヨルバ臭たっぷりのメロディに、ゆったりとスウィングするリズム、
きらきらとしたハイ・トーンのギターに導かれて歌われるのは、
なんと、ジュジュじゃあーりませんか。
え、えぇ~ !? これ、ヒップホップのアルバムじゃなかったの?

続いて2曲目は、アフロビートとヒップホップをミックスしたトラックで、うひゃー。
グルーヴィなバックトラック、早口ヴォーカルで歌うキャッチーなメロディに、昇天。
この2曲で、もう完全脱帽しちゃいました。
こんな痛快なアフロ・ポップ、何年も聴いていなかった気がしますねえ。

ヒップホップR&Bあり、レゲエあり、レゲトンありの、ガーリー・ポップ。
どの曲も表情が明るくって、前向きというか、健康的。う~ん、元気でるなあ。
ヒップホップ世代らしいカラフルなレパートリー揃いで、いやぁ、実によく出来てる。
ミュート・トランペットやスークースふうギター、
トーキング・ドラムを冒頭の曲以外でもカクシ味にチラッと使ったり、小技も利きまくり。
EDM要素のないヌケのよいトラック・メイキングは、好みだわー。

キュートな魅力を浮き上がらせたソングライティングも鮮やかで、捨て曲なし。
徹頭徹尾プロらしいお仕事ぶりに、感服させられました。
プロデュースは、ナイジェリアのヒップホップ・シーンでひっぱりだこという、ドン・ジャジー。
ドン・ジャジー自身もシンガーとして、
2曲目のアフロビート/ヒップホップ・トラックにゲスト参加してます。
その他、オラミデ、2フェイスといった人気ラッパーも多数参加。

ガーリーな魅力が溢れているとはいえ、このティワ・サヴェイジという女性シンガー、
80年生まれで、はや30半ばの人妻であります。
2作目にあたる本作制作中に、なんと出産もしてるんですね。
経歴を読んで、びっくりしました。

10歳の時、家族の仕事の関係でロンドンへ引っ越し、
ケント大学を卒業し、スコットランドのロイヤル・バンクに就職したものの、
音楽の夢を捨てきれず、アメリカへ渡ってバークリー音楽大学へ再入学。
それもそのはず、彼女はわずか16歳でジョージ・マイケルのバック・コーラスを務め、
メアリー・J・ブライジやチャカ・カーンなどのバック・コーラスを経験したばかりでなく、
スティングやデスティニーズ・チャイルドのステージに立ったこともあるラッキー・ガール。

バークリー卒業後、27歳でソニー/ATVミュージック・パブリッシングと契約して、作曲家デビュー。
ベイビーフェイス、キャット・デルーナ、モニカなどに、曲を提供し始めたそうです。
10年にはファンテイジア・バリーノへ提供した曲がグラミーにノミネイトされ、
作曲家として脚光を浴びるほか、ホイットニー・ヒューストンの09年作“I LOOK TO YOU” に
バック・コーラスとして参加するなど、シンガーとしての活動も始めます。

11年には、本国ナイジェリアで仕事をするようになり、
女優として映画デビューするほか、
初のアフリカのアーティストとしてペプシと専属契約を結びました。
13年に自己のレーベル、323エンターテインメントを立ち上げ、
マネージャーのトゥンジ・バログンと結婚、プロデューサー業のかたわら、
シンガーとしての活動を本格化し、13年に満を持してソロ・デビューしたんだそうです。

ソロ・デビュー作のヴィデオ・クリップ“Eminado” も痛快でしたけれど、
2作目となる本作は、ミュージック・ビジネスに長く関わってきた底力が示された
あっぱれなポップ作といえます。
やはり、これだけしっかりとした作品を作るには、
それ相応のバックグラウンドが必要だということを、痛感させられますね。

Tiwa Savage "R.E.D." Mavin no number (2015)

フジにカツを入れたヒップホップ ワシウ・アラビ・パスマ

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Pasuma  My World.jpg   Wasiu Alabi Pasuma  Game Changer.jpg

おー、やっと手に入りましたよ、ナイジェリアのヒップホップ異色作。
ティワ・サヴェイジはヒップホップじゃなくて、ポップスでしたけれど、
こちらは、正真正銘のヒップホップ。
なんで異色作かといえば、なんと歌っているのが、
フジ・シンガーのワシウ・アラビ・パスマだからなんですね。

ナイジェリアのメディアでも、デビュー・ヒップホップ・アルバムともてはやしていたので、
どんなもんだかと思っていたんですが、聴いてみたら、これが意外にも良い相性。
あのドスの利いたガラガラ声のパスマがヒップホップを歌うなんて、痛快じゃないですか。
ティワ・サヴェイジもゲストで1曲、パスマと一緒に歌っていますよ。

思えば10年代に入って、フジの新作をロクに聴かなくなってしまいました。
ちゃらいシンセに、ふにゃ〇〇サックス、ちんたらギターがフィーチャーされた
ナンパに成り下がったフジは、十年一日相変わらずで、
サウンドやプロダクションに向上心のカケラもみられないやる気のなさは、
アフロ・ポップのなかでダメになったジャンルの筆頭格でしょう。

そんなダメになったフジに安住してるようじゃ、
30年来のファンもいい加減見限ろうというものですけれど、
ヒップホップで新境地をみせる意欲は買いたいですねえ。

そんな意欲がいい刺激となったのか、
昨年クリスマスにリリースされたばかりのフジ新作の方も、いい出来でした。
1曲目こそジュジュを取り入れたナンパなフジですけど、
25分を超す長尺の2・3曲目は、トラップ・ドラムとトーキング・ドラム隊が疾走する正調フジ。
シンセやギターが一部にアクセントで入るものの、本編はパーカッション主体で迫り、
パスマもパワフルにコブシをぐりんぐりん回します。
やっぱ、このイスラミックな強力なコブシ使いと、
トーキング・アンサンブルのかけあいあってこそのフジですよね。

