バイーア・ポップの名作が予期せぬ形でCD化。
オス・チンコアスは、バイーア、カチョエイラ出身のヴォーカル・グループ。
カンドンブレ由来の曲を、美しいハーモニー・コーラスで歌うという、
ユニークな個性を持ったグループで、
あとにもさきにも、彼らのようなグループが現れることはありませんでした。
彼らがもっとも輝いていた、70年のオデオン盤“OS TINCOÃS”、
73年のRCA盤“O AFRICANTO DOS TINCOÃS”、77年のRCA盤“OS TINCOÃS” の3作が、
まとめて本の付属CDとしてCD化されたのだから、これは快挙です。
このうちオデオン盤だけ、大昔に一度CD化されたことがありますけれど、
RCA盤の2作は今回が初CD化。とりわけ彼らの最高作で、
『アフロ・ブラジルの風』のタイトルで日本盤が出たこともある77年作が
ようやくCD化されたのは、個人的にも感慨深いものがあります。
今回初めて日本に入荷したこの本は、3000部限定で、4年前に出版されていたんですね。
マルチーニョ・ダ・ヴィラ、カルリーニョス・ブラウンなどのミュージシャンに、
プロデューサー、ジャーナリスト、研究者によるテキストや、
74歳となったメンバーのマテウス・アレルイアの証言、
歴史的な写真や新聞記事に、この本のために撮り下ろされた写真で構成されています。
ギターにパーカッションというシンプルな伴奏で、
整った美しいハーモニー・コーラスを聞かせる
オス・チンコアスの音楽性は、70年のオデオン盤ですでに完成しています。
73年・77年のRCA盤では、ベースを加えて骨太なラインを強調しつつ、
キーボードやシンセを控えめに導入しています。
さらに、女性コーラスを加えてヴォーカル・ハーモニーを豊かにし、
管楽器を効果的にフィーチャーするなど、アレンジに工夫が凝らされ、
彼らの音楽をポップに磨き上げています。
そうした工夫がもっとも完成度高く実を結んだのが77年作で、
このアルバムからシングル・カットされた‘Cordeiro De Nanã’ は、
のちにジョアン・ジルベルトがマリア・ベターニャ、カエターノ・ヴェローゾ、
ジルベルト・ジルと、81年のアルバム“BRASIL” で歌ったことでも話題となりました。
ジャケットのメンバーのヴィジュアルや、
カンドンブレから想起されるアフロ的イメージのせいで、日本盤が出た当時は、
アフリカ回帰の文脈でもっぱら語られていた気がするんですけれど、
正直、当時の評価は、ぜ~んぶマト外れでしたね。
カンドンブレの音楽を知る人なら、
オス・チンコアスの音楽とは、まるで別物であることは、すぐにわかるでしょう。
フォークロアなアフロ・ブラジリアン音楽は、ユニゾン・コーラスがデフォルトで、
あんなヨーロッパ的で、きれいなハーモニーがあるわけないじゃないですか。
オス・チンコアスのユニークな個性は、カンドンブレのリズムで
オリシャ(神々)にまつわる歌詞を歌いながら、
メロディやハーモニーは、カトリックの聖歌隊の音楽だったという点です。
彼らの音楽の真骨頂は、シンクレティズムの発揮にあったんですよ。
それを指摘できた人は、当時ひとりもいませんでしたよね。
あとで知ったことですが、オス・チンコアスの出身地カチョエイラには、
バイーア州で2番目の大きさのバロック建築群が遺されているのだそうです。
そうしたポルトガル風の教会に、
カンドンブレが行われるテレイロ(祭儀場)が共存する環境で、
グレゴリオ聖歌とカンドンブレの神歌が長い歳月をかけて交わっていった歴史を、
オス・チンコアスは見事に体現していたんですね。
その後メンバーのマテウス・アレルイアは、83年にアンゴラのルアンダを訪問し、
アンゴラにみずからのルーツを見出し、アンゴラ政府の文化調査プロジェクトに参加します。
その結果、研究のために長期に渡ってアンゴラに滞在し、
02年になってようやくブラジルへ帰国。10年に初ソロ作を出しますが、
そこではアフロ系ルーツをディープに追った音楽性に変わり、
オス・チンコアス時代のヨーロッパ成分はすっかり失われていました。
こうした例は、彼らばかりではないですね。
時代が下るほど、アフロ系音楽ばかりに焦点が集まるようになり、
文化混淆された音楽からヨーロッパ成分が失われる傾向は、他の地域でもみられます。
たとえば、フレンチ・カリブのアンティーユ音楽も、
ビギン・ジャズから、カリビアン・ジャズと呼称が変わるにつれ、
ビギンやマズルカなどのヨーロッパ由来の音楽の出番が減り、
ベレやグウォ・カなどのアフロ系音楽に傾くのは、
この地域の音楽の芳醇さをみすみす失うようで、気がかりです。
バイーア音楽の本質は、黒いカトリックにあり。
ひさしぶりに、オス・チンコアスのCD化によって、
シンクレティズムの魅力を再認識させられました。
彼らのような音楽性を発揮する音楽家がいま不在なのは、まことに残念です。
[CD Book] "NÕS, OS TINCOÃS" Sanzala Artística (2017)