マリ西部、カソンケ人グリオ夫婦のデビュー作です。
『カソ地方カイから』というタイトルにあるカソ地方とは、
17~19世紀にカイを中心に栄えたカソ王国の勢力範囲を指していて、
カソ王国は、現在のセネガルに及ぶ広範囲な地域を治めていました。
今ではカイやカソ地方というと、マリの西のはずれというイメージがありますけれど、
1880年にフランスが西アフリカに進出して植民地政府を築いた時には、
内陸部進出の拠点としてカイに首都が置かれ、
ダカール・ニジェール鉄道の建設が進められた中心地だったんですね。
植民地政府からフランス領スーダンと改称した後も、
カイはフランス領スーダンの首都であり続け、
バマコへは1904年になって遷都されたのでした。
カイという地名が、ソニンケ語で「雨季に水没する低湿地」を意味する語に
由来するとおり、セネガル川増水期には、カイまで船舶が航行できる
交通の要衝だったのです。
セネガルとモーリタニアの国境に近いカソ地方トゥコト生まれの夫ジェネバと、
カイ生まれの妻フスコは、12年に結婚したグリオの夫婦で、
フスコは、マリ帝国を築いた伝説の王スンジャタ・ケイタに仕えた最初のグリオ、
バラ・ファセケ・クヤテの直系子孫というのだから、たいへんです。
いきなりグリオの強力なヴォーカルが飛び出すかと思いきや、
冒頭の‘Regrets’ は寂寥感漂う穏やかなマンデ・フォーキーで、
ちょっとはぐらかされた気分。
続くレゲエ・アレンジの‘Kono’ は、ブリッジでリズムがチェンジして、
マンデらしいスローのメロディになるという面白い構成の曲で、
ここでも二人は、けっして声を張り上げたりはしません。
それでも、やはりグリオだなあとウナらされるのが、芯のある声。
大向こうな歌い方などけっしてしていないのに、
きりっとした押し出しの強い声が要所要所で響くのは、さすがです。
序盤は抑えた歌唱を聞かせるものの、
伝統曲が続く中盤あたりから徐々にギアを上げていき、
5曲目の‘Miniamba’ で、フスコがこれぞグリオの吟唱といえる歌声を聞かせ、
続く‘Djeliyaba’ では、ジェネバも本領を発揮した歌いぶりを聞かせます。
バックの演奏では、ヤクバ・コネのエレクトリック・ギターが断然光ります。
熱帯の夜を切り裂くような硬い音色に、胸が熱くなりましたよ。
アクースティックな音づくりが主流となって、
久しくこうしたエレクトリック・ギターが聞かれなくなっていたので、
70年代を思わすギター・サウンドに、思わず頬が緩みました。
マンディング・ギターらしいフレージングも、嬉しいですねえ。
ほかには、フランス人チェロ奏者の起用が話題になりそうですけれど、
それよりぼくが耳をそばだてられたのは、カソンケらしいパーカッションの起用。
クレジットには書かれていませんけれど、ドゥンドゥンゴやタマが聞こえてくるのは、
カソンケの音楽ならではですね。
特にカソンケ・ドゥンドゥンと呼ばれるドゥンドゥンゴは、
カソンケを象徴するパーカッション。
タマはセネガルのンバラでよく知られるトーキング・ドラムですけれど、
カソンケでもよく使われるのは、アビブ・コイテで知られている通りです。
ドゥンドゥンゴやタマは、同じマンデ・ポップでも
マリンケやバンバラでは使われることがないので、
カソンケのマンデ・ポップをアイデンティファイしているといえます。
Djeneba & Fousco "KAYEBA KHASSO" 438 Produtions 762602 (2017)