ひさしぶりにパスマの粗いガラガラ声にシビれさせてくれた、
異色ヒップホップとフジの2作でした。

Pasuma "MY WORLD" Wassar no number (2015)
Alhaji Wasiu Alabi Pasuma "GAME CHANGER" Sarolaj Music & Films SMF010 (2015)

逆境に強いオンナ K・ミシェル

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K. Michelle.jpg

ティワ・サヴェイジを絶賛愛聴しながら、ふと思ったのは、
R&B/ヒップホップの女性シンガーで、
ここ数年ツボにはまったアルバムがぜんぜんないなあということ。

なんて思った矢先、でくわしちゃいました。
K・ミシェルというメンフィス出身のR&Bシンガーの新作。
これが3作目だそうですが、ぼくは初めて知りました。
風船ガムを膨らませた横顔、風船ガムの中には男が閉じ込められ、
背景には、「Fake Booty(いんちきの尻)」「Bipolar(双極性障害)」「Liar(ウソつき)」
「Intimidation(脅迫)」だのといった言葉が並べられた、珍妙なアートワーク。

ミッシー・エリオットみたいな人かしらんと思いつつ試聴してみたら、
歌ぢからとしかいいようのない歌いっぷりに、イッパツでマイっちゃいました。
太い声質がいいなあ。シャウトしても暑苦しくならないし、これみよがしにもならない。
間違いなく実力派なんだけど、歌唱力を誇るんじゃなくて、
歌いたいことがある人の歌という感じが、すごく伝わってくる歌ですね。
切実な歌いぶりに、すごい説得力があります。

ライナー内の写真も、表紙に負けず劣らず強烈で、
上半身裸の背中に5本のナイフが突き刺さったままワインを呑んでいたり、
股間をリンゴで隠したヌードあり、やたらと明るいエログロ路線。
なんでもご本人、ゴシップの多い人なんだそうで、各方面からディスられまくっているんだとか。
それに反発してのアートワークなんだそうで、う~ん、根性ありそう。
逆境に強いオンナの気風の良さみたいなところが、ますます好みであります。

K. Michelle "MORE ISSUES THAN VOGUE" Atlantic 554343-2 (2016)

ソマリとアムハラのルーツをみつめて サバ・アングラーナ

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Saba Anglana  YE KATAMA HOD.jpg

サバは、イタリアで活躍する美人女優さん。
非常に複雑な出自を持つ人で、08年のデビュー作以降、
自身のルーツを掘り下げるアルバムを作ってきましたが、
名義をサバ・アングラーナと変えた4作目にあたる新作は、
ルーツをたどる旅のひとつの成果を示す、充実作に仕上がりました。

サバは70年11月17日、ソマリアの首都モガディシュの生まれ。
当時のソマリアは、69年にシアド・バーレ少将がクーデターを起こし、
ソマリア民主共和国へと国名を変えたばかりでした。
サバが生まれたのは、社会主義国家を宣言し、
ソマリ社会主義革命党の一党独裁体制が敷かれた翌月のことです。

お母さんは、ソマリアからエチオピアに亡命した
ソマリ人両親のもとに生まれたソマリ系エチオピア人。
お父さんは元イタリア軍人で、第二次世界大戦当時、
イタリアがソマリアを占領していた時代にソマリアへ従軍し、
戦後ソマリアに移住したという人でした。

複雑な家庭環境のもとに、サバは生まれたわけですけれど、
その後、父親が元イタリア軍人ということでスパイ嫌疑をかけられ、
家族全員イタリアに追放されるという悲劇が、サバ一家を襲います。
こうしてサバは少女時代からイタリアで暮らし、
大学では芸術史を学び、やがて女優へと成長していったのでした。
役者として活躍するかたわら、みずからのライフ・ストーリーを辿るように、
音楽活動にも力を注いできたんですね。

特に、母親が生まれ育ったエチオピアに深い関心を寄せ、
サバの音楽パートナーでプロデューサーのファビオ・バロヴェーロとともに、
09年アディス・アベバへ赴き、伝統音楽家とコンテンポラリー系のミュージシャンなど、
幅広い音楽家たちと交流を図っています。

そうした成果は、10年作の“BIYO” にも反映されていましたが、
まだ汎地中海サウンド的なポップスとして抽象度の高いサウンドで、
サバのルーツに刻印されたエチオピアを、よりくっきりと具体的な形で
表せるようになったのが、今作といえます。

サバはソマリ語のほか、母親の母語であるアムハラ語でも歌い、
録音もイタリアのトリノのほか、アディス・アベバでも行われています。
アディス・アベバでの録音で全面的に協力しているのが、
エチオピアン・ダンサーとしての枠を超え、
エチオピア文化のプロモーターとして活躍するメラク・ベライ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-06-22

アディス・アベバ録音はメラク・ベライのグループ、フェンデイカのアズマリ・ベットで行われ、
フェンディカのクラール、マシンコ、コーラスも参加しています。
キレのあるパワフルなエチオピアン・ロックにアレンジした3曲目は、
本作最高の聴きもの。渾身の力を込めたサバの歌いっぷりが胸に迫ります。

サバの音楽監督を務めるファビオ・バロヴェーロは、
今作でもプロデュース、アレンジ、作曲を担当し、アコーディオンとピアノを弾いていますが、
エチオピア・セッションが刺激となったのか、従来以上に練られたサウンドを生み出していて、
アムハラのリズムでマシンコのようにベースを弓弾きした9曲目など、その成果でしょう。

正直これまで、サバの歌に対する思いが
歌唱力に追い付いていない印象をぬぐえなかったんですけれど、
今作での切実な歌いぶりは、聴く者の胸を揺さぶるものがあります。
ベースのみの伴奏で歌ったティジータが、その象徴です。
サバの本作の企画に対する思いとサウンド・プロダクションが見事に結実して、
聴き応えのある作品に仕上がりました。

