レニー・アンドラージのライヴ盤をヘヴィロテしていて、これも思い出しちゃいました。
ボサ・ノーヴァ時代から活躍する女性歌手マルシアの96年ヴェラス盤。
キーボードのジャジーなサウンドに共通するセンスがあって、
姉妹盤みたいなイメージがあるんですよね。
マルシアは、ブラジルを代表するギタリスト、バーデン・パウエルの元夫人。
デビュー当初、バーデン・パウエルとの共演作を残し、
ピエール・バルーが監督したドキュメンタリー映画『サラヴァ』でも、
バーデン・パウエルの伴奏で歌うマルシアの姿を見ることができます。
60年代はフィリップス、70年代はオデオンからレコードを出していて、
ボサ・ノーヴァ歌手のような受け止め方をされていましたけれど、
サンバ・カンソーン的な唱法は、ボサ・ノーヴァとは明らかに感覚が違いました。
粘っこく歌うスタイルは、プレ=ボサ・ノーヴァ期の
サンバ・カンソーンの節回しを残した唱法で、
ジョニー・アルフのお弟子さんでもあっただけに、
ジャズ・サンバのセンスを持ったシンガーだったのでしょう。
リオ出身じゃなくて、サン・パウロの人だしね。
とはいっても、レニー・アンドラージのようなジャズ・ヴォーカリストではないし、
サンバ・カンソーンでもなければ、ボサ・ノーヴァでもないという、
立ち位置のはっきりしない人だったんですよね。
ジョニー・アルフやジョビンなどのレパートリーを歌った68年のデビュー作も、
しんねりと重ったるい歌いぶりが曲の良さを殺していて、
好きにはなれませんでした。
そんなふうに思っていた歌手だったので、90年代に入り、
イヴァン・リンスのレーベル、ヴェラスから出した本作を聴いて、びっくり。
あれ、こんなにいい歌手だったっけ?と、すっかり見直してしまいました。
デビュー作のタイトル曲でデビュー作同様、アルバムのトップに置かれた
ジョニー・アルフの‘Eu E A Brisa’ の歌いぶりの違いが、それを象徴しています。
昔とは別人のように声が軽やかになり、力の抜けた歌い方に変わったんですね。
デビュー作と同じ曲では、アリ・バローゾの‘Pra Machucar Meu Coração’ も
歌っているんですけれど、いい具合に枯れた声で、そっとひそやかに歌うようになって、
デビュー時の重ったるさは、どこにも見当たりません。
マイーザの‘Ouça’ やフェルナンド・ロボの‘Chuvas De Verão’を
取り上げているところなど、やはり古いタイプの
サンバ・カンソーンが持ち味なのでしょうね。
60年代から歌唱スタイルをすっかり変え、味わい深くなったマルシアの歌声を包み込む、
バックの洗練されたサウンドが、また鮮やか。
鍵盤を中心にしたクールなサウンドを核に、曲により、フルート、サックス、バンドネオン、
男女コーラスを過不足ないアレンジで、フィーチャーしています。
リリース当時、まったく評判にならなかったCDですけれど、
ぼくにとっては、マルシアの良さに開眼したとともに、
ウィークデイの仕事の疲れを癒す、真夏の金曜の夜の定盤となったのでした。
Márcia "PRÁ MACHUCAR SEU CORAÇÃO VOLUME 1" Velas 11V106 (1996)