ついに出ました!
トルコ歌謡の帝王イブラヒム・タトルセスの初期録音CD。
タトルセスは、オルハン・ゲンジュバイがトルコ歌謡の一大ジャンルに引き上げた
アラベスクで大当たりし、労働者階級の圧倒的支持を集めて
国民的歌手となった大スターですけれど、
その出発点は天才民謡歌手だったということが、これを聴くとよくわかります。
発売元のウマール・プラックは、ウィキペディアによると、
パランドケン・プラック(70~74年)、スタジオ・ヤルシン(75~77年)に次いで、
タトルセスが契約したレコード会社。
ウィキペディアには、在籍したのは78年のみと記されており、
年の頃なら25、6でしょうか。
所属期間が短かったとはいえ、ウマールにはタトルセス初期の名作
“DOLDUR KARDAŞ IÇELIM” もあり、重要レーベルといえます。
本CDにも前掲LPのタイトル曲が収録されているんですけれど、こちらは別録音。
ウマール・プラックからはシングルも出ていたので、
シングル録音の編集盤なのかなとも思えますが、
それにしては全15曲歌・演奏ともに統一感があり、
カセット作品用に再録音されたものなのかもしれません。
原盤はよくわからないものの、“DOLDUR KARDAŞ IÇELIM” に劣らぬ名作で、
これほど輝かしいクルド系民謡は、ほかではちょっと聞くことができませんよ。
まだ20代半ばという、若さがみなぎるその歌声は、
「甘い声」を意味するタトルセスの芸名の由来を思い出させます。
美声の天才民謡歌手というと、幼くしてデビューした三橋美智也を思わせますけれど、
二人とも伸びやかな高音とこぶし回しの絶妙さは、共通するものがありますね。
三橋美智也が追分で聞かせるこぶしと、タトルセスがトルコの長唄と呼ばれる
ウズン・ハヴァで聞かせるクルド的なメリスマとでは、味わいに違いはあるとはいえ、
天性といえるそのノドの素晴らしさに感動する点に、なんら変わりありません。
アジア東西の端っこ同士で、民謡をルーツにした大衆歌謡歌手が登場して、
歴史に名を残すなんて、なんだか嬉しくなるじゃないですか。
こうしたクルド出自の民謡系ポップスのハルクは、
タトルセスがアラベスク路線となってから、長く影をひそめてきましたが、
09年作の“YAĞMURLA GELEN KADUN” で、
クルド民謡へ回帰した曲を歌ったのには、意表をつかれました。
あのアルバムは、アラベスクが地方の民謡を取り込みながら、
大衆性と伝統性を獲得してきた原点へと回帰するだけでなく、
クルド民謡へも回帰した、タトルセスの最高傑作でした。
その後11年の銃撃事件によって、タトルセスの輝かしい歌声が
失われてしまっただけに、最後の傑作となってしまいましたよね。
タトルセスの出発点であった初期録音の本作と、
09年作をあわせて聴いてみると、高音域の伸びとメリスマ使いの際立った技量は、
はや20代半ばで完成されていて、あらためて天賦の才に圧倒されます。
İbrahim Tatlıses "DOLDUR KARDAŞ İÇELİM - NESİLDEN NESİLE" Ömer Plak no number
İbrahim Tatlıses "YAĞMURLA GELEN KADUN" Idobay no number (2009)