Saba Anglana "YE KATAMA HOD" Felmay fy8229 (2015)

ディアスポラのサハラウィ アシサ・ブラヒム

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Aziza Brahim  ABBAR EL HAMADA.jpg

西サハラのシンガー・ソングライター、アシサ・ブラヒムの新作。
地味なアルバムなんですけれど、聴けば聴くほどに引き込まれるんですよ、これが。
特に歌がうまいわけでもないのに、すうっと心に入り込んでくる歌声で、
何回か聴くうち、すっかり手放せなくなってしまいました。

デビュー作のしわがれ声に比べると、落ち着きのある和らいだ声に変わって、
歌いぶりも、以前より穏やかになったのを感じます。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-07-30
多くの歌が寂寥感に溢れ、淡々と歌っていることで、
かえって乾いた哀しみの情感が、強く伝わってきます。

全曲アシサの自作で、ライナーの歌詞を読んであらためて認識させられるのは、
彼女がディアスポラだという厳然たる事実です。
ラヴ・ソングなんて、1曲もありません。
アルバムすべてが、望郷の歌で埋め尽くされているんですね。

サウンドの方も、デビュー作にあった無理に接ぎ木したような部分がなくなり、
よくブレンドされた汎西アフリカ的サウンドに進化しました。
ベンベヤ・ジャズが活躍していた頃の70年代ギネア音楽を思わせる曲想など、グッときますよ。

今回ラティーナ編集部からメール・インタヴューの機会をいただき、
以前の記事に書いた疑問も氷解しました(←それが何かは、『ラティーナ』を読んでね)。
あわせて、前作のオルター・ポップ盤、新作のライス盤ともに、
「アジザ」というカナ読みをしているのが、ナットクいかなかったんですけれど、
それが間違いということもわかって、やっとスッキリ。

Aziza Brahim なんて、明らかにアラブ系ではない西洋風の名前なんだから、
z の発音は、スペイン語読みで s になるはず。
ぼくがこれまで「アシサ」と書いていたのは、間違いでなかったわけです。
というわけで、関係者のみなさま、訂正をよろしくお願いします。

インタビューのなかで印象的だったのは、影響を受けた歌手というぼくの質問に、
アフリカ音楽では誰々、アラブ音楽では誰々と答えていて、
アラブ音楽としてモーリタニアのディミ・ミント・アッバを挙げていたこと。
たしかに、ムーア人はアラビア語を話し、モーリタニアはアラブ世界に属すので、
ディミ・ミント・アッバをアラブの歌手と言ってもおかしくはないんですが、
ちょっと意表を突かれた思いがしました。

ということは、アシサは自分自身を、アラブ音楽の歌手と考えているのかなあ、
それともアフリカ音楽の歌手と考えているのかしらん。
メール・インタヴューでなければ、
サハラウィのアイデンティティについて、ぜひ訊いてみたかったところです。

Aziza Brahim "ABBAR EL HAMADA" Glitterbeat GBCD031 (2015)

デザート・ブルース・ギター・アルバム ボンビーノ

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Bombino  AZEL.jpg

ここ数か月ボニー・レイットの新作を、ず~っと愛聴しているんですけど、
ブログの記事を書きそびれてしまって、ちょっと後悔してます。
基本このブログには、気に入ったCDを必ず書き残すようにしているんだけど、
書くタイミングを逃しちゃうことも、たまに起こるんですよね。

おぉ、これはいい!っていう、出会い頭のイキオイですぐ書かないと、
ヘヴィー・ローテションとなったあとでは、熱が冷めちゃうんですよ。
ここのところ良作目白押しの豊作状態が続いているせいか、
書いておきたい作品がイッパイで、取りこぼしてしまうのも、中にはあります。
まぁ、ボニー・レイットほどの大物なら、
なにもぼくが書かんでも、いくらでも書くべき人が他にいますしね。
そのかわり、ぼくが書かなきゃ誰も取り上げそうにないアルバムは、
どうしたって優先したくなるのが、人情ってもんです。

で、ニジェールのデザート・ブルース・ギタリストのボンビーノ。
来日もしたからすでに日本ではお馴染みの人だし、そこそこファンもいるはずなのに、
新作が出たのに、ちっとも話題になっていないように思えるのは、気のせい?
前作も前々作も記事にしたから、今回はもういいかなんて横着気分でいたんですけど、
なんだか心配になって、取り上げることにしました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-05-10
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-03-30

アメリカのレーベルと契約して3作目となる今作、
クンバンチャ、ノンサッチと渡り歩いてきたわけですけれど、
今回は、ブルックリンのパルチザンからのリリース。
メジャーではないけれど、しっかりとしたポリシーのあるレーベルを選んでいて、
ボンビーノはいいキャリアを積んでいますね。

クンバンチャではロン・ワイマン、ノンサッチではダン・オーバックが
プロデュースを引き受けていましたが、今回は、ダーティー・プロジェクターズの中心人物、
デイヴ・ロングストレスをプロデューサーに、デイヴィッド・レンチをミキサーに迎えて、
ウッドストックでレコーディングをしています。

一聴すごく整理された印象で、
広くロック・ファンにアピールするギター・アルバムとなりましたね。
はっきりいってボンビーノのヴォーカルは弱いし、ブルージな味わいにも乏しい人なので、
軽快なギターの魅力を全面展開して、もっとロックぽくしちゃえばいいのにと思っていたら、
そのとおりのアルバムとなっていたのでした。

ローファイなサウンドで、ヴォーカルの弱さをカヴァーしていた前作に対し、
今回はクリーンなサウンドにするかわり、ヴォーカルにハーモニーを付けて補強しています。
そのうえでヴォーカル・パートを引っ込めたミックスにして、
ギターを前面に押し出したギター・アルバムに仕上げたのが成功しています。

