スマトラ島北部トバ湖周辺に暮らすバタック人の音楽というと、
ぼくは大学3年生の時に地理学者で民俗音楽研究家の
江波戸昭先生のゼミ旅行で観た、
バタック人グループをどうしても思い出さずにはいれません。
当時江波戸先生は、学習院大学で地域経済学を教えていらして、
地域経済論ゼミの海外調査という名目で、
先生が関心のある民俗音楽を探訪するというゼミ旅行をしていたのでした。
ぼくはゼミ生ではなかったんですけれど、
スマトラ島北部トバ湖を目的地とする調査旅行で、
人数が足りないからと声をかけられ、参加したんですね。
その時の出来事は、江波戸先生が著された『民衆のいる音楽』(晶文社 1981)の
「シンシンソを求めて」に詳しく書かれています。
そのあとだいぶ経った92年に、先生がポータブル・レコーダーで録音した音源が、
JVCのワールド・シリーズから、
『シンシンソ/スマトラ島バタク族の歌声』として出されました。
そこにも収録された、ホテル・ダナウ・トバで観たシビゴという5人組の写真を、
いい機会なので載せておこうかな。40年近くも前に撮った写真なので、
ずいぶん退色してしまっていますけれども。
さて、なんでまたそんな想い出話をしたかといえば、
バタックのサブ・グループであるカロの出身で、現在はポップスやジャズを歌っているという
女性歌手のユニークなアルバムを聴くことができたからです。
ムルニ・サーバキティがこのアルバムで歌っているのは、カロの伝統的な歌で、
バタック・カロの伝統演奏家とジャズ系のミュージシャンがコラボして、
ぐっとモダンにしたアレンジに衣替えしているんですね。
プロデュースは同じくカロにルーツを持つ、ポップ・シンガーのラモナ・プルバ。
こういう試みって、ほかにも東南アジアにありましたね。
ヴェトナムのヴェテラン・シンガーのタン・ニャンが、ヴェトナム北部の大衆歌劇チェオを
コンテンポラリー・ジャズのマナーでアレンジした“YẾM ĐÀO XUỐNG PHỐ”(13)も、
同趣向のハイブリッドな作品でした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-03-18
バタックの民俗楽器として有名なクルチャピ
(琵琶を細く小さくした形の2弦楽器)は、
上の写真でも見ることができます。ジビゴは横笛のスリンを使っていましたが、
カロはスリンではなく、縦笛のスルナイ、木笛スルダン、
竹製リコーダーのバロバットを使うようで、
細長く小ぶりの太鼓グンダンに、ゴング、ペンガナックが使われています。
カロの伝統音楽で使われるこうした楽器の写真がCD見開き内にも載せられています。
ぼくが40年前に観たシビゴは、
スリンや木琴を使っていたので、カロではなかったんでしょう。
バタック人は、カロのほか、パクパク、トバ、シマングン、アンコラ、マンディリンという
全部で6つのサブ・グループに分かれ、抗争をしていた歴史を持っています。
共通して使うのは、クルチャピだけなのかも知れません。
ぼくもクルチャピを買ってきたんですけれど、
土産物屋の安物だったせいで、壊れてしまいました。
本作はシタールまで使っていて、
カロの伝統音楽をはみ出したところもあるのでしょうけれど、
野心的なアレンジで大胆なモダン化をした力作です。
Murni Surbakti "NGULIHI SI TADING" Demajors no number (2017)