インタヴューに関心のないぼくですが、これまでに一度だけ、
自分からやらせてほしいと手を挙げたのが、13年に来日したオリヴァー・ムトゥクジでした。
インタヴューは45分という短い時間でしたが、
話を聞きながら伝わってくる、オリヴァーの包容力のある人柄、
その懐の深さ、思慮深さ、相手を思いやるユーモアに、すっかりまいってしまい、
以来、オリヴァー・ムトゥクジは、音楽家としてだけでなく、ぼくの心の師としています。
国を代表する音楽家でありながら、華やかなイメージがなく、
むしろ、傷だらけのヒーローといった印象を強く受けたのは、
大勢の仲間の死と向き合ってきたキャリアと、無関係ではありません。
とりわけ、10年に最愛の息子を亡くしたことが、どれだけ深い哀しみだったかは、
12年作"SARAWOGA" の冒頭のア・カペラに象徴されていましたよね。
オリヴァーの歌から、あれほどの慟哭が溢れ出したことは、かつてありませんでした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-05-26
あのアルバム以降、オリヴァーの歌いぶりに、
哀しみの表現が深く刻まれるようになったのを感じます。
からっとした陽性の曲の中にも、苦闘の人生を示す額の皺が表され、
じわりとしたコクが滲んでくるんですね。
それは、今年8月にリリースされた新作でも、はっきりと聴き取れますよ。
年輪を増して、枯れた味わいさえ感じさせるようになったオリヴァーの歌声ですが、
新作では、ますます説得力を増した歌いぶりを聞かせているのが印象的です。
ヒュー・マセケラのトランペットをフィーチャーした、
スローの“Kusateerera” の歌いっぷりなんて、これまでになく胸に迫るものがあります。
夫婦の運命について歌ったという“Haasi Masanga” にも、グッときたなあ。
この曲は奥さんのデイジー・ムトゥクジと歌っているんですけれど、
これまで奥さんと歌ったことなんて、ありましたっけ。
つらい哀しみを乗り越えた夫婦だからこそ、つかみ取れた覚悟がそこにはあります。
オリヴァーは12年作"SARAWOGA" のあと、
14年にライヴ盤“MUKOMBE WE MVURA” をリリースしました。
スタジオ・ライヴ形式の新作といった内容で、
拍手や歓声を抑えたミックスで、スタジオ新緑と変わらぬ出来栄えになっていました。
翌15年には、12年10月南アで行われた、60歳を祝うバースデイ・コンサートのライヴ盤を、
2枚組CDとDVDでリリース。こちらのライヴは、過去のヒット曲が満載です。
1曲目が、なんと78年デビュー作のタイトル曲“Ndipeiwo Zano” だったのには驚かされましたが、
おおむねレパートリーは、90年代以降の曲を中心に歌っています。
ゲストに女性歌手のシフォカジ、ジュディス・セプーマに加え、
南ア・ジャズのミュージシャンたち、ヴェテランのヒュー・マセケラから、
スティーヴ・ダイアー、ルイス・ムランガが加わって、華を添えています。
CDだと演奏が長すぎて、少し間延びするところもあるので、
ステージでオリヴァーとメンバーがダンスする姿を楽しめるDVDで観る方が、オススメです。
そして今年に入り、過去作からゴスペル曲を抽出した編集盤“GOD BLESS YOU” を出し、
それに次ぐ新録の本作は、65作目を数えるものとなりました。
タイトルの英訳は“ENJOY! MY DEAR FRIEND”。
音楽によって人に道を説き、人々を笑顔にさせてきたオリヴァー・ムトゥクジ。
幾多の悲劇を越えた説教師オリヴァーの強さがにじみ出た、圧巻の作です。
Oliver “Tuku” Mtukudzi "EHEKA! NHAI YAHWE" Tuku Music/Sheer Sound SLCD402 (2016)
Oliver Mtukudzi "MUKOMBE WE MVURA" Tuku Music/Sheer Sound SLCD309 (2014)
Oliver ‘Tuku’ Mtukudzi "ONE NIGHT AT SIXTY" Tuku Music/Sheer Sound SLCD320 (2015)
[DVD] Oliver ‘Tuku’ Mtukudzi "ONE NIGHT AT SIXTY" Tuku Music/Sheer Sound SLDVD013 (2015)
Oliver Mtukudzi "GOD BLESS YOU" Tuku Music/Sheer Sound SLCD393 (2016)