どの曲も、ツカミのあるギター・リフやブレイクに耳を奪われ、はっきりいって、歌は添え物。
しゃきっとしたリズム・セクションに、キレのいいギターがよく映えます。
フレージングにムダがなく、弾きっぷりも確信に満ちていますよ。
各曲とも短いエンディングで、バチッと終わるところなど、絶好調の証じゃないですかね。
ともすると、ダラダラとしたジャム・バンド的な演奏になりがちなデザート・ブルースですけれど、
このアルバムにはそういう場面は、いっさい出てきません。

ボンビーノの曲作りもうまくなって、起伏のある曲が書けるようになり、
ギター・リフやブレイクを浮き立たせる曲の構成やアレンジが巧みになりました。
エレクトリックとアクースティックの曲の使い分けも良く、
新たに、タルティットの女性歌手をバック・ヴォーカルに起用したのも大正解。
女声のウルレーションが加わると、サハラのムードがぐっと盛り上がり、華やかになりますね。

これで売れなきゃウソでしょと、思わず応援したくて、ここまで書きつらねてみたら、
なんとこの新作、ちゃんとユニバーサルから日本盤が出るとのこと。なんだぁ。
やれやれひと安心。ロック・ファンも、ぜひ聞いてみてね。

Bombino "AZEL" Partisan PTKF2135-2 (2016)

O・K・ジャズの詩人、健在 シマロ

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Lutumba Simaro  ENCORE & TOUJOURS VOL.1.jpg   Lutumba Simaro  ENCORE & TOUJOURS VOL.2.jpg

O・K・ジャズで目立たないリズム・ギターを弾く一方で、
名作曲家として重要な屋台骨の役割を果たした御大シマロの新作。
13年にリリースされたものの、なかなか日本に入ってこなかったんですよね。
2枚組セット仕様のものもあるようですが、ぼくが手に入れたのはバラの2枚。

シマロっていくつになったんだっけと調べたら、生年が38年とあるから、
アルバム・リリース時、75歳か。
もうお爺ちゃんなわけですけれど、ジャケットはキメてますよねえ。
サップールを生むお国柄だから、やっぱオシャレだなあ。
思えばウェンドだって、晩年まで黒のスーツでびしっとキメてたもんなあ。
ギターを持った裏ジャケットは、リラックスした普段着姿で、
「詩人」と称されたシマロの職人ぽい雰囲気がよく表れています。

前作(だと思う)の08年作“SALLE D'ATTENTE” では、パパ・ウェンバ、ンビリア・ベル、
ジョスキー、フェレ・ゴラなど大物ゲストを多数招いていましたけれど、
今作のジャケットには何も書かれていないところをみると、今回はゲストはなしでしょうか。

ンドンボロ以降の、キディバだかコインビコだかなんだか知りませんけど、
徹頭徹尾ダンス仕様となったサウンドに食傷気味の当方としては、
バナOKのゆるやかにスウィングするリズム感は極上です。
シマロの美しいメロディを引き立てるヴォーカルとコーラスも申し分なく、
天国に連れて行ってもらえますよ。
ルンバ・コンゴレーズのこの味は、永遠不滅ですね。

サウンドも単なる昔の再現ではなく、うっすらとシンセをカクシ味に使うなど、
現代性を感じさせるプロダクションとなっていて、デリケイトに制作されているのを感じます。
両CDともラストは、ピアノをメインにゆったりとしたアクースティックなルンバで、
女性歌手に歌わせた趣向もとてもいい感じじゃないですか。

O・K・ジャズの詩人、健在なりですね。

Lutumba Simaro & Bana OK "ENCORE & TOUJOURS VOL.1" Diego Music no number (2013)
Lutumba Simaro & Bana OK "ENCORE & TOUJOURS VOL.2" Diego Music no number (2013)

お悔やみ パパ・ウェンバ

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1986 パパ・ウェンバ パンフレット.jpg   Papa Wemba TIP001.jpg

「コンゴのシンガー、パパ・ウェンバ死す」。
4月24日、BBCニュースが流した第一報に、えっ!とびっくりして、
あわててネットで情報を探すと、ウェンバがステージで倒れた時の映像が上がっていて、
雷に打たれるような衝撃をおぼえました。

アビジャンで開催されていた、マヌアボ・ミュージック・フェスティヴァルでのステージ。
4曲目が始まったところだったといいます。
まさかステージで倒れて、そのまま逝ってしまうなんて。
プリンスの急死で世界に衝撃が走った矢先、まさかの出来事に、ちょっと茫然自失です。

享年66。
芸能者として、サップールとして、貫きとおした人生といえるのかもしれません。
劇的すぎるその死もまた、ウェンバにとってみれば幸せな最期だったのでしょう。
でも、それを見届けなければならないファンにとっては、
本当にキツイできごとです。

悲しい、なんて言葉ではとても足りない。
とてつもない虚脱感に襲われます。
飛び込んできた訃報を咀嚼することができず、
「カンベンしてくれ」と、正直つぶやいていました。

しばらくして我に返って頭に思い浮かんだのは、
そうか、それじゃ、あの“MAITRE D’ECOLE” が遺作になったのかということ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-08-09
ラスト・アルバムは、ウェンバもすばらしい作品を残せたんですねえ。
不出来な作品が続いた晩年の最後に、パッとひと花咲かせるとは、
ナイジェリアのシキル・アインデ・バリスターと同じになったなあ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-01-15

03年ウェンバ逮捕の前後は、バラツキの激しい粗い作りのアルバムが続き、
もうウェンバもダメかと思ったものでした。
世紀を越えたあたりから、ウェンバの顔付きがどんどん悪くなり、
ホントにマフィアのような悪党面になっていくのが正視に絶えず、
CDを買う気が削がれたものです。これ、音楽家の顔じゃないだろうって。

