エチオピア北部ティグレ州で続く政府軍とティグレ人民解放戦線(TPLF)の内戦により、
11月3日エチオピア政府は、ついに非常事態を宣言。
南進するTPLFに備え、アディス・アベバでは当局が市民に対し、
保有している武器を届け出て自衛に備えよと呼びかける、緊迫した状況に陥りました。
ちょうどその二日前、エチオピアのお店にオーダーしたばかりで、
あちゃあ、これじゃあ、お店は閉まっちゃうんだろうなあ、と思っていたら、
「11月4日14時42分 発送済」のメールが送られてくるじゃないですか!
えぇっ? 大丈夫なの?と驚いたんですが、荷は無事に到着しました。
そんな非常事態下のエチオピアから届いたのは、ゴスペルの近作。
エチオピアン・ゴスペルは、アメリカのコンテンポラリー・ゴスペル同様、
聖か俗かという歌詞の違いだけで、音楽はエチオピアン・ポップとなんら変わりありません。
俗にゴスペルといいますが、正確には福音派プロテスタント、ペンテコステ派の音楽で、
正直ここのところずっと敬遠していた分野であります。
というのも、エチオピアン・ゴスペルは、おしなべて薄口の歌手ばかり。
ウチコミ中心の低予算のプロダクションは聴きどころも乏しく、
4・5年前に買った10枚近くのゴスペル・アルバムも、ほとんどを売ってしまったくらい。
なので、ゴスペルはもういいやと思っていたんですが、
最近はプロダクションがぐんと向上したというので、手を伸ばした次第。
で、届いた近作のいずれも高水準なのに驚いたんですが、
なかでもベストの出来だったのが、リリィ・カルキダン・ティラフンの新作。
リズム・セクションは打ち込みでなく、人力。
シンセやピアノをレイヤーした鍵盤奏者の腕前とセンスはかなりのもので、
バックのミュージシャンのレヴェルは相当に高い。
しばらく聞かないうちに、すっかり見違えるクオリティになっているじゃないですか!
リリィ・カルキダン・ティラフンは、現代ゴスペルの人気シンガー。
エル・スールの原田さんは、「福音派プロテスタントのゴスペル歌手に変身しての新譜」と
書いておられましたが、それはなにかの勘違い。
この人は、ずっと以前からゴスペル歌手であります。
リリィは、1927年にエチオピア南部で創立された、
ケール・ヘイウェット(生命の言葉)教会を代表するシンガーですね。
愛称のリリィは、最初に付いたり、最後に付いたり、定まっていないようですけれど、
「本名に戻り」ということではなく、以前からカルキダンを名乗っていました。
新作は、過去作とは比べものにならない仕上がりで、
スタジオ・セッション的なサウンドは、エチオピアでトップ・クラスの
スタジオ・ミュージシャンを集めたんじゃないかな。
特に、ベースがいいですね。
グルーヴィな手弾きとスラップの使い分けが巧みで、
グイノリのベース・ラインにゾクゾクしますよ。
8曲目‘Tadia Lemin Metahu’ の最後のベース・ソロからは、
ジャズのスキルもしっかりと聴き取れますね。
また、随所できらっと光るオブリガートを残すギタリストも、
オクターヴ奏法を駆使するなど、ジャズを通過していることをうかがわせます。
こぶし使いは抑えめで、きりりと張りのある歌声を聞かせるリリィのヴォーカルは、
以前と変わりありませんが、ぐっとヴォーカルの音圧が増したように感じるのは、
やっぱりバックの良さかな。
こんな作品が出てくるなら、ゴスペルだからとスルーしていられませんね。
Kalkidan Tilahun (Lily) "EYULIGN" Love and Care no number (2021)