レゾナンス・レコーズを筆頭に、ジャズの未発表音源の発掘が
盛んになっていますけれど、どうもぼく好みの人が登場してくれないんですよねえ。
まあ、シュミが偏っているのは自他とも認めるところなので、いかんともしがたいんですが。
でも、たまには天からの贈り物が届けられることもあるのです。
それがこの、ハサーン・イブン・アリ。
マックス・ローチに認められ、
65年にアトランティックからアルバム1枚を出して好評を得、
すぐさま同じ年の8月と9月の2日間で次のレコーディングを終えるも、
麻薬所持によって投獄されてしまい、2作目はお蔵入りとなり、
シーンから消えてしまったピアニストです。
その後78年のアトランティック社の倉庫火災によって、
2作目のマスターも焼失してしまい、復刻は絶望視されていたんですが、
このほどマスターのコピーが見つかり、
半世紀の時を経て、ついに日の目を見ることになったのでした。
好きなんだなあ、ハサーン・イブン・アリのピアノ。
エルモ・ホープから強い影響を受けたというのがまるわかりの、垂直系ピアノ。
垂直系ピアノというのは、村井康司さんが命名した造語で、
左手でゴンゴンとリズムを鳴らし、
右手もゴツゴツと引っかかりのある運指で鳴らすピアノのこと。
バド・パウエル以降主流となった、水平系ピアノに対して、
デューク・エリントンからセロニアス・モンクを経てセシル・テイラーへと繋がる、
オルタナティヴな存在だったジャズ・ピアノの系譜を命名したものです。
ハービー・ニコルズやアンドリュー・ヒルあたりも、この系譜のピアニストですよね。
これまでこうしたタイプのピアニストをひっくるめた表現がなかっただけに、
村井さんが「垂直系ピアノ」と形容したのには、思わずヒザを打ったもんです。
で、ぼくが好きなのは、断然こっちのタイプなんですよ。
ハサーン・イブン・アリの第2作は、トリオ編成だった第1作と変わって、カルテット編成。
ベースは、1作目同様アート・デイヴィス、ドラムスはマックス・ローチから、
ザ・スリー・サウンズのカリル・マディに交代し、
サックスにオディアン・ポープが参加しています。
本作のオドロキは、このオディアン・ポープの参加。
82年になってようやくソロ・デビュー作を出した遅咲きのオディアン・ポープについては、
だいぶ昔に記事を書いたとおり、大ファンなのであります。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2010-03-01
そのポープの若き日のプレイが聞けるのだから、こりゃあ嬉しいですねえ。
なんでもポープは、ハサーンの家に何度も通っては、
一緒に練習していた仲だったそうです。
二人とも実家がノース・フィラデルフィアにあり、
ベニー・ゴルソンやソニー・フォーチュン、リー・モーガンなど、
近所に多くのジャズ・プレイヤーが住んでいたんですって。
本作は当時26歳のポープにとって、初録音となったんですね。
このアルバムも第1作同様全曲ハサーンのオリジナル。
タイトル曲‘Metaphysics’ がハービー・ニコルズを彷彿とさせる作風で、
垂直系ピアノの資質を如何なく発揮しています。
独特のタイム感覚や調性が安定と不安定を行き来する展開に対して、
明瞭なラインで巧みに補っていくポープのプレイが絶妙というほかありません。
時に両者は、異なるリズムでぶつかり合うスリリングな場面もあり、ドキドキしますよ。
半世紀も前の演奏が、こんなにスリリングでいいのか!と破顔しちゃうじゃないですか。
Hassan Ibn Ali "METAPHYSICS: THE LOST ATLANTIC ALBUM" Omnivore Recordings OVCD411