ウェンバ逮捕のニュースに、裏ビジネスに顔突っ込んでいたのが、
単なるウワサじゃなかったことを知り、正直、音楽家として終わったなと思いました。
だから余計に、自然体で作った“MAITRE D’ECOLE” のポップな大人のルンバ・ロックには、
ウェンバの復活と新境地を実感させ、嬉しかったんですよ。それなのにねえ。

思い起こせば、86年5月に初来日した時の感激、
武蔵野市民文化会館のコンサートもさることながら、
コンサートに先立って吉祥寺東急百貨店の屋上で開かれた、
来日歓迎パーティでの生ウェンバのカンゲキが今も忘れられませんよ。
あの時の青空、今もくっきりと瞼に浮かびます。

さらば、ウェンバ。

[コンサート・パンフレット] パパ・ウェンバ&ビバ・ラ・ムジカ 初来日公演86 武蔵野文化事業団
[LP] Papa Wemba Et L’Orchestre Viva La Musica "LE JEUNE PREMIER" TIP TIP001

アメリカーナ・エレクトロニック・ジャズ ジャーメイオ・ブラウン

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Jaimeo Brown Transcendence  WORK SONGS.jpg

アラン・ローマックスがミシシッピの刑務所パーチマン・ファームで録音した、
囚人たちのワーク・ソングをサンプルしたトラックから始まるアルバム。
ほかにも、ヴァージニアで録られたワーク・ソングをサンプルしたトラックもあり、
タイトルが示すとおり、新たなるスピリチュアル・ジャズの誕生を予感させる作品です。

ジャーメイオ・ブラウンというこの若手ドラマー、これが2作目ということで、
てっきり黒人とばかり思ったんですが、実は白人なんですね、これが。
う~む、これが現在のアメリカのフトコロの深さといえるのかもしれないなあ。
むしろ黒人だと思いこんだぼくの方が、
ポリティカリー・コレクト的にNGな発想というか、視野狭窄でありました。

ポリティカリー・コレクトネスといえば、その行き過ぎが招いた揺り戻しが、
ドナルド・トランプの登場を招いたようにも思えて、暗澹たる気分になりますけれど、
こういう白人が登場したことは希望の光で、アメリカの健全さの一面を見る思いがしますね。

そして、この作品、コンセプト・アルバムにありがちな敷居の高さや、
かつてのスピリチュアル・ジャズにあった、観念的なところがないのもいいですね。
ジャズ、ブルース、ロック、ヒップホップ、エレクトロニクスを横断したサウンドは、
エネルギーに満ちながらも、今の若手ジャズ世代らしいスムーズさがあります。
フリー/コンテンポラリーな手さばきも成熟したということなんでしょうか、
JD・アレン、ジャリール・ショウ、ビッグ・ユキという
骨太な若手ジャズ実力派を揃え、コンセプトによく応えたプレイを繰り広げます。

さらにこの作品の面白さは、黒人労働歌ばかりでなく、日本の仕事唄まで取り上げたこと。
4曲目に山形県民謡の「紅花摘み唄」を、
10曲目に岡山県北木島の作業唄「北木島石切唄」をサンプルしています。
ちなみに、どちらも音源の出所は、スミソニアン・フォークウエイズ盤の
“TRADITIONAL FOLK SONGS OF JAPAN” FW04534 (61)とのこと。

ブラック・スピリチュアルに通じるブルージーな曲に次いで、
いきなりオリエンタルなこぶしが出てくるのには、最初驚かされましたが、
ワーク・ソングのテーマを広く捉えてアジアにまで視座を伸ばし、
柔軟なディレクションを施したその手腕は鮮やかです。
アメリカーナ・エレクトロニック・ジャズとでも呼びたい、
見事なコンセプチュアル・アルバムです。

ちなみに本作のレーベル、マリのアワ・サンゴを出していたところと同じですね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-12-29
ニューヨークのこのレーベル、ちょっと注目したくなりました。

Jaimeo Brown Transcendence "WORK SONGS" Motéma MTACD191 (2016)

エチオピア=ジャマイカ=ヨーロッパ・トライアングルの新たな夜明け ブラック・フラワー

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Black Flower ABYSSINIA AFTERLIFE.jpg

ベルギーって、面白いバンドが出てくるなあ。
ムラトゥ・アスタトゥケのエチオ・ジャズにインスパイアされたバンドの登場です。
ブラック・フラワーは、サックス兼フルート奏者のナタン・ダムスをリーダーに、
コルネット兼アルト・ホルン、ドラムス、ベース、キーボードの5人組。
一昨年に出ていた本作がデビュー作だそうです。

エチオ・ジャズをベースに、アフロビートにグナーワなどもミックスしていて、
同じベルギー出身のシンク・オヴ・ワンにも通じる音楽性を聞かせます。
じっさいコルネットのジョン・バードソングは、シンク・オヴ・ワンでプレイしていたことがあるとのこと。
メンバーの来歴を見ると、このバンドの音楽性がよくわかります。

リーダーのナタン・ダムスとベースのフィリップ・ヴァンデブリルは、
アントワープ・ジプシー・スカ・オーケストラの出身で、ベースのフィリップは、
コチャニ・オルケスタルやマルコ・マルコヴィッチのほか、リー・ペリーとも共演歴があるとのこと。
シモン・セゲルスは、マーク・リボーと共演歴があるジャズ・ロック・ドラマーで、
ゲスト参加のギターのスモーキー・ホーメルは、ベックやトム・ウェイツのバックを務めた人です。

象のいななきを模したアルト・ホルンが咆哮するエネルギッシュなトラックから、
エチオピア正教会のスピリチュアルな雰囲気を醸し出す静謐なトラックまで、
適度にラフでダイナミクスを活かしたミックスによって、ヌケのいいサウンドが繰り広げられます。

