ヴードゥー・ロック、なんていうと、いかにもキワモノぽく聞こえますけれど、
これはハイチ人のアイデンティティである真正のヴドゥン(ヴードゥー)と、
ロックをガチンコで融合させた本格作です。
ブークマン・エクスペリアンスが登場した90年代、ミジック・ラシーンのブームによって、
長年偏見を受けてきたハイチのヴドゥン(ヴードゥー)が、
ハイチ文化としてようやくまともに評価されたこともありましたけれど、
その後はあまり目立つ話題がなかっただけに、これにはビックリです。
2年前にこんな作品が出ていたなんて、知りませんでしたねえ。
ムーンライト・ベンジャミンは71年、ハイチのポルトープランス生まれ。
彼女が生まれた時の出産で母親が亡くなってしまい、
ローマン・カトリック教会の孤児院に牧師の養子として引き取られ、
福音を受けて育った人だそうです。
なお、プロテスタントの孤児院育ちと書かれたテキストも見られますが、
インタヴューで彼女自身は、ローマン・カトリック教会の孤児院と発言しています。
ベンジャミンは教会で音楽を学びますが、その一方でヴドゥンを信仰するハイチ人として、
みずからのルーツに根ざした音楽を求めて、
ハイチ人音楽家とともに歌手活動をするようになったそうです。
そして、さらに歌手として正式なトレーニングを積むため、
02年にフランスへ渡り、トゥールーズに暮らすようになります。
フランスでは当初、アクースティックなスタイルのジャズをフランス語で歌い、
ロックにはまったく興味がなかったようなんですが、
自分の音楽に変化を求めていた彼女は、
ロック・ギタリストのマティス・パスコーと出会って、
自身が10代後半にどっぷり浸かっていたヴドゥンへの回帰を思い至ったとのこと。
バックは、マティス・パスコーのほかフランス人ドラマーに、
ベンジャミンと同じくポルトープランス生まれの
ハイチ人ベーシスト、マルク=リシャール・ミランに、
同じくハイチ人パーカッショニストのクロード・サチュルヌを加えた4人。
クロード・サチュルヌは、ジャズ・サックス奏者ジャック・シュワルツ=バルの
プロジェクト、ジャズ・ラシーン・ハイチでも活躍していたので、
異種格闘の手練はお手の物ですね。
曲は、クロード・サチュルヌの太鼓のみで歌った‘Simbi’ を除いてベンジャミンの自作で、
ヴドゥンのメロディを使い、ロアと呼ばれるヴドゥンの精霊を歌っています。
曲名にシンビ(泉、蛇)、レグバ(トリックスター)、アグウェ(海)がみられるとおり、
それぞれの精霊に沿ったヴドゥンのメロディが使われているのでしょうね。
詩については、ベンジャミンの自作のほか、クレオール文学の名作『デザフィ』の著者で、
ハイチを代表する作家のフランケチエンヌほか、惜しくも今年の1月24日に亡くなった、
詩人のジョルジュ・カステラの詩を採用しているのが、目を引きます。
ロックのエネルギーを借りてヴドゥンの現代化を試みた力作、
最新作“SIMIDO” のフィジカル化も、ぜひ期待したいですね。
Moonlight Benjamin "SILTANE" Ma Case Prod MACASE025 (2018)