マリのヴェテラン音楽家、シェイク・ティジャーン・セックの新作は、
なんとアメリカのジャズ・ピアニスト、ランディ・ウェストンのカヴァー・アルバム。
昨年92歳で亡くなったランディ・ウェストンは、
若き日にナイジェリアを訪問してボビー・ベンソンと親交を持ち、
後年にはモロッコのグナーワ・ミュージシャンたちと交流するなど、
生涯アフリカ音楽と深い関わりを持ち続けたジャズ・ミュージシャンでした。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2009-06-30
一方、レイル・バンドの鍵盤奏者からキャリアをスタートしたティジャーン・セックは、
パリを拠点にアフリカ人シンガーのプロデュース、アレンジ、
曲提供などをしながら活動の場を徐々に広げ、
ハンク・ジョーンズやディー・ディー・ブリッジウォーターといった
ジャズ・ミュージシャンとのアルバム制作が話題を呼んだ人。
鍵盤奏者としてより、プロデューサーやアレンジャーとしての活躍が目立ち、
ぼくもピアニストとしてのティジャーン・セックを真正面から聴くのは、
これが初めてです。
全8曲、ラストの‘Mr Randy’ のみがティジャーン・セック作で、
ほかはすべてランディ・ウェストンの曲。
いずれの曲もオリジナルに忠実な演奏となっていて、
あえてアレンジなどを施さなかったところは、ウェストンへの敬意でしょうか。
ピアノ、ベース、ドラムス、テナー・サックス、パーカッションの編成で、
‘Timbuktu’ にマヌ・ディバンゴとアブダル・マリックがゲストで加わるほか、
フルートとゲンブリがゲストに加わった曲もあります。
72年のCTI盤に収録された‘Ganawa (Blue Moses)’ は、
ピアノとローズで別々に演奏した2ヴァージョンが収録されています。
オリジナルではフレディー・ハバードのトランペット・ソロが聴きものでしたが、
こちらのピアノ・ヴァージョンではゲンブリを加えたのがミソ。
13年のビリー・ハーパーとの共同名義作に収録された‘Timbuktu’は、
2分程度の小品でしたけれど、こちらは9分を超す拡大ヴァージョン。
ギネアのフルート奏者が導入部で聞かせるエモーショナルな発声奏法は、
アフリカ的な表現ともいえ、聴きものです。
73年の作品‘Tanjah’は、ビリー・ハーパー、バド・ジョンソン、アル・グレイ、
ジョン・ファディスなどによる厚みのあるホーン・セクションが
フィーチャーされていたものの、アレンジは全く同じで、
‘African Cookbook’ や‘Niger Mambo’ も66年のバクトン盤の演奏に忠実です。
‘Niger Mambo’ のオリジナルは、63年のコルピックス盤ですけれど、
ここで演奏されているのは、66年ヴァージョンの方。
ちなみにバクトン盤は、72年のアトランティックから再発されたレコードで
世間的には認知されていて、これについては上記リンクの記事を参照してください。
こうしてあらためてランディ・ウェストンのアフロ・ジャズを聴いてみると、
やはりこの音楽はアフリカ音楽とは似ても似つかぬ、
北米のジャズだなあという感を新たにします。
リズム構造、ハーモニー、楽曲の組み立てと、すべてがモダン・ジャズの語法によるもので、
アフリカは表層の借り物にしかすぎません。
それを、アフリカ人ピアニストが模倣した本作は、
アンジェリク・キジョが『リメイン・イン・ライト』をカヴァーして、
ロックをアフリカに奪還したような歴史的転回とは別物でしょう。
モダン・ジャズを換骨奪胎(=オマージュ)することくらい、
いまのアフリカのヴェテラン・ミュージシャンには、わけもないことなんですね。
Cheick Tidiane Seck "TIMBUKTU: THE MUSIC OF RANDY WESTON" Komos KOS005CD (2019)