ラストのナタンがサックスとメロディカを持ち替えて吹くタイトル曲では、
ムラトゥ・アスタトゥケのエチオ・ジャズとオーガスタス・パブロのダブが交叉する、
ミスティックなオリエンタル・ムードがいっぱい。
アビシニアを夢見たラスタファリアンという構図を、
ヨーロッパの視点から再構築したとでもいうべき演奏じゃないでしょうか。
エチオピア=ジャマイカ=ヨーロッパ・トライアングルの新たな夜明けと呼びたい、
秀逸なトラックです。

Black Flower "ABYSSINIA AFTERLIFE" Zephyrus ZEP020 (2014)

さりげない感傷 李婭莎

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李婭莎 一個人,唱情歌.jpg

久しぶりに中国系の女性歌手に蕩けました。
その繊細な歌いぶり、かすかに幼さを残したひそやかな歌い口に、
胸の動悸がとまらなくなって、困っちゃいましたよ。

台湾で活躍する大陸出身のリー・ヤシャーの3作目にあたる13年作。
上海生まれの大陸の女性歌手が台湾でデビューする、しかも台湾語でって、
非常にビミョーというか、いや、むしろ意志のある立ち位置とも思えますが、
台湾のグラミー賞ともいえる金曲獎で、
13年に最優秀女性歌手賞を受賞している人だそうです。

感傷的なメロディを慈しむように丁寧に歌う、静かなたたずまいに惹かれます。
歌唱の表現はけっして過剰になることがなく、抑制されているので、
すがるような歌いぶりをしても、うっとうしくならないんですね。
タメ息をもらすような歌い口にわざとらしさがなく、下品にならない。
ふんわり舞う声が、風にのってゆらめく紫煙のようです。

そんなリー・ヤシャーのヴォーカルを優しく包むプロダクションが、また見事。
ゴージャスなストリングス・オーケストラを使いながら、
歌のかなり後方で静かに鳴らすミックスにしていて、
歌を引き立てることに、細やかな神経を配っているのを感じます。

アクースティック・ギターの後ろで、ひっそりと胡弓と鼓を鳴らして、
ほのかな中華風情を香らせてみたり、
スウィング・ビートにのせたオーケストラ・アレンジの曲で、
曲中でリズムを何度もチェンジさせるアイディアなど、歌伴に徹しながらも、
耳残りする場面をいくつもしっかりと残すところは、見事なディレクションといえます。

クレジットを見ると、各曲アレンジャーが異なっていて、それでこの統一感はスゴイな。
あれっと思ったのは、菊田俊介が作編曲をやっている曲があったこと。
アメリカのチタリン・サーキットで活躍するブルース・ギタリストと思っていたら、
こんな仕事もしてたんですねえ。
蕩けるようなブルージーなギター・ソロを披露してますよ。

すっかり気に入って、リー・ヤシャーのほかのアルバムも試聴してみましたが、
本作がいちばん抑制の利いた歌いぶりとなっているようです。
個人的には大判の写真集だけが余計でしたが、中年男性の夜のお友に最適です。

李婭莎 「一個人,唱情歌」 滾石 RD1972 (2013)

イングランド魂を伝えて フェイ・ヒールド

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Fay Hield  OLD ADAM.jpg

北イングランド、キースリー出身のトラッド・シンガー、フェイ・ヒールドの新作。
4人組ア・カペラ・グループ、ウィッチーズ・オヴ・エルスウィックのメンバーだった人ですね。
フィドル奏者のジョン・ボーデンと結婚して出産するまでの間、音楽活動を中断していましたが、
10年にソロ・デビューして、これが4作目。
彼女の最高作に仕上がったといえるんじゃないでしょうか。

ジャケットの表紙写真からして、これまでのアルバムとは雰囲気が違いますよね。
3つ折となったペイパー・フォルダーを開けると、さらに素晴らしいアートワークが。
歌詞カードの写真も、イマジネイティヴに富んだシチュエイションで撮影されていて、
このアルバムにかけるフェイの意気込みが伝わってくるかのようです。

早速CDをトレイにのせると、のっけから太いばちで叩かれる太鼓の低音に、
唸りを上げるウッド・ベースがからんできて、腹にずしりとくる響きに驚かされます。
イングランド・トラッド/フォークの定型に安住しない、アイディアに富んだサウンドづくりは、
サム・リー登場以降の良い傾向ですね。

ハリケーン・パーティを名乗るフェイのバック・バンドには、若干のメンバー異動があり、
今作ではご主人のジョン・ボーデンはゲスト扱いとなり、フィドルのサム・スウィーニー、
コンサーティーナのロブ・ハーブロン、ギター兼バンジョー兼フィドルのロジャー・ウィルソン、
ベースのベン・ニコルス、パーカッションのトビー・カーニーの5人となっています。
ゲストに、ヴェテランのマーティン・シンプソンも加わっています。
今回の最大の立役者は、新メンバーのトビー・カーニーとベン・ニコルスの二人ですね。

レパートリーは、伝統詩にフェイやジョンが曲を付けたもの。
1曲だけ、トム・ウェイツの93年作“The Briar and The Rose” を歌っているのは、
どういう趣向なのかよくわかりませんが、他の曲と違和感なく収まっています。
甘さを排した武骨さのある歌い口にはイングランド魂がこもっていて、
バラッドやソングを歌うのに、これほどふさわしいものはありません。

Fay Hield "OLD ADAM" Fayhield SOPO5003 (2016)

21世紀のテレコ・テコ トゥコ・ペレグリーノ

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Tuco Pellegrino.jpg

リオの路面電車の運転手を、後ろから臨んだモノクローム写真。
これ見て『黒いオルフェ』を思い出すなんて、年寄りの証拠かなあ。
(* 主人公のオルフェはリオ市電の運転手)

