立秋を過ぎ、残暑の気配を感じられる頃になると、
毎年聴き始める、南佳孝の『SOUTH OF THE BORDER』。
40年以上も変わることのない、生涯の晩夏の定盤であります。
今年も、仕事帰りのウォーキングで汗を流しながら、聴いているのでありました。
このレコードが出たのは、大学2年の後期が始まった、たしか9月のこと。
先行シングルの「日付変更線/プールサイド」を聴いて、
アルバムを心待ちにしてたんでした。
7月21日に発売されたそのシングルは、
レコーディングを終えた後に買いに行ったから、
いまだにその日付をちゃんと記憶してますよ。
レコーディングってなんのこと?と思われるでしょうが、
まあ、そこは軽く受け流してくださいな。
前作の『忘れられた夏』では、まだ未完成だった南佳孝の世界観を、
当時気鋭の若手アレンジャーだった坂本龍一という才能を得て、
一気に拡張することに成功したアルバムでした。
『摩天楼のヒロイン』のノスタルジック路線とはまた意匠を変え、
南独自の虚構の歌世界を完成させた最高傑作です。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2014-11-19
ぼくは、いまでも本作が、日本のポップスの金字塔であると確信しています。
生涯再生回数だって、ダントツのアルバムであることは間違いないし。
来生えつこ、三浦徳子、松任谷由実たちがペンをふるった
短編小説のような歌詞は、日本ではない、どこか仮想の国を舞台としていて、
まるで外国映画を観ているような映像が立ち上ってきます。
そのスクリーンに繰り広げられるロマンティシズムとダンディズムは、
日本のポップスとは思えぬ洋楽的洒脱さに溢れていたのでした。
のちに、「モンロー・ウォーク」(79)や
「スローなブギにしてくれ」(81)というヒット曲によって、
南の音楽は大衆化し、シティ・ポップの旗手扱いされますけれど、
そうしたヒット曲にありがちな俗受けする野暮ったさは、
『SOUTH OF THE BORDER』にはみじんもありませんでした。
池田満寿夫のリトグラフをジャケットに選んだのも、この名盤にふさわしく、
どこまでも上質で、気品とも呼べる風格が、このアルバムには備わっています。
細野晴臣のスティール・ドラム、佐藤博のラテン・ピアノ、南佳孝のカリンバが、
幻想の熱帯を演出し、サンバやボサ・ノーヴァ、ボレーロを援用して、
仮想のトロピカル・ミュージックを組み立てた坂本龍一のアレンジは、
細野晴臣の『泰安洋行』のサウンド・プロダクションをホウフツさせます。
どれだけスコアを書いたのか、若き日の坂本の凄まじい熱気が伝わってくるかのようです。
40年以上聴き続けていても、いまだに感服してしまうのが、
アルバム・ラストの「終末(おわり)のサンバ」のコーダ部で、
坂本が施した弦楽オーケストラの編曲。
このオーケストレーションは、坂本龍一のベスト・ワークの一つじゃないですかね。
メロディ・メイカーとして、南が群を抜く才能であることは言うまでもないですけれど、
クルーナー・ヴォイスも、ちょっとフラットする音程にめちゃくちゃ色気があって、
誰にもマネのできない個性ですよね。
生涯聴き続けても、けっして色褪せることなく、
聴くたびにその世界に没入して官能を呼び覚ます、永遠の名作です。
南佳孝 「SOUTH OF THE BORDER」 GT MHC7 30006 (1978)