トルコの音楽は、もっぱら古典ばかり聴くようになってしまい、
アラベスクやハルクといった大衆歌謡からしばらく遠のいていましたが、
ひさしぶりにハルクのステキなシンガーと出会えました。
メルヴェ・ヤヴズは、黒海沿岸の都市トラブゾンに生まれ育った女性歌手。
親族がみな楽器を演奏し、子供の頃から楽器がおもちゃといった家庭で育ち、
小学校で合唱団に加わり、高校・大学で音楽を専門に学んで、
音楽教師になったという経歴の持ち主です。
故郷の黒海沿岸の民謡をベースにしたハルクを歌い、
黒海沿岸地方の音楽を特集したテレビ番組で注目を集め、
昨年アルバム・デビューを果たしました。
ケマンチェやウードなどの弦楽器に、ピアノやギターを加えた伴奏には、
モダンなアレンジを施しているので、民謡らしいフォークロアの感覚は乏しく、
かなり洗練されたサウンドを聞かせます。
ケマンチェが旋回するフレーズを繰り出すと、
がぜん黒海地方の雰囲気が高まりますけれど、このアルバムでは、
それもアーティスティックなプロダクションに回収されているのを感じます。
このアルバム魅力はなんといっても、主役メルヴェ・ヤヴズのヴォーカル。
美声というだけでなく、独特な質感の声を持つシンガーで、
ふんわりとふくらみのある豊かな中音域で発声する一方、
声の輪郭がとてもくっきりとしていて、ザラメのようなテクスチャーを持っています。
妙な連想かもしれませんが、ぼくはメルヴェの声を聴いていて、
極上絶品のシュークリームを思い浮かべてしまいました。
カスタード・クリームと生クリームを混ぜた、
ふわっふわのディプロマット・クリームを包み込む、
サクッとした食感の生地が絶妙の取り合わせとなるように、
まろやかなクリームとカリカリした生地の取り合わせを、
メルヴェの個性的な声に感じたんですね。
ピアノとギターがコンテンポラリーなハーモニーを加える、
抒情的な曲が中心のアルバムで、
メルヴェの和らいだコブシ回しが、アクースティックなサウンドと溶け合い、
いっそう声の美しさを引き立てます。
ラストをダンス・チューンのホロンで締めくくったところは、
トラブゾン生まれのメルヴェのアイデンティティでしょう。
4人の男性コーラスとラズ人のバグパイプ、トゥルムの逞しい響きに、
黒海地方のハルクが象徴されています。
Merve Yavuz "MELA" Dokuz Sekiz no number (2019)