中学1年生の時、映画好きの同級生に誘われて、
有楽町の名画座で『黒いオルフェ』を観た時のカンゲキが、いまも忘れられません。
あの映画のおかげで、本当の恋をしたら死ななきゃならんのかと曲解したんだけど、
同じように思い込んだ人が、ほかにもいることをあとで知って、
自分だけじゃなかったのかと、少し安心したりして。

なんの話だっけ。
えぇっと、トゥコ・ペレグリーノというサンビスタのアルバムでした。
若いのに、戦前のサンバを思わすメロディを書ける人で、
聴いてて涙が出てきそうな箇所、多数。グッときますねえ。
10年デビューという新人なのに、なんでこんな味わいを出せるんでしょうか。
カリオカの下町サンバの伝統としかいえませんな。
シロ・モンテイロに通じるテレコ・テコのセンスを持った若手ですよ。

トロンボーンとトランペットがノエール・ローザの時代のサンバの響きを醸し出す曲あり、
そういう曲ではトゥコの歌い口に芝居っけがあって、楽しくなります。
そして嬉しかったのが、ひさしぶりにモナルコの元気な声が聞けたこと。
ヴェーリャ・グアルダ・ダ・ポルテイラのメンバーとともにゲストで1曲歌っています。
さらにもう一人、ポルテイラ関係では、昨年88歳で亡くなった老サンビスタ、
ヴァルジール59と歌っている1曲があるのには、びっくりしました。
これは、ヴァルジール59の最後の録音になったんじゃないでしょうか。

特にノスタルジックなサンバを演出しているわけではなく、
本人はいつも通りのサンバを歌っていながら、
古き良きサンバの味がにじみ出てくる本作、サンバ・ファンの涙腺うるませること必至です。

Tuco Pellegrino "NA CONTRAMÃO DO PROGRESSO" no label no number (2016)

70年代MPBふたたび ブルノ・バレート

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Bruno Barreto.jpg

フィロー・マシャードを思わせる1曲目で、ぎゅっと胸をつかまれました。
続く2曲目も、柔らかなサウンドに甘いメロディで、
もっとも良質の70年代MPBを聴くかのよう。この2曲ですっかりマイってしまいました。
本作の主役ブルノ・バレートは、83年ニテロイ生まれの若きパーカッショニスト。
テレーザ・クリスチーナのグルーポ・セメンチのメンバーで、
これがソロ・デビュー作だそうです。

そのテレーザ・クリスチーナとグルーポ・セメンチに
アルリンド・クルスをゲストに迎えたサンバあり、
オス・チンコアス(懐かしい!)の曲にアダプトしたサンバ・ソウルでは、
サンドラ・ジ・サーがゲストで歌っています。

アルバムを通して印象的なのは、
オシュン、イエマンジャー、オシュマレー、シャンゴー、ナナンなど、
カンドンブレの神々を歌った曲がとても多いこと。
一聴して70年代MPBを思わせたのも、
アフロ・ルーツを見直し、バイーアへ注目が集まった
70年代のMPBに作風が似ているからなんですね。

そういえば、最近はこういうカンドンブレにまつわる曲が、
MPB周辺から聞かれなくなりましたね。なんでだろ。
ブルノくんがパーカッショニストだからなのか、
北東部のマラカトゥも取り上げていて、レパートリーはとてもカラフルです。

アレンジは、パゴージ・ジャズ・サルディーニャ・クラブで
サックスとフルートを担当するエドゥアルド・ネヴィス。
最近MPB作品で活躍している俊英で、アコーディオンの起用が成功しています。
アフロ・ルーツも交えたメロディアスなメロウ・サンバのMPB、嬉しいですね。

Bruno Barreto "ORIGEM" no label no number (2015)

イベリアン・パーカッション・オーケストラ コエトゥス

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Coetus ENTRE TIERRAS.jpg

パーカッション・ミュージック・ファンにはたまらない、スペインのグループを見つけました。
といっても、スペイン音楽ファンならとっくにご存知でしょうけれど、
初のイベリアン・パーカッション・オーケストラを自称するという、コエトゥス。
スペインのタンバリン、パンデレータをはじめ、
イベリア半島各地のパーカッションを総合化しようという野心的な試みのもと、
アレイクス・トビアスが編成したオーケストラで、
12年の2作目を聴いて、すっかりファンになりました。

アレイクス・トビアスは、カタルーニャ民謡を現代化するグループ、
チャルパのパーカッショニストとして知られていますけれど、
自身が率いる20名近いメンバーを擁するオーケストラでは、
カタルーニャにとどまらず、イベリア半島全域を見据えたところが大胆です。

ライナーの歌詞カードには、各曲小さなスペインの地図が書かれていて、
その曲が歌われている地域に赤丸が付けられているんですが、
それを見ると、イベリア半島の各地から伝承曲が選ばれていることがわかります。
イベリア半島から遠くカナリア諸島の歌もあれば、
イベリア半島以外では、ベネズエラのシモン・ディアスの曲も取り上げられています。

演奏は、腹に響く重低音のパーカッションを押し出しながら、
伝承曲ごとにカラフルな伴奏が付けられています。
カタルーニャのダンス・チューン、サルダーナでは、ダブル・リードのティブレとテノーラが使われ、
ノイジーなビリビリ音で気分を盛り上げるほか、シンティールやベンディールをフィーチャーした
マグレブ・アラブ色濃厚な曲もありますよ。
鳥の音や風のざわめきなどの効果音を打楽器で出したりと、
演奏の手法はフォークロアな作法に従ったオーセンティックなものではなく、
イマジネイションに富んだアイディアがふんだんに使われているところに感心しました。

またフィーチャーされているシンガーが魅力的で、
ジュディット・ネッデルマンという若い女性シンガーにホレました。
太鼓の響きを浴びて、透き通る清涼感あふれる声が、まばゆいですね。
今話題のシルビア・ペレス・クルースも1曲参加しているんですが、
ぼくはジュデイットの方に、好感を持ちました。
一方、ヴェテランのトラッド・シンガーのエリセオ・パラは、安定感のある歌声を聞かせていて、
太鼓中心ではない、歌ものとしての伝承曲の魅力を全開にしています。

