レトロタンの3番は、ディディエ・ボスコ・ムウェンダ。
52年にヒュー・トレイシーが見出し、名曲‘Masannga’ でアフリカのギター史に
その名を残したギタリスト、ジャン・ボスコ・ムウェンダの息子です。
ジャン・ボスコ・ムウェンダは、カタンガ地方に広まっていたギター奏法を発展させ、
東アフリカでドライ・ギターと称されるギター・スタイルを確立したパイオニアです。
そのジャン・ボスコ・ムウェンダの息子で、幼い頃からギターを父に習い、
父のギター・スタイルを継承したディディエ・ボスコ・ムウェンダは、
ドイツ人研究者ローズマリー・ユガルトが12年に書いた、
ジャン・ボスコ・ムウェンダの研究書でその名は知っていたものの、
音を聴くのは、これが初めてですね。
レトロタンのサイトによると、騒乱と暴力のるつぼとなっていた故郷のルブンバシでは、
将来がないと考えたディディエは、スワヒリ語が堪能だったことから
平和なタンザニアで音楽活動をしようと決心し、
96年にダル・エス・サラームへ出てきたのでした。
そして、当時駆け出しのレーベルだったレトロタンと契約し、カセットをリリースします。
“BUMBULAKO” のタイトルで96年に出たカセットをリイシューしたのが本作です。
ダル・エス・サラームにやってきて、廃車の中で寝泊まりした曲など、
社会の片隅で生きていくことを余儀なくされている人々の苦悩を、
ディディエは歌います。本作は、ディディエが弾くギターのみの弾き語りで、
ファンタ瓶などの小物打楽器の伴奏もない、とてもシンプルなもの。
驚いたのは、ジャン・ボスコ・ムウェンダと瓜二つなこと。
いやあ、声までそっくりじゃないですか。
ディディエはを父の遺志を継いて、父のギター・スタイルを継承しようと
研鑽を重ねてきたといいます。それがよくわかる10曲で、
カタンガのギター・スタイルに共通する
ヴォーカルとギターの平行三度のハーモニーが味わえ、
まるでジャン・ボスコの新曲を聴くかのような気分になります。
本リイシュー作に“LOST IN DAR” というタイトルを付けたのは、
その後ディディエはダル・エス・サラームからこつぜんと姿を消してしまったからで、
再び連絡がとれることを願っているとサイトには書かれています。
しかし、残念ながら、ディディエはすでにこの世にいません。
冒頭にふれたローズマリー・ユガルトの研究書“Masanga Njia - Crossroads” は、
ディディエから多くの資料提供やインタヴューを受けてまとめられており、
ディディエが09年6月2日に、34歳の若さで突然亡くなったと書かれています。
父ジャン・ボスコと交流のあった民族音楽学者のゲルハルト・クービックからも、
ディディエには父に劣らぬ才能があると評価されたものの、
父が活躍した50年代と、時代はあまりに違いすぎました。
残念ながら、父に匹敵する人気を獲得するにはほど遠いまま、
亡くなってしまいましたけれど、ジャン・ボスコ・ムウェンダの
ハイブリッドなギターのスゴさを知るファンには、ぜひ聴いてもらいたいですね。
Didier Bosco Mwenda "LOST IN DAR" RetroTan RT003