『ウクライナのリラ』という英文タイトルが書かれているものの、
ジャケットに写る男性が抱えているのは、どう見てもハーディ・ガーディ。
ウクライナでは、この楽器をリラと呼ぶの?
楽器分類からすると、ずいぶんと悩ましい命名をしたもんだなあ。
西ヨーロッパで発達したハーディ・ガーディが東へと伝播して、
ウクライナではリラと呼ばれていたことを、遅まきながら知りました。
リラを演奏していたのは、盲目の辻音楽師リルニクたちで、
リルニクはさだめし、琵琶法師やミンストレルといったところでしょうか。
リラは、バグパイプ同様、ドローンを伴うノイジーな楽器。
当方が好物とするタイプの楽器とはいえ、
ハーディ・ガーディの独奏アルバムは、
学生時代に図書館で借りたレコードぐらいしか知らず、
リラの完全独奏が聞けるとは、貴重ですよねえ。
99年にポーランドで出たCDで、どこからか掘り出されて日本に入ってきたようですが、
ざらっとしたボール紙製の三つ折りパッケージは手作りぽく、温かみがありますね。
パッケージ内側の2面に、ウクライナ語と英語のブックレットがそれぞれ貼り付けてあり、
中央の袋にCDが収められています。
リラを弾くミハイロ・ハイは、
46年ポーランド国境近いウクライナ西部リヴイウ州出身の民族音楽学者とのこと。
学者さんらしからぬ堂々とした歌いっぷりで、
横隔膜を広げた豊かな声量を駆使したダイナミックな表現から、
哀切を表わす細やかさまでみせる、高い歌唱力の持ち主です。
かつてリルニクたちは、リラを演奏しながら、ドゥーマという叙事詩を歌っていたそうです。
ドゥーマはトルバドールが歌ったバラッドと同じで、悲劇的な内容のものが多く、
このCDでは賛美歌やコサックの歌など、さまざまなレパートリーに交じって、
ドゥーマを2曲聴くことができます。そのうち最後に収録されたドゥーマは、
リラではなく、ウクライナの民俗楽器バンドゥーラを伴奏に歌われています。
ウクライナの歴史を少し調べてみたところ、
リルニクやバンドゥーラ弾きの辻音楽師コブツァーリたちは、
1930年代のスターリンの大粛清によって徹底的な弾圧を受け、
組織的に大量殺戮されていたというではありませんか。
ナチスがジプシーを迫害したのと、同じことが起きていたんですね。
コブツァーリには、生粋の盲目の辻音楽師ばかりでなく、
ウクライナ独立戦争(1918-1919)を支援した大衆や知識人が多くいたことから、
反ソビエトの象徴のように扱われ、コブツァーリの音楽文化を根絶やしにするまで
皆殺しにするという、ナチスのホロコーストに匹敵する残虐非道が繰り返されたのでした。
コブツァーリを育ててきた同胞団(ギルド)も30年代半ばには崩壊し、
その音楽は死に絶えます。
ソ連時代は、ソ連化したレパートリーに制限するなど、
厳しい検閲のもとでバンドゥーラの演奏が許されてきましたが、
70年代後半になってキエフ音楽院をはじめとして、
バンドゥーラとその音楽の再興の気運が高まり、楽器製造も盛んとなって、
ウクライナの民俗オペラなどに広く登場するようになったそうです。
どんな残忍な民族浄化によっても、けっして音楽を圧殺することができないことは、
ウクライナばかりでなく、カンボジア音楽も証明していますね。
このCDをきっかけに、いろいろなことを知ることができて、大事な一枚となりました。
Myhailo Hai "UKRAINIAN LIRA" Koka 031CD5 (1999)