Coetus "ENTRE TIERRAS" Temps TR1284GE12 (2012)

恋物語歌い レー・クエン

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Lệ Quyên & Thái Thịnh  CÒN TRONG KỶ NIỆM.jpg

んも~、ホメちぎるヴォキャブラリーを使い果たしちゃって、なんも言えませんよ。
ティナリウェンとこの人くらいじゃないかなあ、そんな感想を持つのは。
ヴェトナムが生んだ世界最高のバラディアー(おぉ、そこまで言い切るか、自分)、
レー・クエンの新作です。ヴェトナムで3月に発売され、届くのを楽しみにしておりました。

今回も、前作“KHÚC TÌNH XƯA 3 : ĐÊM TÂM SỰ” 同様、
ホルダーケース仕様の豪華パッケージの中に、
歌詞カードが美麗フォトカードと裏表になって9枚入っておりますよ。
艶やかなレー・クエンのお姿、お目にかけましょうね。

Lệ Quyên 2016.jpg

ここのところ、ヴォトナム戦争前のヒット曲や作曲家の作品を
取り上げる企画が続いていたレー・クエンですけれど、
新作は現代の作曲家とコラボレートしたアルバムとなりました。
共同名義となっているタイ・ティンがその人で、ゼロ年代から頭角を現している作曲家とのこと。
ロマンティックなラヴ・バラードを書く人で、
その古風な作風は、レー・クエンが歌うのにハマリ役といえます。

ヴェトナムでボレーロと表現されるドラマティックなバラードを中心に、
タンゴにアレンジした曲や、伝統歌謡のメロディを取り入れた曲もあるなど、
その仕上がりは、ノスタルジック路線のアルバムと変わらぬ内容になっています。
すでにレー・クエンは、昔の曲も今の曲も同じように歌いこなすことができて、
古い曲に新たな息吹をもたらすバラード表現が完成しているんですね。
アルバム制作面でも、ヴェッタン・スタジオの優秀な伴奏陣によるプロダクションは
今回もスキがなく、文句なしの充実作となっています。

ヴェトナムでボレーロと表現されるドラマティックなバラードを中心に、
タンゴにアレンジした曲や、伝統歌謡のメロディを取り入れた曲もあるなど、
その仕上がりは、ノスタルジック路線のアルバムと変わらぬ内容になっています。
すでにレー・クエンは、昔の曲も今の曲も同じように歌いこなすことができて、
古い曲に新たな息吹をもたらすバラード表現が完成しているんですね。
アルバム制作面でも、ヴェッタン・スタジオの優秀な伴奏陣によるプロダクションは
今回もスキがなく、文句なしの充実作となっています。

恋愛を歌う女性歌手は、世界に星の数ほどいても、その多くが恋愛を「説明」するばかりで、
「物語」にして歌える歌手は、ほんの一握りしかいません。
多くの凡庸な歌い手は、恋につまらない具体性を持ち出して、
ラヴ・ソングのスケール感を小さく、貧相にしていまいます。
才能のある歌い手は、恋模様を現実の実感で語るのでなく、
普遍の物語に膨らませて歌う術を知っています。

「電話帳を歌っても感動するだろう」と表現されたのは、エディット・ピアフでしたけれど、
レー・クエンもまさにそれと肩を並べるクラスの歌手になったことを、
わずかな息づかいまでもコントロールしつくしたその歌いぶりに実感します。

Lệ Quyên & Thái Thịnh "CÒN TRONG KỶ NIỆM" Viettan Studio no number (2016)

王道シャバービの特選幕の内弁当 ナワール・エル・ズグビー

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Nawal El Zoghbi  MESH MESAMHA.jpg

最近、アラブのポップス、聴いてないなあ。
王道のシャバービで、なんかいいのないかしらんと思い立ち、
近作のカタログを検索してたら、
ナワール・エル・ズグビーの新作が出ていることに気づきました。

レバノンのスーパー・スター、ナワールのアルバムも、
そういえばここ十年くらい聴いてないなあなんて思っていたら、
なんと棚に、ちゃんと11年の前作があって、あらららら。
あれぇ、これ、買ったんだっけか。ぜんぜん覚えてないや。

いけませんねえ。ロクに聴かず棚に突っ込んっじゃったのか。
離婚して心機一転(?)、長年在籍していたロターナから、
レバノンのメロディ・ミュージックに移籍したのが、この11年の前作でしたよね。
あれから4年、またもレコード会社を移籍し、今度はエジプトのマジカからのリリースです。
なんか最近、マジカに大物がゾクゾクと集まってきますね。
ロターナはすっかり影が薄くなって、レーベルの栄華盛衰を見る思いがします。

で、ナワールの新作なんですが、さすがはヴェテラン、きっちり仕上げてますねえ。
これぞ王道シャバービといえるダンサブルなナンバーから、アラブ色を生かしたナンバー、
ハリージやダブケなど地方民俗色も織り交ぜながら、
アラビアン・ポップの美味しいところをきちっと取り揃えた、特選幕の内弁当。

打ち込みがうるさくないアダルト向け仕様のサウンドも好ましく、
過度に洗練されずぎず、適度に下世話なちゃかぽこなプロダクションを施す中道ぶりは、
さすがトップ・セールスを誇る製作陣の手腕が光りますねえ。いい仕事してます。
クセのないナワールの歌も、さらっと歌っているようで、さりげないコブシ使いは巧みです。
楽曲も粒揃い、ナワールの美貌満載のジャケットにブックレットと、カンペキです。

Nawal El Zoghbi "MESH MESAMHA" Mazika MAZCD253 (2015)
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