カリーン・ポルワートは、スコットランドのシンガー・ソングライター、
そしてまた、優れた伝承歌の歌い手でもある人ですね。
個人の感情を歌いつづることと、土地や人々に息づいた伝承の語り部となることは、
二律背反であるものなのに、両者を成り立たせる稀有な歌手が
世の中にはちゃんといて、カリーン・ポルワートもその一人といえます。
カリーン・ポルワートには、忘れられないアルバムがあります。
マリンキーから独立して、ソロとなって出した
07年の“FAIREST FLOO’ER” と、12年の“TRACES” です。
“FAIREST FLOO’ER” はラストの自作曲以外はすべてトラディショナル。
ほとんどの曲をカリーンの弟のスティーヴンがギターを弾き、
2曲だけキム・エドガーがピアノを弾くという、
超シンプルな伴奏で仕上げたアルバムです。
一方“TRACES” は、スティーヴン・ポルワートのギターと
インゲ・トムソンのアコーディオンを核に、
プロデューサーのイアン・クックのキーボードのほか、
マリンバ、ヴァイブ、管楽器などのゲスト・ミュージシャンを加えて、
自作の物語にふさわしいサウンド・アートを創り出しています。
音響的なサウンドスケープを含め、静謐なたたずまいを崩していないのは、
イアン・クックの手腕でしょう。
この二つの作品からは、伝承歌と自作曲を歌う、
カリーンの歌い手としての独特の資質を聴き取ることができます。
カリーンは伝承歌を歌うさいに、歴史を遡るような素振りを見せず、
まるでいま出来上がった歌のように歌うんですね。
その一方、自作の物語を歌うときには、過去と対話しながら、
死者と生者の世界を繋ぐように歌います。
こうした歌へのアプローチは、従来の伝承歌を歌うフォーク・シンガーには
みられなかったもので、カリーン独自の歌解釈は、
古い歌に現代の問題を扱うような生々しい感情を与えるとともに、
新しい歌に過去の歴史を宿すことに成功しています。
はぁ、こんな表現方法もあるのかと、
カリーンの歌世界には新鮮な驚きがありました。
そんなカリーンらしい歌のアプローチを、また聴くことができました。
新作はジャズ・ピアニスト、デイヴ・マリガンとのコラボレーション。
え? ジャズ・ピアノで歌うの?と聴く前はいぶかしんだのですが、
さすがカリーン、予想のはるか上をいく作品となっていました。
デイヴ・マリガンという人のピアノを聴くのは、初めてですが、
ジャズ・ピアニストであることをおくびにも出さないプレイには感心しました。
冒頭の‘Craigie Hill’ で聞かせる、スキップするような愛らしいリフといったら!
童謡を伴奏するかのような、こんなモチーフを弾いてみせる
ジャズ・ミュージシャンって、なかなかいるもんじゃないですよ。
いっさいのテンション・ノートを避け、ジャズ的なアーティキュレーションも使わず、
ジャズを封印した演奏ぶりで、内部奏法を聞かせる曲でも、
ジャズの語法はまったく顔を出しません。
歌を物語に昇華させるカリーンの音楽性をよく理解したピアノを得て、
カリーンは死者と生者の世界を行き来するように、
静けさのなかで揺れ動きながら、川の流れのように歌っています。
Karine Polwart "FAIREST FLOO’ER" Hegri Music HEGRICD03 (2007)
Karine Polwart "TRACES" Hegri Music HEGRICD08 (2012)
Karine Polwart & Dave Mulligan "STILL AS YOUR SLEEPING" Hudson HUD025CD (2021)